―――シュヴァルツ皇国のリオン議会領
その中央に建つアサド評議会議事堂の正面に漆黒の巨大な馬車―――
八雲のキャンピング馬車が乗りつけたことで議事堂の中から出迎えのために多くの者が表に出てきていた。
リオン議会領の代表ジョヴァンニ=ロッシ評議長と評議会議員達、ロッシの娘カタリーナとティーグル冒険者ギルドのサポーターでありエヴリンの娘であるエディス。
八雲がレオパール魔導国に出向いている間、留守を任されていた、
序列03位クレーブス
序列04位シュティーア
序列08位レオ
序列10位リブラ
序列12位コゼローク
ジュディ
ジェナ
葵御前
この八名は八雲達がいない間は一緒にリオンに来ていたヴァレリア、シャルロット、ユリエルの護衛兼世話係をしていて、今全員で外に出迎えに来ている。
ユリエルはこの機会に葵御前に師事をして地聖神の加護を強化するため、葵が仲介となって地聖神へ精進を誓う祈りを捧げる修行を行い、その他の時間では魔術や式神の術を指導してもらっていた。
シェーナはレオ、リブラ、コゼロークが面倒を見ていて、今はクマのぬいぐるみを抱きながらコゼロークと手を繋いでいる。
そんな皆の前に止まったキャンピング馬車からまず降りてきたのは―――
「シェーナァアアア―――ッ♡♡♡」
馬車の出口から常人では真似することの出来ない捻りを二回転加えたジャンプで飛び出しシェーナの前にシュタッと着地したノワールは、目を大きく開いて驚いていたシェーナを抱き上げて頬をスリスリ♡ としていた。
国の要人を飛び越えて幼女の元に舞い降りるという神龍の荒業に全員ドン引きである……
「さすがノワールさん……シェーナ大好きは折れないブレない止められない、そこにシビれる憧れる~」
二番目に下車した八雲はシェーナのプニプニ♪ の頬っぺたにチュッチュ♡ しているノワールを見て、棒読みで尊敬の言葉を吐く。
するとカタリーナやエディス、ヴァレリアにシャルロット、ユリエルといった美少女軍団が八雲を取り囲み帰国の無事を喜び合う。
だが、その中でエディスが次に下車してきた人物を見て顔を強張らせる―――
「お母さん……」
―――馬車から降りてきたのはレオパール魔導国の元三導師のひとりにして国の重鎮であり、なによりもエディスの母親であるエヴリンだったからだ。
「久しぶりね……エディス。元気……だったかしら?」
久しぶりの再会にしてはぎこちない雰囲気を漂わせているふたりを見て、周囲もどう対応すればいいのか思案していた。
なので、八雲が向かい合うふたりに近づき―――
「なんだ?―――誘拐されて死んでいてもおかしくなかったのに、娘にまた会えて嬉しくないのか?」
―――とレオパールであったことに触れると、
「ちょっ?!み、御子様!?今そんなことエディスに言わなくても―――」
「―――今言わなくても後から必ず知ることになる。こんな気まずそうな空気で、後からその事を聞かされて知っても、そこから仲良く出来るのか?」
「お母さん、今の話し……本当のことなの?」
エディスがエヴリンを見つめながら、それでも不安な気持ちが抑えられないのは強張った表情に出ている。
「……ええ。ルドナの暴挙で、それで―――ッ?!」
エヴリンが言い終わる前にエディスは母親に抱きついていた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい!私……なにも出来なくて!お母さんが本当は心配してくれているのも分かってた!でも……素直になれなくて……本当にごめんなさい!」
母を抱きしめて、この温もりを失っていたかも知れないと思うとエディスの震えは止まらない。
「心配させてゴメンね……エディス。お母さん、貴女のこと心配し過ぎて貴女に嫌われちゃったんだと、あまり口を出さない方がいいのかと思って……それで……ホント……バカね……」
震えるエディスをそっと抱き返すエヴリン。
―――そんなふたりの姿を見て八雲はその場から離れる。
「―――随分と厳しい教え方をしたもんじゃないか?八雲」
シェーナを抱っこしながら八雲に近づいたノワールが今度はシェーナに頬っぺたをプニプニ指で突かれながらやってくる。
