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第113話 本物と偽物

―――ミネアでの食事を終えた八雲達は続いて学院祭で活気だっている店を見て回ることにした。


「しかし、この学院の造りってアサド評議会議事堂とその周辺によく似ているんだよなぁ……まるでジオラマみたいだ」


「ジオラマ?それってなんですの?」


八雲の効き慣れない言葉に過敏に反応したカタリーナが問い掛けてくる―――


「ジオラマって言うのは展示物とその周辺環境・背景を立体的に表現する方法のことなんだけど、俺の国だと実際の建物や地域を小さくした模型って感じかな」


「ジオラマ……確かにこの学院のコンセプトは、商業を学ぶ場所という目的で造られ、より実践的な体験ができるように実際の議事堂周囲を参考にして建てられたものですわ。ですからそのジオラマというのも間違ってはおりません」


実際に入口で見た案内図では中央の学院校舎の周囲を取り囲むように模擬店が配置されていることが伺え、それはこのリオンの評議会議事堂周囲の地形にそっくりだった。


「―――なるほど、やっぱり議事堂周辺を意識して造られたのか。でも流石は商業の国だな。試行錯誤してこの学院が造られたことがよく分かるよ」


「ジオラマ……興味深い」


近くで八雲の話しを聴いていたクレーブスは知識欲の琴線に触れたのか、八雲の言葉に反応していた。


クレーブスもそうだが美女・美少女の集団の中に男は八雲だけという異様な集団に学院内を行き交う男達の視線が物凄いことになっている……


そんな中カタリーナの説明に納得しながら歩いている八雲だったが、そこに―――


「―――八雲!八雲!これ!これどうだ!!シェーナに超絶似合い過ぎじゃないか♡」


―――と、はしゃいでやってきたノワールに連れられたシェーナは、薄い緑色の子供用ノースリーブワンピースを着ていた。


「おお!―――すごく可愛いな!似合ってるよ」


「ええ♪ 本当によくお似合いですわ!可愛らしいです♪」


八雲とカタリーナに褒められて、シェーナは少し照れているようで、クマのぬいぐるみで顔を隠してしまい、それがまた可愛い仕草でその場にいる皆がメロメロになっていた。


「でも、留守番しているトルカとレピスとルクティアにも買って帰ってやらないとダメだぞ」


「分かっている。皆色違いでトルカには赤色、レピスには水色、ルクティアには白のものを購入しておいた。帰ったらシェーナと共に四人を愛でなければならん!」


元々エルフの娘達のところにいたシェーナ達幼女四人のうち、ノワールに懐いたのはシェーナが一番で、他の三人は初め怖がっている素振りを見せていたのだが次第に慣れてきたようで最近では四人で黒龍城の探検をしている姿をよく見かける。


まあ、そのたびに危ないところに近寄らないかとジェーヴァやコゼロークに序列外の龍の牙ドラゴン・ファングのメイド達がシークレットサービス張りに隠れて警護についていることは言うまでもない……


「―――その子達は今回一緒ではありませんでしたの?」


「ああ、ちょうどレベッカの孤児院がうちの『黒神龍特区』に移住してきて子供が増えてから、今はそっちとよく遊んでいてな」


トルカとレピスとルクティアに対してもノワールはシェーナと同じくらい可愛がっているのだが、三人は子供同士で遊ぶのに今は夢中らしく今回も連れて来ようとしたらしいが子供同士で遊びたい様子だったため、無理は強いられないということで今回は留守番させていた。


「その『黒神龍特区』というのは、確かエアスト公爵様から土地を献上されたっていう?」


「―――そうそう、まだエルフの娘達の家と孤児院と地聖教会しか建ってないけどな……」


「そうなのですね……八雲様。もしよろしければ、わたくしの知る職人や商売人も移住を希望すれば受け入れて頂けますか?」


突然の入植希望に八雲は少し驚いたが、


「―――それは正直言って助かる。実は今はまだ住民から税は取り立ててはいないんだけど、孤児院の子供達が自立したら特区に家を建てて、そこから税の徴収を始めようと思っていてさ」


「それはまた……気の長いお話ですのね……」


カタリーナの表情が少し呆れた顔つきになる。


「まあ俺やノワールには税収はなくても特に問題ないことだし。でも独立させようにも就職先になるようなお店なんかもないし、まだ住民も少ないから今はそれでいいけど、後々は増やしていこうと思っていたんだ。住むところは言ってくれたら俺が建てるから」


