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29「依頼主は、お前だな」


 全員に灯っていた様々な熱が、突如現れたその男により奪取された。

 男は白い息を吐き、モノクロの仮面舞踏会に登場した。

 そして鎌をぎゅっと握り――シャルロットへ攻撃をした。


「――ッ!」


 シャルロットはそれを、蒼穹の破片スカイシェードで弾き返した。

 ザザは防がれると即座に一歩二歩と後ずさり、シャルロットに『とある疑念』を抱かせた。

 ザザは後退り、ラクテハードを守るように立ってザバクと並んだ。

 「おまえ……」とザバクが言い淀んだ。


「言っただろう。遅くなってすまなかった。まだ決着はついていないようだな」

「ふざ――」

「ザバク! やめなさい」


 頭に血が上り怒りをコントロールできないザバクが蒼炎を右手に灯したが、ラクテハードの一喝でそれは小さな揺らめきに変わった。

 ザバクはザザをしばらく見つめるが、すぐシャルロットの方へ視線を戻した。


「ザザ……」


 シャルロットはザザの方をみて呟いた。

 その呟きには懇願の念が混じっていた。

 シャルロットに、司教二人を相手する力はもう残されていない。

 シスターは瀕死、カルも重症である今、更にザザまで敵に加わると言うのなら、終わりである。

 負けである。


「また会ったなシャルロット」

「…………」

「今度は、大人しくしてもらおう」


 (二つ目の作戦は、失敗したのか……)