「ん?ああ……そうだな。目の前にお互い相手のことを想い合っている親子がいたら、ちゃんと話して欲しいと思ったからかな。俺はもう話したくても出来ないから。エディスも俺達がもう少し遅かったら、俺と同じになっていたかも知れない。だからこそ、わだかまりは解消してほしかった」
「そう……だな。ああ、我もそれで間違っていないと思うぞ」
そう言って優しく微笑むノワールに八雲も笑みを返した。
改めてヴァレリアやシャルロットと戻ってきた挨拶をして、その際に八雲の頬にそれぞれからお帰りなさいのキスの洗礼を受けていく。
そこに葵とユリエルもやって来て輪に加わると、ユリエルも照れながら八雲の頬にキスをした。
すると葵までが、
「―――主様ぁ~!妾も♡/////」
と子供の様にはしゃいで八雲の頬にキスをして無事な帰還を喜び合った―――
―――そこからアサド議事堂の中の会談に使う部屋に移動してレオパールで起こった出来事と、最後に魔神の討伐までのことを出迎えに出てきた全員に話した。
勿論エヴリンとサジテール達が
「―――魔神……そんなもの御伽話の中だけの存在かと思っておりました」
話を聴いてジョヴァンニ=ロッシは顔を青ざめて、話を聴いた感想を八雲に答える。
「そうであろうな。なにせ三千年前のことだ。この世界にはまだ、まともな文明すら確立していなかった時代のことだからな」
「なるほど……しかし元凶だったルドナ=クレイシアは魔神に殺され、そしてその魔神も黒帝陛下によって討伐されたというならレオパールの危機は去ったということですね?」
ジョヴァンニが八雲の隣に座るエヴリンに目線を送り問い掛けると、
「―――ええ。まだ細かい問題は山積みだけれど、大きな危機は去ったと見ていいでしょう。ですからリオンに納品が遅延していた品物なども正常な流通を取り戻すと思うわ。迷惑をかけてしまったわね。ジョヴァンニ」
一番訊きたかった薬品など入って来なかった品物について、流通の正常化が約束されたことでジョヴァンニを始め評議会議員達もホッと胸を撫で下す。
「いえ、アイネソン導師こそ大変な状況になってさぞお疲れであるにも関わらず、わざわざリオンまでお越し頂きましてこうして誠意ある会談を望んでくださいましたことに感謝いたします」
そこからエヴリンとリオンの評議会議員達による国交の正常化について様々な話し合いになり、そして最後にエヴリンがとんでもないことを言い出す。
「―――レオパール魔導国をシュヴァルツ皇国に併合して欲しいの」
その言葉にジョヴァンニも評議会議員も、ヴァレリアやシャルロットまでが驚いた顔をしてエヴリンを見つめているが―――
「―――だが断る」
―――と、エヴリンの突然の提案を更に即答で一刀両断した八雲に全員がアッチを見てコッチを見る状況に陥る。
「どうしてかしら?エルドナとも話し合って同意は得ているわよ?」
「―――そっちに問題があるんじゃない。こっちに問題があるんだ」
「……シュヴァルツ皇国に問題が?」
そこで八雲は一度大きく息を吐いてから、
「シュヴァルツ皇国はついこの前、四カ国がひとつになったばかりの不安定な国だ。そんなところにもう一カ国加わってみろ?混乱しか起こらない。それに……」
「―――それに?他にも何か?」
「急激に大きくなった国が更に大きくなって、周りの国は良い顔をするかな?」
フロンテ大陸西部オーヴェストにあるシュヴァルツ皇国以外の国は―――
レオパール魔導国
ウルス共和国
フォック聖法国
イロンデル公国
フォーコン王国
―――この五つの国がシュヴァルツ皇国の南方周囲に連なっている。
その中で八雲が知っているといえば今回のレオパール魔導国と、戴冠式とユリエルの件で交流のある聖法王のフォック聖法国の二カ国だけだ。
その状況で新たにレオパール魔導国まで併合してしまうとフォック聖法国は兎も角として、他の国々からは―――
「―――周辺国への侵略行為とみなされる……ということね」
「そんな意図がなくても向こうがどう考えるかは向こうの自由だ。けれど、それでもし要らぬ争いが起こったとしたら、それは結局その国の国民が血を流すだけでこの大陸に黒歴史を残すだけだ」
そう言い切る八雲の言い分はエヴリンも頭では理解出来ている……だが八雲に見える様々な可能性を考えれば彼について行くことが、いずれレオパールの国民にとって平和で幸せな国に繋がるということも信じて疑っていなかった。