「―――それは話が早いですわ♪ では、わたくしも知り合いの職人さん達に当たってみますわ」


笑顔で任せろと叩いたカタリーナの胸がポヨン♪ と跳ねたところで、


「―――八雲様♪ この下着はどちらがいいですか?」


「ブフゥ―――ッ?!」


突然、店の入口辺りで話し込んでいた八雲とカタリーナのところに、青い下着と白い下着を手に持ったシャルロットが現れたことに流石の八雲も噴き出した。


「いや、えっと……」


思わず離れようかと横に動いた八雲だが、シャルロットに回り込まれた……逃げられなかった。


「八雲様♪ わたくしにどちらを着けてもらいたいですか?」


(何故だ……可愛いシャルロットの笑顔がまるでアンヌさんがおっさんを木槌で殴った後の笑顔とそっくりなんだが?)


シャルロットの母であるアンヌがいつも夫であるクリストフに木槌を叩き衝けて見せる笑顔にそっくりなシャルロットの笑顔に、まさか八雲自身が金縛り状態に陥るとは思ってもいなかった。


しかしそんなところに救いの手は伸ばされる―――


「―――シャルロット!?レディーがそのように……は、肌着を殿方に見せるものではありません!はしたないですわ/////」


シャルロットの姉的な立場のヴァレリアが顔を赤くしながらも王女として姉ポジションとして、シャルロットを諫める姿に八雲は心の天使を見た。


「―――ですがヴァレリアお姉さま!下着は殿方に選んで頂いた方が見せるときにさらに喜んでくださると、お母様が教えてくださいましたわ」


「叔父様だけでなく叔母様まで……シャルロットに何を教えているのですか/////」


ヴァレリアは頭を抱えているが、シャルロットの攻撃は止まらない。


「お姉さまも八雲様に選んで頂きましょうよ☆そうすれば、きっと八雲様に喜んで頂けますわ♪」


「お、おい、ちょっ!待てよ」


その言葉に天使が堕天する予感がした八雲は思わず止めに入ったのだが、


「エッ?ほ、本当に、そういうものなのでしょうか?……それでしたら!わたくしも選んで頂きますわ/////」


「オゥ……ミイラ取りがミイラに……天使は死んだ……」


そのまま下着コーナーへと向かって行くヴァレリアとシャルロットの背中を見送る八雲……しばらくして、今度はヴァレリアも下着を手に戻って来る。


「あ、あの、八雲様……どちらが―――」


「―――ヴァレリアは絶対赤!でもそっちの黒も両方買おう!シャルロットは絶対青!でもその白も絶対買おう!もう俺が纏めて支払うから買ってきなさい!」


「ありがとうございます!八雲様」


「あ、ありがとうございます/////」


「ある意味、物凄く男らしい決断力と判断力でしたわね……最後は全部買ってあげるところまで」


「―――当然だ。俺をそこらの下着選ぶよう迫られて取り乱すような初心な主人公と一緒にするなよ?こういうのは幼馴染の買い物に付き合って鍛えられているからな」


「幼馴染?それはどういった―――」


そこで突然ノワールが走ってきて、


「―――八雲!これなんかどうだ?我に似合うか?うん?どうだ?」


「いや、ノワールさん……それもう紐じゃね?」


ノワールが持ってきた黒い下着?は胸のカップが網々になっていて、そのカップの下から紐が垂れ下がり、ワイヤータイプの紐の先にクロッチが少しだけ貼られたTバックの背中側と腰に紐が付いた物だった。


