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第99話 旅の途中のガールズトーク

―――エアスト公爵から譲渡された黒龍城のある土地を八雲は『黒神龍特区』と名付けて公式な地名とした。


その『黒神龍特区』にはサジテールが助けたエルフの娘達二十四人とレベッカの孤児院の子供達三十人とシスター・マディラにレベッカが入植してきた―――


八雲の魔術で建てられた教会と孤児院はどちらも立派な造りで、また内装に携わったドワーフ達の仕事振りも、今までに数々の試練のように与えてきたブラック企業も真っ青の八雲の無茶振りにすっかり慣れてしまい一日もあれば内装、家具、寝具、最後には食器まで作って取り揃え、その場に設置も完了させていた。


そんなドタバタとした教会と孤児院建設の日から翌日になり、今現在、八雲がどこにいるのかというと―――




―――高度五千mの上空を黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに乗って飛行していた。




そして約束通りレオパール魔導国の統治者である三導師のひとり、エヴリン・アイネソンの娘にしてティーグル公王領の冒険者ギルド受付兼サポーターのエディス・アイネソンも同行していた。


「アバババ!?―――や、八雲さん!こ、これちょっと高いですよ!高過ぎますよ!!」


「心配しなくても落ちたりしないから落ち着け」


搭乗して出航直後のエディスはぷるぷるとチワワのように細かく震えていて、八雲は青い顔をして窓の外を見ているエディスの背中を摩ってやりながら、この世界の人も高所恐怖症があるんだろうか?と意味のないことを考えていた。


そんなことがありながらも現在、黒翼シュヴァルツ・フリューゲルはティーグルとリオンの国境を超える位置を飛行している。


そこまで高速で飛行しているわけでもないので、艦内は優雅な空の旅といった雰囲気を醸し出している。


今回は八雲が龍の牙ドラゴン・ファング序列持ちを、半分以上こちらに連れてきていた。


序列02位サジテール

序列03位クレーブス

序列04位シュティーア

序列06位スコーピオ

序列08位レオ

序列10位リブラ

序列12位コゼローク


の七名と八雲の眷属の葵御前、ジュディ、ジェナを連れて来た。


それとは別にノワールがリオンでカタリーナの通う『聖ミニオン女学院』の学院祭にヴァレリア、シャルロット、ユリエルを誘い、もちろんシェーナも連れてきていた。


そして飛行中の現在、皆は八雲の造った『娯楽室』と名付けた部屋に集まっている。


そこには外をパノラマのように見渡せる横長の大きな窓が設置され、その外の景色を見ながら外向きに設置された長いソファーや、段差を付けた床の上に絨毯の敷き詰められた一角には直接座ったり、横になりながら外を眺めたりすることもできるフリーダムなスペースを用意していた。


またその同じ部屋内には、カウンターテーブルも設置されて、後ろの大きな棚には酒類から果実ジュースまで大量に並べられていて大人のバーのような空間も用意した。


ノワールはシェーナとコゼロークと一緒に絨毯スペースで横になったり人形で遊んだりしている。


実はコゼロークはぬいぐるみを自作するほど、ぬいぐるみ大好き少女で、シェーナと遊ぶために他のクマのぬいぐるみを自分の『収納』空間から取り出して一緒に遊んでいて、そんな可愛いふたりの様子をニコニコしながらノワールは眺めている。


因みにコゼロークのクマのぬいぐるみ達を見た時のシェーナの反応は―――


「ふおお~☆」


―――と目を輝かせて喜んでいてコゼロークと仲良しになっていた。


スコーピオとサジテールはソファーに座りながら、自分の得物であるノワール・シリーズをテーブルに置いて手入れをしていた。


スコーピオは黒短剣=奈落ならくを布で拭いて輝きを確かめている。


サジテールは黒弓=暗影あんえいの弦の具合や持ち手のところを確認していた。


レオとリブラはジュディとジェナと共に、テーブル席を囲むように座るヴァレリア、シャルロット、ユリエルに紅茶を用意し、テーブルに並べて三人が向こうに着いたら学院祭が楽しみだとガールズトークに花を咲かせているのをメイド達も笑顔で聞いていた。


