※シャルロット視点 ―過去―
いま私は扉の前にいる気がする。
それは大それた威厳のある、黄金色の扉ではない。
木製で廃れ、虫が這っている扉の前に立っていた。
人はその先に未来をみないだろう。
その扉の先には、同じような廃れた閑散とした世界があると考えるのだろう。
*
大火。
絶叫。
懺悔。
罪悪感。
全てが私の耳に届いた時がある。
私がこの国を終わらせたその日のこと。
自分がただ一人の人間であると思い知った。
王の血族だから、あなたは優秀だから、人懐っこいから、美人だから……そういう人々の声が、私を大きい巨人にしていたと思う。
今にして思えば、私は人生を知らなかった。
どろっとした血が、腕に這う。父を私は殺してしまった。
墜落だった。
私は自分が信じられなくなり、引き裂かれたような思いをした。
元気がなくなり、壁をぼうっと眺めている毎日が、どれだけ続いただろうか。
その頃に、私は扉が目の前にいくつも並んでいることを、何となく察していた。
国を離れて街にやってくる。
街は私の記憶をくすぐった。
残酷なことに、自分が過去に見た美しい王都の景色がそこにあった。
人々は笑顔で手を振り合い、肩を持ち合い、支え合い、愛し合った。
素敵な街だった。でも王都を思い出すと、この景色も永遠ではないと薄々分かっていた。
私は自分を唯一守ってくれるローブを強く握って、無力感を紛らわせるしかなかった。
その時だ。
「あの」
声がした。恐る恐る前を向いた。
そこには、一人の三角帽子をかぶった魔術師が、私に手を差し伸ばしていた。
「一緒に、旅をしませんか?」
それから八年くらいが経った。
シャルロットは居心地の悪い国で忘れ物をしたという依頼を遂行している。
ラディクラムはどこも清潔で人々の笑顔が飛び交っていたけど、小綺麗すぎて不気味だった。
この国の雰囲気は人を幸せにするが、幸せについて盲目的にさせるような感じがした。
私は探し物を見つけて満足していると、猫がそれを奪っていった。
確かにキラキラしたものを指でつまんで持っておいた私も悪いが、最悪だったのは猫がその落とし物をもって水路に逃げ込んだことだ。
結局、猫が諦めて依頼品を置いて行ってくれた。
私はそれを拾って、猫に呆れる。
飽きられていると、ふと目の前の水路が目に入った。
それは暗がりの、コケが生い茂り、空虚な乾きがしきりに流れる、静かな水路だった。
いま私は扉の前にいる気がする。
それは大それた威厳のある、黄金色の扉ではない。
木製で廃れ、虫が這っている扉の前に立っている。
人はその先に未来をみないだろう。
その扉の先には、同じような廃れた閑散とした世界があると考えるのだろう。
私はその扉を開いた。
これが、私の人生の始まりである。
*
「シャルロット!」
声がして目を覚ますと、カルが私の体をゆすっていた。
「カル?」
何か、昔の夢を見ていた気がする。
「よかった」
カルが安堵の息を落とした。私は腕で起き上がる。
暖かい風が吹いた。そして目を奪われた。
風に乗せられて草が飛び、耳あたりの良いささやかな音が順番に地面を流れてきた。
海の穏やかな波の音が前方から聞こえ、そしてその海の先の地平線から、ゆっくりと太陽が昇ってきていた。そんな美しい世界が、そこにはあった。
「……」
私達は魔女の結界から無事、脱出することが出来たのだ。
「シャルロット」
「……カル?」
カルは自分の目が覚めたと知ると、自分に向かって微笑んだ。
「おかえり」
そして少年は赫い瞳をこちらに向けて、可愛く笑った。
優しい眼光を向けて、にぃっと。
その赤い瞳には、シャルロットが知っている感情が、宿っていた。
「うん」
シャルロットはカルの小さな右手を握った。
「ただいま」
赫かしき魔術の旅よ 完