「ノ、ノワール様!?い、いくらなんでも、そのようなはしたないデザインの物は―――」


「よしすぐに買ってこい。あと他の子達の分も忘れるなよ」


「―――ここでも男らしい?!い、いえ!あれはいくらなんでも/////」


「ではお前の分はいらぬのか?カタリーナよ」


「……お願い致します/////」


結局カタリーナも含めて、八雲に『龍紋』を刻まれた乙女達全員分の下着を買うと、店員に表まで見送りに来られるくらい感謝された。


「……あれ絶対売れてなかったな」


「アハハ……ああいうのはネットで友達が買ってたなぁ。でも私達はその……『龍紋』がないけど、買ってもらっても良かったのかな?/////」


隣にきたユリエルがそう問い掛けると、


「まあ、いずれはユリエルに着てもらうから/////」


こういうことには照れながら答える八雲に、ユリエルも顔を赤くしながら


「……うん/////」


と一言だけ答えた―――






―――そうして彼方此方の店を訪ねて見て回っていると、


「さあ~!いらっしゃい!いらっしゃい!ここにあるのはあの世界一硬い『黒神龍の鱗』で造られた武器だよぉ!!」


という声が聴こえてきて、八雲とノワールは「え?」と顔を見合わせた。


俄然、興味の湧いたふたりはニヤニヤしながら声のする人だかりの方に向かって行く。


すると―――


「さあ!此処にあるのはあの『黒神龍の鱗』だぁ!!」


武器屋と思われる店先で台車に乗せられた巨大な黒い鱗の形をした物を店の壁に立て掛け、その店の前に数十本の黒い長剣・短剣を台の上に並べてテレビショッピングのように販売している何人かの女生徒達を見つけた。


「この黒神龍の鱗を職人が長い年月を掛けて削りだした不滅の剣!ロングソードとショートソード!今ならなんと金貨二枚!!セット販売だよぉ!!決して折れることのない剣!!さあ買った!買ったぁあ!!」


声を張り上げて商売スマイルを見せている女生徒達に周囲の人々は半信半疑といったところだが、実際に黒神龍の天翔船は議事堂の上に現れたことがあるだけに興味を魅かれ信憑性が高いと感じられる。


街中には黒神龍の御子直伝のピッツァが大好評の店ミネアまである状況だ。


そのことも後押しして、武器を売り出してもおかしくないのでは?と思い始めている者も中にはいた。


だが、そんな店先に黒いコートを着た男が現れた。


「おっ♪ お兄さん剣士さん?丁度この剣どうですぅ?ちょっと高いかもしれませんが、あの黒神龍様の鱗で―――」


「―――偽物だな」


黒いコートの男―――九頭竜八雲の一言でその場に集まった人だかりも店員も一瞬にして黙り込んだが、


「ちょ、ちょっとぉ!お兄さん!突然そんなイチャモンつけるのやめてもらえません?商売の邪魔するっていうなら警備隊を呼ぶよ!!!」


焦りが見えだした店員達は口々に警備隊を呼ぶ!だの、営業妨害で訴える!と好き勝手言い出した。


「偽物を偽物だと言って何が悪い?」


八雲の切り捨てるような物言いに女生徒達はさらにヒートアップしだして、周囲で見ている人集りも鱗より八雲達のことに興味が移っていた。


「はぁ?―――なにを証拠にそんなこと言ってるんですかぁ?」


「―――こっちは命懸けで黒神龍から鱗を手に入れてこうして商売やってるんだ!」


「アンタ!―――そんなにこれが偽物だって言うなら、本物を持ってるってことよね?だったら見せてもらおうじゃない!!!」


手ぶらにしか見えない八雲に店の店長らしきリーダー格の女生徒が、無茶振りのつもりでドヤ顔をしながら怒鳴ってくると、


「本物か―――じゃあ見せてやる」


「エッ?」


八雲がそう言うと『収納』を開いて目の前に巨大な黒い鱗がズドォーン!と土煙を上げて現れた。


「―――これが本物の『黒神龍の鱗』だけど?」


八雲は『収納』にノワールから毎日山積みで収納される、今では数万枚近くになっている鱗の一枚を取り出して地面に立てて置いたのだ。


ちなみにノワールにとっては女性の肌の手入れのように少しでも鱗を作り変えて、綺麗な鱗を保つのが趣味ということで剥がした鱗は八雲の『収納』に無限に増え続けている。


「……」


店員の女生徒達も周囲の野次馬も誰一人言葉が出ない……それほど八雲の取り出した本物の鱗の美しさが神秘的で、逆に壁に立てかけられた鱗がみすぼらしいオブジェであることは、誰の目から見ても明白だったからだ。