それだけに八雲に斬り捨てられるような言葉を投げ掛けられて困惑している。
「だが、共和国に今すぐ併合する話しは遠慮するけど―――五分の同盟なら歓迎する」
「―――同盟!?しかも五分で?」
エヴリンは元々レオパールの外交を任されていた導師だ。
(御子がレオパールと五分の同盟を望むのは……)
エヴリンはそこで思考を整理して八雲の提案した内容はレオパールにとっては破格の条件だということにすぐ気がつく。
大国となったシュヴァルツ皇国が態々レオパール魔導国と五分の同盟を組む必要は国土面積や軍事力、経済力で圧倒的に有利なシュヴァルツ皇国にはないのだ。
だとすれば八雲が先ほど言った国民の犠牲を強いることのない方法での近隣諸国との付き合い方として、強大なシュヴァルツ皇国から五分の同盟を持ち出すという大義名分により、近隣諸国との軋轢を生ませない姿勢を示そうということなのだとエヴリンは察した。
「―――ですがそれだけで他の国の賛同が得られるかは別問題でしょう」
八雲の意図を汲んでそう答えたエヴリンに八雲は自分の意図が通じていることに笑みを浮かべて、
「それでも此方から五分の同盟をレオパールに頼んだとなったら、その意味合いは小さくはないだろ?」
と力強く返答した。
(確かにその通りだわ。今のシュヴァルツ皇国の国家規模から五分の同盟なんて言われたら、どの国でも裏を怪しむだろうけど断る理由がない……御子様は他の国ともこの方法を取るつもりなの?いいえ、うちと五分の同盟を組んだことが周辺にも知れ渡ったら周辺国の方から動くかもしれない)
「優しそうな顔をしていて、随分とエグい外交をするのね。周辺国はこの同盟を知ったら我先に動き出すでしょう」
「それで動くなら国のことを想っての行動だと思える。動かない国は、それはそれで注意することが出来るさ」
五つの国に注意するよりも、この同盟を知っても動かない国だけ注意を細心にすれば、未然に不穏な動きを掴める公算が高いことを八雲はこの場で宣言しているのだ。
「分かりました。シュヴァルツ皇国との同盟を喜んでお受け致しましょう」
八雲の意図を理解したエヴリンは、美しい笑みを浮かべて八雲に同盟締結了承を伝えたのだった―――
―――リオン議会領で八雲が同盟を締結している頃
ティーグル公王領の黒龍城では、
「―――お前も久しいな。アリエス」
黒龍城の開かれた城門から先陣を切って出てきたアリエスにイェンリンは不敵な笑みを浮かべて声を掛けた。
そのイェンリンに向かってアリエスは片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままスカートの裾を持ち上げて綺麗にカーテシーを見せる。
「お久しぶりでございます。イェンリン様、紅蓮様。そして御無沙汰しております白神龍様」
「お久しぶりアリエス。突然イェンリンが押し掛けてしまってごめんなさいね」
紅蓮が苦笑いで挨拶に答えるとイェンリンは不服そうな顔をしている。
「お久しぶり、アリエス。あと私は白雪……今度からそう呼んでちょうだい」
「御子様をお迎えになったのですね。
「―――ありがとう。この子が私の御子よ」
護衛のために飛び出してきた『
「えっと、初めまして!―――白神龍の御子になりました草薙雪菜です!どうぞよろしくお願いします!」
アリエスにペコリと頭を下げて挨拶する雪菜を見てアリエスもカーテシーで返す。
「ご丁寧な挨拶を頂きまして、私は黒神龍ノワール様の『
雪菜は流れるような輝く銀髪に、この世のものとは思えない美しさを称えるアリエスを見て暫く見惚れていた。
「―――それでアリエス。先ほどノワールは留守だと言っていたが、そうなると八雲も?」
イェンリンがアリエスにそのことを問い掛けると、
「はい。八雲様とノワール様は現在リオン議会領にご滞在です。お帰りは早くとも明後日になるかと」
アリエスがそう答えたのを聞いてイェンリンは面倒そうな表情に変わる。
「なんだ……八雲のヤツいないのか。それでは雪菜を攫って少し困らせてやろうという余の計画が台無しではないか」
「―――そんな下らない悪戯のために、うちの雪菜を攫おうとしたの?」
白雪が無表情のまま問いかけるがイェンリンはまったく悪びれる様子もない。
「余を待たせた八雲へのささやかな嫌がらせではないか。大目にみてくれ白雪。もう攫ったりせん」