シュティーアはドワーフ達と艦内の点検に回っており、クレーブスと葵は自室で休むとのことで此処にはいなかった。


八雲はエディスとソファーに座りながら、レオパール魔導国のことについて訊いていく。


「レオパールの三導師って一体どんなヤツ等なんだ?ああ、ひとりはエディスのお母さんだったよな。他のふたりはどんな感じの人?」


「導師様達ですか?そうですね……まずエルドナ=フォーリブス導師は母と同じハイエルフでレオパール魔導国の内政面を支えていらっしゃいます。レオパールは他国からの依頼を受けて魔法薬や魔道具を輸出することで国益を得ています」


エルフは肌の白いハイエルフと肌の黒いダークエルフに分かれている。


「あ、いやそうじゃなくて外見とか性格とかのことなんだけど?美人?」


「……八雲さん……それ重要ですか?」


「冗談だよ……半分だけ」


「半分本気なんですか!もう……三導師のひとりルドナ=クレイシア導師はダークエルフの魔導師でレオパールの軍事部門を担っています。魔導国の軍は魔術師部隊が主軸の魔導軍と弓兵と剣士が主軸の騎士軍とがあって、騎士軍が先陣を切り魔導軍が魔術攻撃をしかける遠近攻撃を両立させた戦術が有名です。外見についてはふたりに直接会って見てください!」


「ルドナはどんな性格のエルフなんだ?」


「クレイシア導師ですか?私も直接はそれほど会ったことはありません。母の繋がりで何度か会ったくらいしかありませんが、性格は軍人というイメージが強いですね。騎士軍も魔導軍の兵隊にも、まったく臆さずに命令するような方で実力もあり、兵達も尊敬していると聞いていますが……」


そこでエディスが少し言い澱む様子に八雲は、


「……どうした?」


と問い掛けると、小さな溜め息を吐きながらエディスが続ける。


「はい……あまり良くない噂もありまして」


「良くない噂?」


「クレイシア導師は独自の研究機関も持っていてそこではエルフの外法と呼ばれる禁忌の魔術や、他国に伝わる独自の魔術なども研究しているそうです。そしてその研究施設からは……どこからともなく悲痛な声が鳴り響き聞こえてくる、という話がありました」


「研究施設ねぇ……しかし悲鳴か……」


「はい……八雲さんから『エルフ狩り』の話を聴いていなければ、ただの怪談話と思っていたのですが……」


「調べるならそこだろうな……」


八雲は窓の外に広がる遠くの空を眺めながら、ルドナの行動と今後の動向について思考を巡らせていた―――






―――八雲とエディスが顔を突き合わせてレオパールについて話している頃、


離れたテーブル席ではヴァレリア、シャルロット、ユリエル、レオ、リブラ、ジュディ、ジェナが集まって女の子同士の会話を引き続き楽しんでいた。


他愛もない日常の話しからどこでどうなったのかシャルロットが突然―――


「レオとリブラは八雲様とはもう、したのですよね?」


「―――ブフッ!」


シャルロットの直球に驚いたヴァレリアはジュディの淹れてくれた紅茶を思わず吹き出しそうになり、慌ててハンカチで口元を覆う。


「シャ、シャルロット!と、突然なにを言い出すの!淑女がそのようなはしたないことを訊くなんて!/////」


憤慨するヴァレリアと質問を投げ掛けられたレオとリブラはポカーンと呆けた顔から一気に頬が赤くなり、どう答えればいいのか返答に迷っていた。


同じテーブルで聞いていたユリエルもまさか清楚で可愛らしいシャルロットの口から、そのような卑猥な質問が飛ぶとは思っていなかったため驚愕している。


「え?―――ヴァレリアお姉さま?わたくしそんなにおかしなことを訊きましたでしょうか?」


当の本人はまったく気にしておらず、むしろなにがおかしいのかといった表情を向けている。


「い、いいこと?そのようなことはまず正式に結婚を経て、それからのお話です!ま、まだそのようなこと、わたくし達には早いですわ/////」


「え?―――そうなのですか?ユリエル様はどう思われますか?早いとお思いになられますか?」


今度はユリエルに矛先が向いてきて、焦るユリエルはシドロモドロになりながら、


「え?ええ、そ、そうですね!た、たしかに女の子にとっては大切なものですから、そ、そこは慎重に、やっぱり結婚してから/////」


「ええ~でもお父様もお母様も結婚前からしていたって自慢しておられましたよ!」


「お、叔父様は一体、娘に何を教えていらっしゃいますの!!/////」


普段温厚なヴァレリアだが、どうやら羞恥心がキャパオーバーを起こしたようで顔を真っ赤にして無意識に声が大きくなる。


「そ、そんなにいけないことだったのでしょうか……キス」


ショボンとしたシャルロットが呟いた言葉を聴いて、周囲の全員が―――


「……エッ?」


―――と声を揃えて呟いていた。


「お父様とお母様は結婚前の婚約者のときから、もうキスをされていたとお話を聴いていたので、わたくしも八雲様と婚約できたのですから……してもいいのかなと……」


少し涙目でウルウルしだしたシャルロットに周りの全員に―――


(しまった~!!―――勘違い!!!)


