―――シュヴァルツ皇国とレオパール魔導国の五分の同盟について、その詳細を簡単に詰めていった八雲とエヴリン。
八雲は詳細についてはリオン議会領のジョヴァンニ=ロッシ評議長と連れてきたクレーブスを交えて国家間の必要な条件を交換し、修正点を指摘しながら草案を纏めた―――
立会人としてティーグル公王領のヴァレリア王女を立て、エーグル公王領の現在公王となっているフレデリカと、エレファン獣王国の公王となったエミリオにも後日同盟の内容は伝えることでこの日の話し合いは終わった。
会談と交渉を終えてエディスはエヴリンとふたりで積もる話もあるからとエヴリンに用意された貴賓室へと向かい、この日はそれぞれ自由行動として解散した。
八雲も会談の後にヴァレリアとシャルロット、ユリエルと葵と共に夕食を簡単に済ませて八雲の部屋でその四人にお付きのジュディとジェナがついてきて明日行われるカタリーナの通う『聖ミニオン女学院』の学院祭について話していた。
「―――わたくしは学校というものに行ったことがありませんでしたから、明日の学院祭がとても楽しみですわ♪」
ヴァレリアが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「わたくしもですわ♪ ヴァレリアお姉さま♪ わたくしも学校に通ってみたかったのですが、お父様がダメ!と仰って……だからとっても楽しみです☆」
シャルロットもヴァレリア同様で王族に連なる者として一般の学校には通わせてもらえなかった。
「ユリエルはそういった行事の思い出はある?」
八雲がユリエルに問い掛けると、
「うん、前にいたところでは文化祭でお店とかしていたよ。あれ、ちょっと恥ずかしいヤツとか……/////」
ユリエルが少し頬を赤らめて答えるのを見て、
「はは~ん……メイド喫茶とか?」
八雲がニヤつきながらそう問い掛けるとユリエルの顔が更に赤くなる。
「―――そ、そうだけど!しかもメチャクチャそのスカート短いのを履かされたんだよ!とっても恥ずかしかったんだから!/////」
ユリエルの様子を見てジェナが、
「メイドって恥ずかしいんですか?こんなに可愛いのに?」
と自分とジュディを見ながら問い掛けるのでユリエルは慌ててしまい、
「あ!いや!そうじゃなくてね!?えっと、八雲君!/////」
八雲に助け舟を求める事態になってしまい、八雲は苦笑しながらジェナに説明する。
「―――ジェナ。別にメイドが恥ずかしいという訳じゃない。ユリエルが言っているのはメイドじゃない女の子がメイド服を着て、お客様をご主人様に見立てて接客する喫茶店のことなんだ。メイドじゃない子がメイドみたいに振る舞うのが気恥ずかしいってだけで、メイドという職業が恥ずかしい訳じゃない。ジェナも初めてメイドになった時は服装が可愛くても最初ちょっと恥ずかしい気持ちあっただろ?」
「うん。失敗したらどうしようとか、言葉遣いとか間違った時どうしようって思った」
「そう、その気持ちと似たようなもんだ。メイドって職業を体験してみてユリエルも失敗しないか気にして恥ずかしかったって話をしただけだよ」
「なるほどぉ……分かりましたぁ!」
ジェナは納得してくれたようでなによりと思っていたところに、
「ユリエル様はそんな体験をなさっていたのですか!?聖女様も色々なことをなさるのですね!」
今度はヴァレリアがユリエルに告げると、
「―――え、いや、そう、ですね……あははっ/////」
そこは異世界の話をするとややこしいので、笑って誤魔化すしかないと悟ったユリエルは愛想笑いを浮かべてそのまま受け流している。
「さあ!お姫様方!―――明日はカタリーナの学院に行くから今日は早く寝ないと。朝寝坊した子は置いて行きます!」
ちょっとお母さんみたいな口調で八雲が就寝命令を出すと、
「妾は少し主様と話がある故ユリエルも先に休んでおきなさい」
「―――あ、はい。それではお休みなさい。八雲君、葵様」
八雲は君呼びで葵が様呼びなのも違和感があるが、八雲も葵も気にしていなかったのでそれが定着してしまった。
「おやすみなさいませ、八雲様……ちゅっ」
ヴァレリア、シャルロット、ユリエルも出ていく前に八雲の頬にお休みのキスをして、顔を赤らめながら部屋を出ていくとジュディとジェナも姫様達について行く。
「―――初々しいことで♪ 妾も寝る前に主様に接吻させて頂きとうございます♪」
「茶化すなよ、葵……それで、なにか話でもあるのか?」
ひとり残った葵に問い掛けると真剣な表情に変わり、
「ユリエルのことですが……暇があればあの者に地聖神様への祈祷と妾の術を教えておりましたが日毎に力を着けております。地聖神様の覚えが相当良いのでしょう。『回復』の加護も強くなり、今では主様と同じく『範囲回復』の域にまで達しており、妾の方が驚かされている次第です」