「どうだか……ダイヤ、ここからは常に雪菜の傍に。イェンリンが何かしてきたら容赦はしなくていいわ」
「―――承知いたしました白雪様」
「あ、あはは……なんだか私の知らないところで謎の争いが起こっていることに驚愕だよ……あの、アリエスさん?」
「―――なんでしょうか雪菜様」
周りの状況に置いていかれ気味の雪菜はアリエスに改めて向き合う。
「その……黒神龍様のノワールって御名前は八雲が付けたんですか?」
アリエスは親しげに八雲と呼ぶ雪菜に訝しげな表情を見せたが、
「はい。御子である八雲様がお決めになりました」
その言葉を聴いて雪菜はクスクスと笑みを溢しながら、
「八雲にしてはセンス良い名前つけたわね。あのネーミングセンスゼロの八雲が……フフッ♪」
日本にいた時に八雲に感じていたセンスの無さからは考えられないほど、良い名前を思いついたことに笑っていた。
「あの……雪菜様?八雲様とは―――」
アリエスが雪菜に問い掛けた瞬間イェンリンが、
「―――幼馴染だそうだぞ。あの八雲と」
意味深にニヤリと笑みを浮かべながら告げた。
そしてイェンリンの意味深な笑みの意味をアリエスは即座に理解する。
「ッ?!―――八雲様と幼馴染ということは……雪菜様、貴女は……」
「えっと……八雲と同じところから来たって言ったら、分かってもらえますか?」
雪菜の言葉にアリエスは目を見開き、思わず口元を手で覆ってしまうほどの驚きを見せている。
だが、すぐに冷静になってノワールと八雲に『伝心』で伝えようとするのを―――
「―――『伝心』はまだ送るなよ!アリエス!」
―――イェンリンの大きな声に遮られる。
「何故ですか?イェンリン様。それに……貴女のご命令を聞く筋合いはございませんが?」
「確かに。だがアリエスよ。今此処に雪菜がいることを聴いて八雲はどうする?リオンに行っているということは何か用事があるからだろう?皇帝が地方に向かうということは地方も皇帝を迎えるために色々準備しているはずだ。国の皇帝が幼馴染のためにその地方のもてなしの気持ちを放って戻ってくるのか?そのような真似をすれば皇帝の威厳に関わるぞ?」
尤もらしいことを並べ立てて煙に巻こうとしているように思えるアリエスだが、イェンリンの言い分は的外れという訳でもない。
「―――それならば八雲が戻ってきた時に驚かせた方が雪菜も面白いと思わんか?」
突然話しを振られた雪菜は一瞬驚いてはいたが、ここで天然の本質が思わず顔を出して、
「―――サプライズですね!分かります♪ 私も八雲との再会は劇的な感じでやりたいですから♪」
ムフゥ!と鼻息も荒くして満面の笑みでそう答えた。
イェンリンの嫌がらせの行動なら無視しようと思ったが、八雲の幼馴染である雪菜の同意を得られてはアリエスもその気持ちを無下に踏みにじることは出来ない。
白雪は流れを察して、
「ハァ……」
と溜め息を吐き紅蓮は手を合わせてアリエスを拝むようにして謝罪の姿勢を見せている。
「……承知いたしました。雪菜様のご希望に沿って八雲様がお戻りになられるまで、御二人のことは伝えないことを約束します。ただし!!―――万一にもこの城に滞在中、争いなどを起こされた場合は常駐しております我ら『
最後に強烈な『殺気』の籠った鋭い瞳でイェンリンに言い聞かせるようにしたアリエスを見て、
「フッフッ♪―――そのような『殺気』をあてられては、思わずお前を相手に挑みたくなるではないか?アリエス」
と不敵に笑みを浮かべつつ、イェンリンはアリエスの『殺気』をさも気持ちよさそうに受け止める。
「―――イェンリン!本当にここは自重なさい!今此処でなにかやったらシュヴァルツとヴァーミリオンが戦争になることもあり得るのよ!そうなればまた戦乱になる……それは貴女も望まないでしょう?」
見兼ねた紅蓮がイェンリンを諫めると、
「分かっている……」
と聞き流しながらイェンリンも渋々大人しくなる。
「―――それでは城内へご案内いたします。こちらへ」
そう言ってイェンリン、雪菜、紅蓮に白雪を先導するアリエスの背中について行く四人だったが、
「なんか私って色々と……ついていけてない?」
白雪にボソッと問い掛けると、白雪はまた、
「ハァ……」
と小さく溜め息をついて心の中で
(やっぱり来るんじゃなかった……)
と深く後悔していたのだった―――