―――という言葉が脳裏に浮かび、全員サァーッと顔から血の気が引いて青くなるが、シャルロットに対してここからこの状況をどう取り戻せばいいのか、まったくいい考えが浮かばない……


そんなとき、ひとりの勇者が声を上げる―――


「―――シャルロット様はキスがしたいんですか?」


―――発言した者に全員の視線が集中して、そこにいるニコリと笑みを浮かべた勇気ある発言者のジェナを全員が見つめる。


「グスッ……はい、でも皆さんは反対のようで……」


「―――ウッ?!」


「そ、それは?!」


そのシャルロットの言葉にヴァレリアとユリエルは心臓にグサリと何かが突き刺さったような罪悪感に襲われた。


レオとリブラもシャルロットにちゃんと答えられなかったことで同様の罪悪感に見舞われているが、ジェナはそんなことはお構いなしに、


「ダメな訳ありませんよ♪だって私とお姉ちゃんもキスしていますし♪」


とさらなる爆弾を投下した上に焼夷弾をばら撒いていく。


「―――コ、コラッ!ジェナ!!突然皆様になにをお伝えしているの!!も、申し訳ございません/////」


ジュディは突然暴露されたことに驚いて頭を下げていたが、すぐにジェナが続ける。


「―――でも本当のことでしょ?それにシャルロット様はお兄ちゃんとキスしたいって、ちゃんと言っているのに私達がしていてシャルロット様がしてもらえないなんておかしいでしょ?だったらお兄ちゃんにキスしてもらえるようにするのが私達の、しなきゃいけないことなんじゃないの!」


想いも寄らないジェナの正論に、さすがにジュディもウッ!と息を呑んで反論ができない。


「ジェナ……わたくしのために、そこまで/////」


自分のためにそこまで啖呵を切ってくれたジェナにシャルロットは瞳をキラキラ☆と輝かせて感動していた。


「あの、シャルロット……ごめんなさい。わたくし、少し勘違いをしていたようですわ。貴女が言っている意味がキスのことだったとは思わず話をややこしくしてしまって―――謝罪しますわ」


ヴァレリアも勘違いだったことを認めて、シャルロットに素直に謝罪した。


「そうでしたの!?なぁんだ♪ よかったですわ!ヴァレリアお姉さまも、キスはまだされておりませんよね?」


「―――エッ?えっと、そうですわね……まだですわ/////」


「ユリエル様は、もうされましたか?ダンジョンに行ったときとか、ふたりきりになって」


「―――エッ?い、いいえ!!か、神に誓ってそのようなことはしておりません!!/////」


「だったら♪ 皆で八雲様にキスして頂けるように、頑張りましょう♪」


純粋なシャルロットの眩しい笑顔を見ながら、


ヴァレリアはというと―――


(―――わたくしったら!破廉恥なのは一体どっちですの!ああ、シャルロットの純粋さが眩しいですわ。許してシャルロット……)


―――とキスより先の進展したことだと勘違いした己を責めて悩み、


ユリエルはというと―――


(―――聖職者でありながら私は一体何を考えて……ああ、神よ……どうか卑しい考えのわたくしをお許しください)


―――ひとり心の中で神に懺悔していたのだった……






―――そんな女子達の微笑ましい会談が行われている頃、






レオパール魔導国の首都ウィズドムから西方に向けて離れた暗い森の中に堅牢な造りをした―――


『レオパール魔導国 魔導軍所属魔術研究所』


―――と書かれた建物があった。


周囲には警備兵が何組も周囲警戒の巡回を行い、囲っている柵の先には毒が塗りつけられていて形上はレオパール魔導国の軍事関連で魔術の研究が日々行われている―――


―――ということになっているが実際はルドナ=クレイシアの私設研究所と化している現状だった。


そんな研究施設の奥、薄暗い部屋のなかで何人かの話声が聞こえる……


薄暗いその部屋には、生臭いようなアンモニア臭のようなとても不快な臭いが換気もされず漂っていて、その中で手術着を着たような男が何人かと軍服のような服を着た女がいた。