「葵が驚くほどか……しかし地聖神はユリエルにどうして欲しいんだろうな?彼女が転生者というのも気になるし」
「神の御心は我らには思いもよらぬもの。ですが地聖神様だけではなく四柱の神々すべては地上に生きる者すべての幸福を望んでおります。勿論それは人の正しき行いが前提となりますが」
「まあ、そうだよな。ユリエルの件は葵に任せる。俺にはこの世界の四柱神についての知識もないし、葵がついていてくれる方がユリエルにとっても、地聖神にとってもいい結果になる気がするから」
「―――承知いたしました。それと近いうちにエーグルとエレファンに向かおうと思っております」
「エーグルとエレファンに?理由は?」
「エーグルはもうすぐ麦の収穫時期に入ります。フレデリカ公王ともその件では話をつけてございます。エレファンへは新しく主様が開墾した水田を見て参ります。そろそろ田植えが始まります故、その両方で豊穣の儀式をと」
「なるほど。だったらティーグルに戻ったらエーグルに向かう準備をして行ったら、その後にそのままエレファンに行こう。今回のレオパール魔導国との同盟についても話しておきたいから」
八雲の言葉に葵は笑顔を見せて、
「ありがとうございます。それでは、この後は―――」
そう言って葵が立ち上がると、スルスルと葵の纏った巫女服が開けて、床にストンと落ちたかと思うと白く美しい肌と金髪の長い髪を揺らしながら全裸になったのを見て八雲は驚く。
「―――夜伽をつとめさせて頂きます♡/////」
眩しいくらいの美しさで首に腕を回してくる葵を、八雲はすっとお姫様抱っこで抱えると自分のベッドへと連れて行く。
「―――ああ♡♡!! ぬしさまぁあああ♡♡♡!!!/////」
そこから深夜まで葵の嬌声は続いていった―――
―――翌日の朝
―――身なりを整えた八雲と葵は約束の時間に合わせて議事堂の前に集合すると馬車に乗り、カタリーナの案内で首都の中心にあるアサド議事堂から東側の区画へと向かう。
カタリーナは紺色の生地に黒と白のチェックカラーのプリーツスカートに白のブラウスを着て、その上から紺色のブレザーを羽織って首元には赤いリボンを結んだ制服を着ていた。
ブレザーの胸元には女性と天秤を象ったエンブレムが付いている。
その制服は聖ミニオン女学院の制服だと教えてもらい、案内してもらったそこには巨大な塀に囲まれた『聖ミニオン女学院』が姿を現した。
「ここがカタリーナとサリーが通っている聖ミニオン女学院か……デカいな」
巨大な校門を見上げながら八雲が呟くと、カタリーナが横でクスクス笑いながら、
「さあ皆さま!聖ミニオン女学院の学院祭へようこそ!」
と次々に校門をくぐると、その先に広がっているのは―――
「へ……街?」
学校の門をくぐり中に入ったはずなのに、その先に広がっているのは外と同じような街の景色というよりも商店街のようなお店が集中して建ち並ぶところで、その街並みの中を多くの人々が往来して賑わっている。
「これは……」
呆気にとられている皆にカタリーナが説明する。
「この街のように見える建物も全部、学院の敷地に建つ模擬店なのです♪」
「模擬店!?―――これが?」
どう見ても普通に営業している店にしか見えないその景色に八雲は驚きから覚めない。
「ここ聖ミニオン女学院は街の区画ごと広大な敷地を有しておりますの。その中に学院の外と同じようなお店のベース店舗が建てられていまして、そこを生徒が借りてお店を開いているんです」
「へぇ~!学生とは思えないくらい本格的なんだなぁ!」
「そうなんです!この学院内のお店はまず立地から勝負が始まっています」
「お店の場所か……でもそれって、やっぱりお金で場所を借りたりするのか?」
八雲の質問にカタリーナはフッフッフッ♪ と不敵な笑みを浮かべながら、
「いいえ。お金ではありません。そうすると親が裕福な子が有利になるだけですから。確かに街中の本当の商売はお金によって力関係が決まりますが、この学院内の店舗の争奪戦は―――成績順ですわ!!」
最後にクワッと目を見開いたカタリーナが叫んでいた。
「なるほど……成績順に店舗の場所が選べるのか。面白いな!勉強を頑張った分だけ立地の良いところを取れると」
「はい♪ それと、実は此処の学生が行っている店は休日に営業してもいいことになっていて、休日になると学院の門を開放してほぼ街のお店と変わらないんです」
「そうなのか?でもだったら普段の休日にやっているお店と学院祭では、どこが違うんだ?」
「ズバリ!!!―――値段ですわ!!!学院祭は普段来てくださる一般のお客様へのバーゲンセールの日なんですの。基準として最低三割引は絶対条件になっています。それ以上の値引きはお店任せですが無料はダメと決まっています」
