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23「僕は君とダンスをする気がある」


 ※ジェイ視点



「正気?」


 女が云った。漆黒の影と紫紺のオーラを身に纏い、姿を隠している女が云った。


「ああ」


 ジェイはふらふらと立ち上がった。


「僕は、あの少年の孤独をみたかった。それを見定めてあの子の行動理由、ひいては『愛』を知りたかったんだ」

「え? 愛って言いました?」


 ジェイが懐からトランプを取り出し、戦闘態勢をとった。

 すると目の前に女は暗闇の中で悍ましい微笑みを向け、ジェイの事を凝視した。


「そろそろ結界は壊れ、我々は外の世界に放り出される。まだ間に合うのでは? あなたがその中に入って逃げることが」

「あのね、僕だって馬鹿じゃないんだ」


 ジェイは右手でトランプを操りながら声を通した。


「僕がここで立たなければ、君はこのぽーたるとやらに入る事ができる。それを防ぎたいんだよ」

「あなた、怪盗でしょ? どうして彼らの味方をするの?」


 女は首をかくんと傾げ、尋ねた。


「僕は確かに怪盗で、モノを盗むことを生業としているね」

「だったら……」

「でも別に正義の味方じゃないってこともないんだ。だって僕は、利己的度合いがお前らとは違うからね」


 ジェイが語った台詞に、女は気難しい顔をしてからぱっと笑みを顔に反映させた。


「……悪党が正義を語るのね。まるで意味が分からないのだけど、つまりあなたは今、彼らの味方としてではなく、自分の悪党の流儀みたいなものに則ってそこにいるのね?」


「――畢竟、解釈は人に与えられた権利ギフテッドだ。何でもいい、ともかくとして、僕は君とダンスをする気があるんだよ。さっきの動きにくい女物のドレスはもうないからね」

「あら、興味深い」


 ――達人の視線が交わされた。

 方や盗みの達人が、自分の小道具を手に広げて上品に笑った。

 方や司教は黒目で怪盗を睨みつけ、凄まじい狂濤が巻き起こった。


 魔女の結界は、その数分後に限界を迎え、崩れ去った。



 *



 美しい夜空が広がっていた。

 気が付くと草の上に背を着けて、雲一つない満点の星空を遠い目で眺めている。

 ジェイはその夜空をみて、しばらくは息を吸って吐いてを繰り返していた。


【体は大丈夫かしら?】


 ジェイの頭の上でそんな声がした。

 体をのけぞらせ、ジェイはそこに大きなモノリスがあることに気が付いた。


「助けてくれたの?」


 ジェイは優しい声で、モノリスに尋ねる。


【そうよ】


 モノリスは肯定する。

 ジェイはモノリスが喋ったことに、今更ながら乾いた笑いが込み上げて来た。


「どうして僕を助けてくれたの?」


 怪盗 ジェイはそのモノリスによって、あの魔女の結界から助かったと理解した。

 体を起し右足をたて、背中のモノリスに語り掛ける。


【あなたは卵たちを逃がしてくれたわ】


 モノリス――を通して声を届ける魔女が、そう云う。

 ジェイは心の中で、(まかさ僕が卵よりも早く、魔女と話ができるとはね)と思った。


「それだけ?」


 ジェイが首を傾げて尋ねると、モノリスは続ける。


【そうでもないわ。あなた、もともと私達と話がしたかったんでしょ?】

「知っていたんだ」

【使い魔を通して私達はいつも魔女たちを見ている。あなたの事は、ずうっと前から知っていた】

「じゃあ俺がどういう生まれかも分かっているの?」

【そういうわけじゃないわ。あなたがどこの誰なのか、私にしてみれば分からないこと。でもあなたは、その生まれについて私達に聞きたいんじゃなくて?】

「正解」


 ジェイは指を鳴らした。


【じゃあ言ってみなさい】


 モノリス越しに魔女は大きく構えた。

 (なんて寛大な方なんだ)と薄っぺらい感想をジェイは浮かべる。


「魔女様が、僕如きの話を聴いてくださるんだ」


 ジェイは少し調子が乗って言う。


【別に、私は自分が魔女様だなんて思っていないわよ】

「そうなの?」


 モノリスは肯定する。


【私は確かに魔女で、特別な魔術を扱える。何より私は不死だ。年齢なんてもう長いこと数えていない。でも私達魔女は、誰一人自分が魔女だからと権威を振りまいたことはないはずよ。あるのは人々の羨望と嫉妬が生み出した偶像。それと私達の肉体はどれだけ頑張っても一つしかない】

「ご本人がそういう印象を失くすために動いても、人は星の数ほどいるからね。なんせ魔女様だ。どんな感情であれそれは伝播して拡散される。つまり、あなたは自分がそこまで傲慢ではないと思っている訳だ」


 【違うかしら?】とモノリスは云う。


「いいや、僕はそうだと思う。こうやって話していると、僕はあなたが父から聞いていた性格であると実感するからね」

【父から聞いていた性格】


 モノリスはジェイの言葉を繰り返した。


「ああ。僕はね。『杖の貴族』の子孫なんだ」


 その単語を言い放った瞬間、その場には何とも言い表せない空気がその足を下ろした。

 暖かな風が草木を揺らし、そして近場にある池に大きな波紋を作った。

 その小さな波は、反射する星々を甘く揺らした。

 ジェイは周囲を見回した。

 そこは峠と峠の間にある、小さな雑木林と、とても開けた池のほとりだった。


「こんな場所だったのか。風が気持ちいな」


 ジェイは両手を広げて胸を突き出し、風を感じる。


【……『杖の貴族』の子孫、へえ。じゃぁ、シーラに居たあの監督と似たようなものなのね】

「何の話だい?」


 モノリスは【なんでもない】と答える。


【それで、あなたが『杖の貴族』の子孫であるのは分かったのだけど、それで実際、何を魔女たちに聞こうとしていたの?】

「聞きたいことは一つ」


 ジェイはモノリスに顔を向ける。


「『杖の貴族』は何故、のかについて」


 魔女はそういう彼をみて大昔にみた面影を思い出し、そして昔話をした。

 魔女がまだ人間だった頃の、遠い遠い昔の、物語を。

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