 両目を閉じた。

 シャルロットは敗北の二文字を瞼の裏に思い浮かべた。

 この戦況を脱する方法はない。

 王女オーロラがこちらにいるとしても、こうなっては司教の二人は止まらないだろう。

 シャルロットは力を抜いた。

 そして、目を開いた、瞬間のことだった。


「――は?」


 一つ、人が殴られたような鈍い音が響いて、全員の視線がそこに集中した。


「…………」


 その音に逆上したザバクは蒼炎を思いっきり発した。

 右手から灼熱を解き放とうとしたが――瞬時に解除された結界により、仮面舞踏会は本来の絢爛さを取り戻した。

 そうしてザバクの焔が、とある人物に届きそうになった刹那だった。


「悪いな」


 ザザはザバクを蹴飛ばした。

 そして足先に黒炎が灯り、勢いよくバルコニーの外へ灼熱の司教は吹き飛ばした。


「きゃあああ」


 すぐさま悲鳴が轟いた。

 仮面舞踏会の中心で、血を垂らしながらシスターが倒れた。


「シスター!」


 カルは自身の胸を抑え、オーロラは白銀のドレスを血に濡らしながらシスター駆け寄るも、シャルロットは、じっとその人物を見つめていた。

 ザザ・バティライトの一撃によりラクテハードは気絶した。

 その結果、結界が解除されたのだ。


「……ザザ」

「俺の依頼主は、お前だな」


 仮面舞踏会の中心で、ザザは無表情にシャルロット見て呟いた。

 彼の顔に色彩が戻り、見覚えのある顔に見えた。

 それは感情だった。

 理屈では、思考では、彼は仲間ではなく傭兵であり、別れた後に敵になる可能性もあると理解していた。

 だが感情はそうはいかない。

 シャルロットが抱いていたザザへの信頼や期待といった感情は、あの藍色の路地裏で裏切られた。

 でも今、その激情は揺れ動き、彼女に満面の笑顔を与えた。

 ――そう、二つ目の策が成功したのだ。



 *



 二日前。


「ザザ・バティライトを仲間にするっていうのはどうかしら?」


 エミリーとリハクが二人で横並びになり、そう提案してきた。

 シャルロットが王女と知り合いであることを思い出し、全員に打ち明けている時の事である。シャルロットはその提案を聴いて「どういうこと?」と尋ねた。


「ザザは『百万金貨』で司教たちに雇われていると言っていたことを覚えているかしら」

「……確かにエミリーが助けてくれた時、ザザはそう言っていたね」

「この依頼金を伝えるって、普通に訊いても教えてくれないと思うの」


 その言葉に、シャルロットは首を傾げた。

 「要するにね」とエミリーは手をついた。


「取引の提案という体裁で話しかけたから、教えてくれたと思うの」


 やっとシャルロットは話の核を察し、ふむ、と腕を組んで考え込んだ。


「……つまりエミリーは、ザザに、司教たちがザザへ支払った『百万金貨』以上の金額を払う事で、こちらに寝返らせたい。って言いたいわけ?」


 そう問うと、エミリーは縦に顔を振った。

「でもそれって難しいことじゃないですかね?」とは、カルの言であった。


「『百万金貨』なんてそんな簡単に集まるものじゃないよね。僕とシャルロットでも金欠なのに、誰がそのお金を用意するんです?」

「そうね。でもそこが、私達の付け入ることができる、唯一のチャンスよ」


 エミリーの言葉に、リハクが続けて云った。


「それには、わたしの『孤児院』が役立つと思います。人手は足りるかと」

「どうするの?」シャルロットが顔色を変えて尋ねた。

「皆さんなら既に実感していると思いますが、聖都ラディクラムの司教の悪評がオリアナで広がって長いと説明したことがあります。彼ら聖都は我々の国に不利益を押し付け続け、今も搾取を続けていると。つまり、聖都を謡い文句にお金を集めれば、或いは……」

「ちょっとまって」


 そうして静止を求めたのはシャルロットだった。


「もしかして、孤児院の子供たちをお金のダシにしようっての? 今の状況、四の五の言ってられないのは分かるけど、それは気が進まないわ」

「シャルロット様」


 矢継ぎ早にシャルロットの言葉に口を出したのはリハクであった。

 リハクはダンディな髭を触りながら云った。


「あなたの性格上、子供を利用して集金するのは反対すると思っていました。今の反応をみて、あなたが金より人道を重んじる聖人であることを、改めて再認識しました。……だからこそ、協力したいのです」


 「……でも」とシャルロットは右腕に左手を添えて気まずそうにした。


「子供たちを利用という言い方には語弊があります。我々孤児院は、シャルロット様とカルくんが、『好き』になってしまったんです。あなたが孤児院に来てからというものの、エミリア様と引き合わせ杖を配布してくれたり、孤児院の為に毎日訪問してくださりました。その親切は、伝播します」


 シャルロットはリハクの言葉に押し黙り、俯いた。


「それにカルくんは孤児院の子供たちからすればナナの友達です。友達を助けるのに理由がいりますか? 子供たちを我々が利用なんてしません。強制も、操作もしません。事情を全て話せば自ずとあの子らは助けてくれる。――協力、させてください!」


 最後の言葉には並々ならぬ想いが込められていた。

 リハクと室内にいたシスターが同時に頭をさげる。

 確かにシスターとの小競り合いの後、負い目がありながらもシャルロットは形ばかりの援助を行いはした。

 だがそれが、見返りを求めない優しさだからこそ何も期待していなかったからこそ、シャルロットはその好意に胸が一杯になる気持ちに襲われ、両手で口を押えた。


『聖都ラディクラムを追い出すための募金』


 なんて名目で始まった募金は、たった二日で目標金額を集めなければならないと言う、無理難題に近しいものだった。

 リハクとエミリーは二人で意見を出し合い、オリアナダウンの祭りに行けない層、つまりオリアナ外周に住んでいる比較的、聖都に対する悪感情が深い場所を狙った。

 というのも、この悪感情が深い場所は、情報を集めて探さずともすぐ見つかった。


 聖都ラディクラムがこちらに押し付けた不都合である『裁きづらい咎人の放流』それに伴う『治安悪化』を代表例とし、その他『物資の横取りによる物価高騰』『孤児や家無しの支援不足』『労働環境』そして『ここ一カ月の巷の噂』。