そうしてそのひとりが施術用の拘束具が付いた台に横たわる誰かにキラリと鈍く光る物を、躊躇いなく振り下ろしたその瞬間―――


「イギャアアアァア―――ッ!!!アアアァアァ―――!!!ああああ!!!」


耳を劈く絶叫が薄暗い部屋の中で響き渡り、台の上に横になって拘束具に大の字に固定されていた名も知らないエルフの娘がいる。


ゴトリッ!と鈍い落下音を上げながら、その台の下に―――


―――彼女の切断された血を滴らせる左腕が落ちた……


「アアアアッ!!!痛いいぃい!!!やめでぇええ!!!イギャアアア!!!」


狂ったように台の上で暴れるエルフの娘の失った腕の傷口からは、大量の血が吹き出し、元々どす黒く変色していた台に鮮明な赤を重ね塗りしていく……


どす黒い変色の跡も、同じようにして五体を斬り分けられた者の怨念の籠った血だと気づくことは、痛みで発狂しそうな娘にはない。


「た、たずげてぇえ!!!誰がぁああ!!!痛いぃぃいいぃ!!!お母さあぁんん!!!」


両目から涙を流して助けを懇願する声も、この窓ひとつない薄暗い部屋からは一切外部に漏れることはない。


台の上に寝かせられている娘の股間からは黄色い液体が台の下にまでピチャピチャと流れ落ちていくが、その場にいる黒い影達は気にすらしていない。


そうしてもがき苦しむ娘の横で、ひとつの黒い影が声を掛ける。


「そうだよ。絶望の表情をもっと見せておくれ。そうすることでお前の魂は新たな器へと移り代わる確率が上がっていき、私の大事なモノの一部となるのだ。その魂は絶望すればするほど、この世界に未練を残せば残すほど術が成功する。ほら、まだやりたいことがあっただろう?愛する者もいただろう?帰りたくないか?それらの元に」


薄暗い暗闇の中で、静かにそして妖艶に響く女の声を聴いてエルフの娘は―――


「はぁはぁ……うう……か、帰りだいぃのおぉおお!!うちに返しでぇええ!!!」


絞り出すようにしてその妖艶な声の主に懇願するも―――


ガゴン―――ッ!!!と無情な音が部屋に響く。


「ひぎゃあああぁあぁあ!!!あああ―――!!!オアアア―――ッ!!!う、うでがぁあああ!!!」


ゴトリ!と床に落ちてきたのは彼女のもう片方の腕だった……


「残念ね。あなたの腕はもう両方ともないわ。これで愛する人を抱きしめることもできなくなったわね」


「ど、どうじでぇええごんなごどぉお!!!ご、ごろじてやるぅぅうう!!!」


両腕を斬り落とされる激痛に、もはや思考も途切れ途切れになっているエルフの娘は、ただ目の前の女―――


―――ダークエルフに向けて怨念の言葉だけを吐きかけてくる。


「アハハハッ!!!―――両手を失ったその身体で私を殺すと?出来るものならやってごらんなさいな。でも、これから何も見えなくなる、暗い闇に落ちる貴女に私を見つけることができるかしら?」


ダークエルフの言葉の意味が理解できない娘。


「な、なにいっでるぅう!!あああ!!ハァハァ!!ハァハァ!!おまえだけはぁあ!!!―――な、なにをする!?や、やめて、やめでぇええ!!!イヤあぁああ!!!アガアアアァア!!!」


娘が叫んでいると、目の前にダークエルフの指が近づいてきて、左の眼球に指を突き入れると痛がる娘を無視してグルっと眼球の裏まで二本の指を入れると、そのままメリメリ!と音をたてて視神経も血管も引き摺り出しながら、最後にはブチブチ!と眼球を引き千切られてむしり取られたことで、エルフの娘の世界はいま、半分が暗闇へと変わった……


「まだまだ、貴女から奪うモノがあるわ……どこまで耐えられるかしらね?」


そういってニタリと笑みを浮かべるダークエルフの顔が、エルフの娘がこの世界で最後に見た景色だった……



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