「そりゃあ~こんなに人が多い訳だ」
楽しそうに友達同士と笑い合って店を回っている子供達、服やアクセサリーを店が展示しているガラスケースの外から眺めている女性同士のグループや、どうやら道具なども売っているようで作業着を着たような男性も目に入ってきて八雲はその平和な空気に思わず笑みが零れた。
「おい八雲ぉ~!そろそろ店を回ろうではないか!それにお腹も空いてきたし、なにか喰いたいぞ!ねぇ~♪ シェーナ♡」
「……ピッチャ」
どうやらシェーナ様はピッツアがご所望のようだ……しかし。
「ピッツァは石窯が必要だからなぁ……」
そう言った八雲の隣でカタリーナがフッフッフッとまた不敵な笑みを浮かべ―――
「その点なら問題ありませんわ!さあ!わたくしのお店に行きましょう♪」
―――と先頭に立って歩き出したので皆で付いて行くことにした。
途中歩きながら八雲はエディスに話しかける。
「お母さんとはちゃんと話し出来たのか?」
「はい。色々大変な目にあったことを聞かされました……あの!八雲さん!お礼を言うのが遅くなりましたが母を救ってくださり、ありがとうございました!!」
「エディスは俺にとって身内だと思っている。その身内のお母さんが大変な目にあっていたら、助けるのは当たり前だろ」
サラッと言ってのける八雲に少し呆気に取られたエディスだったが―――
(普段ギルドでは散々な扱いをしてくるくせに、こういうときだけカッコイイこというのは反則です!)
―――と内心ツッコミを入れて顔を赤くしながら頬を膨らませていた。
エヴリンは今日もリオンのジョヴァンニ達と同盟についての詳細を話し合っている。
そうしているとすぐ目的の店に着いたようで、看板を見上げるとそこには―――
『ピッツァ専門店ミネア学院店』
―――と表記されていた。
「ピッツァ専門店!?―――え?まさか石窯を造ったのか?」
看板を見て驚く八雲にカタリーナが、
「―――正解です♪ あれから職人さんや魔術師さんに依頼して、同じように造ってもらいましたわ♪……それまでが失敗の連続でしたけれど」
「いやでもスゴイよ。この短期間で店に使えるほどの石窯を造るなんて」
「えへへ♪ さあ皆さまには今日だけ特別に予約席を用意しておきましたから。入ってください」
店内は元々のミネアと比較すると一回り小さい店舗造りではあるが、外に設置したオープンカフェ風のテーブルと椅子があるので席数はそこまで差はないように見える。
周りの飲食店も流行っているようだが、ピッツァを掲げるミネアは満席の上に行列まで出来ていた。
そんな中を通るのは申し訳なかったが、店内に入って奥に設置された階段を上がっていくと、店舗の二階には広い宴会に使う様な広間があり、すでにオードブル的な料理は運ばれてきている。
忙しいときに悪かったんじゃないか、と八雲がカタリーナに訊いてみると、
「この学園のお店にはこうして二階に接待用やパーティー用の部屋が建設時から用意されています。だから店の者に二階に案内されるのは予約のお客か店にとっての大切なお客だということは周知の事実なのです♪ だから、どうぞお気になさらずに♪」
と、この学院の店舗独自のルールを教えられて八雲の気持ちも少し楽になった。
そしてメインになるピッツァが運ばれてくると―――
「―――ピッチャ!」
といつになくシェーナが目を輝かせていて、
「おお!ピッチャ来たなぁシェーナ♡ 熱いからフーフーしてから食べようなぁ♪」
「……フーフー」
(なにこのお母さんドラゴン。ノワールは日に日にシェーナにハマってるなぁ)
「―――いらっしゃいませ!八雲さん♪」
そこに現れたのはカタリーナと同じくこの聖ミニオン女学院に通っているサリーだった。
「よお!―――まさかピッツァの専門店を出しているなんて思いもしなかったよ」
「アハハ♪ これもカタリーナ姉さんが彼方此方の職人さんと魔術師さんを探してくれたおかげです。このお店は専門店にしたので、石窯をふたつ設置しているんです」
「―――それは凄いな。でもこっちもやって家でも手伝っていて身体は大丈夫か?」
「大丈夫です!そこは交代で来てくれる友達がいるんで」
無理のないように働いていることに恐らくはカタリーナがそういうローテーションを組んだのだろうと察しがついた八雲だったが、そこは口にせずにサリーに頑張れ!とだけ伝える。
街中のミネアも学院のミネアも繁盛しているようで満足した八雲は、
「それじゃあ、他のお店も回ってみようか」
「そうだな!まだ他に美味い物を売っている店があるかもだからな!」
「いやまだ食うのかよ……さすがは腹ペコノワールさん。よし!それじゃあ行こうか」
そうして八雲達はミネアを出て、通りを見て回るのだった―――