※カル視点
ザザの救援によりジグラグラハム、第五の司教『落下』が筆頭に起こった混乱は終わった。
そして簡潔にザザから今の魔女の結界の状態を聞かされる。
「エナによる破壊工作があった。この結界は今、様々な場所でその余波を受けている。それに抗って時間を稼ぐために、今は魔女が動いてくれている」
「魔女は無事なの?」
シャルロットの言だ。
「無事だ。まずまず魔女は実体でこの場所に来ていなかったらしい。とにかく一刻を争う状況だ。カーディナルから脱出用のポータル、というのを預かってきた」
「ポータル?」
「なんでも、長距離移動が出来る発明品だそうだ。俺も詳しい事は分からない」
といってザザは腰を上げ、立ち上がって風景をもう一度見た。
それに合わせてシャルロットとカルも呼応するように景色を見た。
――破壊。終焉。天災。
地は裂け森は煙火にまみれ空は曇っている。
まだ遠くの方で何かの破壊音が聞こえ、地面はそのたびに微かに揺れる。
まるでこの景色が、司教がもたらす災厄のように思えた。彼らは自分さえよければいい。
自分の箱庭で偽りの平和を作れればいい。
その為に、何かを蹴落とし邪魔者を排除、または利用する。
彼らの産物。それは、産物の一端を担うカルにとって、おどろおどろしいものにみえた。
「行こう」
ザザはそう云って右手を振ると、そこに四角い物体が出現する。
「これが……?」
ニーナが静かに首を傾げると、ザザはそれを肯定した。
「これがポータルだ。中に入れば結界の外に出れる」
ポータルと呼ばれるそれは、魔力を吸い込み続けているようにみえた。
まるでそれは開いた扉の様に感じられ、奥で眩しい光の中に浮かぶ草原が見える。
あれは、外だ。そう理解するのは難しくなかった。
「行こう。ここはもう長くない」
「待って」
ザザが入ろうとしたが、そのコートを掴んで止めたのはニーナだ。
「オトは?」
「…………」
「もう向こうにいるんだよね?」
「分からない」
ザザは意外にもその言葉を、圧かけて云った。
ニーナは目を見開く。
そして、ザザが分からないといった言葉の意味に、薄々と何かを悟った。
「……行こう」
ニーナは呟いた。
ジェイをザザが担ぎ、ニーナとシャルロットが手を繋いで、カルはその後をついて行こうとした。
まず、ニーナとシャルロットが中に入った。
カルはその時、シャルロットと目が合った。
きっと今彼女は、手を繋いでいる悲し気なニーナにも気をかけながら、自分にも気を遣っているのだと理解した。
ニーナとシャルロットは半身をゆっくりとポータルに入れてから、
あとはほとんど飛び出すように中に入った。
ジェイを担いだザザは、カルを先に行かせようと留まり、カルに目配せした。
カルはその意図を汲み取り、ポータルに一歩踏み出した――その時だった。
「もう、行ってしまうのね」
蠱惑的な声がした。
これまで一度も聞いた事がないくらい、浮ついて耳に這い寄ってくるような高音が背中を撫でた。
カルは振り返る。
「――――」
漆黒の影と紫紺のオーラが混ざり合い、それは森の中からカルの背中を見ていた。
それは幻ではない。それは自分のトラウマのようなものではない。
それは今、森の中から確かな実体を持って立っている。
そうカルは理解して、そのうえで、カルは思い出した。
その声を聞いた事がないと思っていた。
その声を知らないと思っていた。目がチカチカして、頭が真っ白になった。
「久しぶり、×■▼くん」
その人物をカルは覚えていた。
彼女は、自分にオメラスの唱について説明した『司教』その人であり、そして――
【そして『誰かが』僕の体を持ち上げて、運んでくれた】
「――――」
声を失った気がした。言葉を紡ぐことができなくなった。
ザザの急かす声がよく聴こえない。
もしかすると、聴力も失くしたのかもしれない。
あいつだった。あいつが、オメラスの唱の怒りの渦に僕をねじ込め、
僕を水路に置いて、目の前に少量のパンを置いた。
張本人だ。
とても大きいガラスの音がした。
空に黒い亀裂が走った音だった。
ザザは手荒な事をしたくなく、カルの事をポータルにねじ込むことをしたくなかった。
だから、――ジェイが、ザザもろともカルをポータルにねじ込んでそこに立った。