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22「張本人だ」


 ※カル視点



 ザザの救援によりジグラグラハム、第五の司教『落下』が筆頭に起こった混乱は終わった。

 そして簡潔にザザから今の魔女の結界の状態を聞かされる。


「エナによる破壊工作があった。この結界は今、様々な場所でその余波を受けている。それに抗って時間を稼ぐために、今は魔女が動いてくれている」

「魔女は無事なの?」


 シャルロットの言だ。


「無事だ。まずまず魔女は実体でこの場所に来ていなかったらしい。とにかく一刻を争う状況だ。カーディナルから脱出用のポータル、というのを預かってきた」

「ポータル?」

「なんでも、長距離移動が出来る発明品だそうだ。俺も詳しい事は分からない」


 といってザザは腰を上げ、立ち上がって風景をもう一度見た。

 それに合わせてシャルロットとカルも呼応するように景色を見た。


 ――破壊。終焉。天災。


 地は裂け森は煙火にまみれ空は曇っている。

 まだ遠くの方で何かの破壊音が聞こえ、地面はそのたびに微かに揺れる。

 まるでこの景色が、司教がもたらす災厄のように思えた。彼らは自分さえよければいい。

 自分の箱庭で偽りの平和を作れればいい。

 その為に、何かを蹴落とし邪魔者を排除、または利用する。

 彼らの産物。それは、産物の一端を担うカルにとって、おどろおどろしいものにみえた。


「行こう」


 ザザはそう云って右手を振ると、そこに四角い物体が出現する。


「これが……?」


 ニーナが静かに首を傾げると、ザザはそれを肯定した。


「これがポータルだ。中に入れば結界の外に出れる」


 ポータルと呼ばれるそれは、魔力を吸い込み続けているようにみえた。

 まるでそれは開いた扉の様に感じられ、奥で眩しい光の中に浮かぶ草原が見える。

 あれは、外だ。そう理解するのは難しくなかった。


「行こう。ここはもう長くない」

「待って」


 ザザが入ろうとしたが、そのコートを掴んで止めたのはニーナだ。


「オトは?」

「…………」

「もう向こうにいるんだよね?」

「分からない」


 ザザは意外にもその言葉を、圧かけて云った。

 ニーナは目を見開く。

 そして、ザザが分からないといった言葉の意味に、薄々と何かを悟った。


「……行こう」


 ニーナは呟いた。


 ジェイをザザが担ぎ、ニーナとシャルロットが手を繋いで、カルはその後をついて行こうとした。

 まず、ニーナとシャルロットが中に入った。

 カルはその時、シャルロットと目が合った。

 きっと今彼女は、手を繋いでいる悲し気なニーナにも気をかけながら、自分にも気を遣っているのだと理解した。


 ニーナとシャルロットは半身をゆっくりとポータルに入れてから、

 あとはほとんど飛び出すように中に入った。


 ジェイを担いだザザは、カルを先に行かせようと留まり、カルに目配せした。

 カルはその意図を汲み取り、ポータルに一歩踏み出した――その時だった。


「もう、行ってしまうのね」


 蠱惑的な声がした。

 これまで一度も聞いた事がないくらい、浮ついて耳に這い寄ってくるような高音が背中を撫でた。

 カルは振り返る。


「――――」


 漆黒の影と紫紺のオーラが混ざり合い、それは森の中からカルの背中を見ていた。

 それは幻ではない。それは自分のトラウマのようなものではない。

 それは今、森の中から確かな実体を持って立っている。

 そうカルは理解して、そのうえで、カルは思い出した。


 その声を聞いた事がないと思っていた。

 その声を知らないと思っていた。目がチカチカして、頭が真っ白になった。


「久しぶり、×■▼くん」


 その人物をカルは覚えていた。

 彼女は、自分にオメラスの唱について説明した『司教』その人であり、そして――


 【そして『誰かが』僕の体を持ち上げて、運んでくれた】


「――――」


 声を失った気がした。言葉を紡ぐことができなくなった。

 ザザの急かす声がよく聴こえない。

 もしかすると、聴力も失くしたのかもしれない。


 あいつだった。あいつが、オメラスの唱の怒りの渦に僕をねじ込め、

 僕を水路に置いて、目の前に少量のパンを置いた。


 張本人だ。


 とても大きいガラスの音がした。

 空に黒い亀裂が走った音だった。

 ザザは手荒な事をしたくなく、カルの事をポータルにねじ込むことをしたくなかった。


 だから、――ジェイが、ザザもろともカルをポータルにねじ込んでそこに立った。

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