 その中で一番手を尽くしてくれたのは、リハクの孤児院と似た体験をしている他の孤児院たちだった。


「いいのですか? ……こんなに」


 その他孤児院も、聖都ラディクラムの暴虐による被害を負っていた。

 治安悪化による子供たちの安全、物価高騰による食事の量の激減や建物の修繕費、孤児院支援も半端なものばかりでそろそろ危なかったのだという。


「……このままでは、いずれ、私達の子は安心して眠る事すらできなくなります。そうなるくらいなら、私達は、リハクさんへ投資してもいいと考えます」


 院長の男のやつれた顔と、虚ろな表情からは想像ができない力強い一言だった。

 それほど、聖都の圧政に苦しめられてきた人々の強い反感があった。



 *



「……カル」


 シスターが目をうっすらと開き、自身にポーションをかけるカルを見つけた。

 カルはシスターの胸にポーションを染み込ませた布を当て、泣きながら助けようとしていた。

 シスターが目を覚ますと、カルの背後で様態を観察していたオーロラが一声を上げ、すぐ数人の大人がやってきた。

 会場に常駐していた騎士とオーロラが急いで呼んだ治癒魔術師が駆けつけてきた。

 カルはシスターの血を体に浴びながらも、治癒魔術師がやってくるまでの間、ずっとその場で延命を行っていたのだ。


「俺の依頼主は、お前だな」


 仮面舞踏会の中心で、ザザは無表情に呟いた。


「……」


 シャルロットはその顔を見て、凄まじい安堵感を伝わせて涙目になった。


「ばか……」

「……すまない」


 一瞬、会場に現れたとき攻撃を仕掛けてきたせいで、二つ目の策が失敗したのかと勘違いしてしまった。

 でも思えば――ザザの動きを最初から目で追えた時点で、あの攻撃には司教を騙す意図があったのだろう。


「エミリーとリハクさんは?」


 シャルロットはバルコニーの方へ歩いていくザザに近寄り、共に前方を警戒しながら会話をした。


「恐らく孤児院に戻っただろう。俺は使い魔に乗ってここまでやってきたからな」

「急がせちゃったみたいね」

「足止めが上手かったのでな」


 そう、エミリーとリハクの集金も二日で成し遂げなければならないとなると苦労を極めた。

 最終的に仮面舞踏会当日のオリアナダウン祭りという人が集まる場所を利用しなければ、間に合わなかったのだ。

 故にギリギリだった。

 最初、ザザをおびき出したときは、まだ目標金額に届いていなかったのだ。


「だが気を緩めるな」

「うん」


 シャルロットとザザは立ち止まった。

 バルコニーから見える景色は壮観なものだった。

 オリアナを中央から一望できるこの場所から眺める街は、上空の星空よりも輝かしく、そして美しいものだった。

 ザザはじっと表情を緩めず、夜空のとある一点を見つめた。

 紫の点があった。シャルロットはそれを伺う。


「…………」


 紫の点がこちらに迫ってくる。


「来るぞ」


 即座に発動させた蒼穹の道しるべにより、王城に被害は無かった。

 だが、猛スピードで迫って来た堕天使のような風貌の彼は、紫炎の息吹を口元から漏らし、夜空に輝くどの一等星よりも強い存在感を発していた。

 オリアナダウンからもその光輪はよく見え、仮面舞踏会の会場は真っ白に照らされた。

 「ザバク」とザザは目の前で浮遊する男の名を呼び、鎌を後ろで構えた。


「あのさぁ」


 炎の様に揺らめく歪んだ声が、蒼穹に響き渡った。


「訳が、わからないよね。ぼくらからの依頼があるとおもうけど」

「上乗せされたんだ。そのあたり、事前に説明したはずだろう?」

「聞いてたけどさぁ! そうされないように、大金をつんだんだろー?」

「それ以上を積まれたなら、仕方ない」


 ザザの返しに舌打ちをするザバク、次に彼はシャルロットを睨んだ。


「そもそもさぁ、ザザみたいな薄情な人間がちからになるとおもってるわけ、シャルロット? その男は軽薄で浮泛で不真面目で軽佻浮薄だと、言うのに⁉ 一度裏切った男を、何故信用できる⁉」


 ザバクの言葉には覇気があった。

 裏切られた怒りと憎しみが、表情にありあり浮かんでいた。

 だが、シャルロットにとってその問いはあまりに、愚問だった。


「……はなから、私達は利害の一致があっただけにすぎない。仲間と言うにはあまりに脆い関係だった」

「…………ちっ」


 全てを理解したザバクは視線を逸らし、大袈裟に舌打ちをした。


「あれくらいで裏切られたなんてほざいていたら、冒険者はできないよ、甘ちゃんね」

「あっそ」


 紫炎の羽が大きく広がり、彼の怒りが風圧となって地面を揺るがせた。

 熱気で空気が歪み、石造りの柱がじわじわと溶けていった。

 ――次の瞬間、シャルロットとザザが立っていたバルコニーを支えていた柱も炎に包まれ、石が灼熱でどろどろに溶け、地面が傾いた。


「シャルロット!」


 カルの声がして振り返るものの、既に地面に傾きによって会場へは戻れない。

 シャルロットはザザと共に空を飛ぶザバクに視線を移した。


「堕ちろ」


 バルコニーが王城から焼き切られ、シャルロットとザザは宙に放り投げられた。



 *



 風魔術で落下したのは王城の中庭だった。

 舞踏会へ入場しようとしたとき、通った場所だ。

 近くにザザも落ちてきたようで、ザザは壁を駆けて上手く着陸したようだった。


 ザザとシャルロットは冬の外気に包まれた中庭で並び、そうして、

 眼前に燃え広がる紫炎の中心を見た。


 中庭に設置されていた噴水の水を蒸発させ、石すらも溶かす高熱。

 まるで彼の怒りがそのまま熱に伝わっている様だった。

 ザバクは地面を歩き、そして光る瞳で二人と対峙した。



 こうして、『魔女の卵』二人と、『爆裂の司教』の最終決戦の火ぶたが切られた。



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