だが、ここまで来たら引くことなどできない女生徒達は、


「ど、どうせ魔術か何かで造ったんでしょう!騙されないわよ!!誰が何と言おうとうちにあるあの鱗は本物の黒神龍の鱗なんだから!!!」


どうやら最後まで往生際の悪さを見せてくる女生徒達に、八雲はやれやれと溜め息を吐き、


「あれが本物だって言うなら世界一硬いんだよな?」


「ええ!そうよ!!どんな物でも傷ひとつ付けることなんて出来やしないんだから!!!」


「そうか。だったら―――」


すると八雲は―――


―――『創造』を発動して本物の黒神龍の鱗で新たな武器をこの場で造り出す。


発動と同時に眩い光の中で『創造』されたその武器は―――


「葵!!」


「―――はいっ!主様!」


周囲と共に見守っていたノワール達の中から葵が跳び上がって人を飛び越し八雲の前に降り立つと、


目の前で創造された一対の大きな黒い鉄扇二本を両手に握り締め、その鉄扇をバサッ!と開くと―――


「―――ッ?!」


―――壁に立てかけてあった自称黒神龍の鱗をその鉄扇で横薙ぎにした。


……ズズ―――ッ、ズズズ―――ッ、ドシィン!!!


すると斜めに横薙ぎに両断された偽物の鱗の上部が、その切断面の滑らかさで滑り落ちながら最後は土埃を上げて地面に落ちた。


「―――葵。それはお前にやろう。黒鉄扇、銘を影神楽かげかぐらとする」




―――黒鉄扇、銘を影神楽かげかぐら


鉄扇とは、鍛鉄を骨とした扇のことで、戦国時代になってからは武士が身を守る護身用や舞をする際に用いたものであるが、この影神楽はすべてが黒神龍の鱗で造られており、鉄の塊であろうと切り倒すほどの斬れ味を持っていて、持ち主である葵ほどの実力があれば甲冑を着た相手でも軽く両断する。




「―――感謝申し上げます主様。我が身滅びようともこの魂は影神楽と共に」


周りの者達は突然、扇子で偽物とはいえ鱗型の金属の塊を両断したことに思考が追いつけない。


「それで?世界一硬いはずだが?世界一硬いってのは、ああいうのを言うんだ」


そう言って両手に鉄扇を構えた葵を指差す八雲に偽物を売っていた女生徒達は、


「ヒイィ―――ッ?!」


と顔を青ざめ、その場に蹲っていく。


するとそこに、騒ぎを聞きつけてきた警備隊がやって来た。


「―――この騒ぎは一体どうしたんだ?」


警備隊の隊長らしき人物が前に出て問い掛けるとカタリーナが前に出て、


「―――わたくしが説明致しますわ」


「ん?……あなたは!?ロッシ商会のカタリーナ嬢!?」


どうやら隊長はカタリーナのことを知っているようで、カタリーナが簡単に事情を説明していく。


偽物を売ろうとした女生徒達もカタリーナの名前は知っているようで、更に顔が青ざめていく。


「―――なるほど。事情は分かりました!おい!お前達!一緒に来てもらうぞ!」


そうして武器屋にいた女生徒達数名は残らず警備隊に捕縛されて連れて行かれる。


「……学生相手にやり過ぎたかな?」


八雲がカタリーナに問い掛けると、


「いいえ。たとえ学生であろうと、この国で商売をするのであれば信用と信頼が第一ですわ。一度でもあのようにして偽物を売るような詐欺を働いてしまったら、この国で商人としてやっていけません。それほどまでにお客様を騙す行為はこの国では重罪なのです」


「そうか……だが、誰も買っていなかったようだし、情状酌量くらいはしてもらってくれ。彼女達が本当に反省するのなら、俺はそれでいい」


「フフッ♪ 分かりましたわ。後から警備隊にそう伝えておきます」


「なかなか面白い見世物だったぞ!しかし我の鱗が、こんな道化に使われておるとは思っていなかった」


「まさか本物があるなんて、思ってもいなかったんだろう」


軽く話している八雲とノワールだがその後は周りに出来た人集りから何処からとなく拍手が沸き起こり、八雲達は周りにいた生徒達や人だかりで見ていた商人達からまで詰め寄られ、それを最後は切り抜けて逃げ回っているうちに気がつけば夕方になっていた。


「―――最後は大変だったけど、面白かったよ♪」


ユリエルは楽しそうに笑みを浮かべて八雲を見つめていた。


何だかんだ逃げ切れてからは店回りを続けていて書籍の店でクレーブスが、道具屋でシュティーアが色々漁ったりして大量に大人買いをキメたり、おもちゃ屋さんでコゼロークとシェーナがぬいぐるみコーナーの前で目を輝かせて地蔵のように動かなくなったりと本当に色々あったが八雲も楽しめた。


「―――さあ、そろそろ帰ろうか」


明日には黒龍城に戻るのだが八雲はまだそこに待つ者達のことを知らなかった……



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