目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第116話 天狐捕縛

―――空中でお互い再会の喜びを溢れさせている八雲と雪菜。


そんなふたりを追いかけてきた白雪とダイヤモンドは黙って見つめている―――


そこへ更に後から追い掛けてきたイェンリンと紅蓮も到着して、


「なんだ?もう終わったのか?―――しかし一体これはどういうことなのだ?」


と首を傾げるイェンリンを白雪が流し目で睨みながら、


「貴女が初めに言っていた誘拐計画じゃないの?」


と疑惑を向けて言い放つ。


「―――馬鹿を言うな。余が攫うなら、あんな狐など使うか!」


とイェンリンは鼻息荒く否定するが、そこで紅蓮があの銀孤のことに気づく。


「そう言えば……あの銀の狐は……」


イェンリン達が話しているとき、別で動いていた葵とノワールから『伝心』が届く。


【―――八雲、ちょっとこっちに来てくれ。葵があの狐を捕まえた】


【間違いなく『天孤』です主様。今は妾の結界で捕縛しております】


それを聞いた八雲は、


【―――今行く】


とだけ返事して雪菜を抱いたまま教えられた天狐の落下地点へと飛行して向かうと、黙って移動を始めた八雲に吊られてイェンリン、紅蓮、白雪、ダイヤモンドもそれを追うのだった―――






―――少し離れた草原に瀕死の天狐が横たわっている。


落下した天狐は受け身も何も取れず、そのまま草原に落下したようで周囲の地面が少し円形に凹み、その近くの地上に降りた八雲は雪菜を降ろすと黙って天狐に近づいた。


天狐の周囲には葵の掛けた草の弦のような形をして天孤に絡みつく結界が張られており、瀕死の天狐は巨大な銀孤の姿で流血して息も絶え絶えに荒くなっている。


【グルウウウウ―――ッ!!!】


八雲の顔を見ると途端に唸り声を上げる天狐に八雲は眉一つ動かさない。


雪菜はビクリ!と震えたがすぐに白雪が雪菜を抱きしめるようにして落ち着かせた。


「お前、何故雪菜を狙った?―――目的は何だ?」


静かに、そして冷徹に問い掛ける八雲の質問に天孤は再び唸り声を上げる。


【グルウウウウ―――ッ!!!ハァハァ!】


―――だが次の瞬間、


葵の絡ませた草の弦のような形状をした結界の隙間から見える天狐の横脇腹に―――


「―――氷弾アイシクル・ブリット


―――氷柱のような尖った形状をした《氷弾》を撃ち込む。


【キャウウウウウ―――ッ!!!】


突き刺さった《氷弾》の激痛に天狐が思わず甲高い鳴き声を上げた。


「―――答えろ。事と次第によっては『回復』を掛けてやってもいい」


【ハァハァ……ウウウ!!グルウウウウ―――ッ!!!】


激痛に耐えながらも天孤は口を割る様子がない。


「……獣に人の言葉は理解出来ないようで残念だ」


すると今度は《氷弾》を一気に三本発動させて、これでトドメと言わんばかりに狙いを定める。


しかし―――


―――そんな八雲の前に雪菜が立ちはだかる。


「―――やめて八雲!」


「……雪菜。こいつはお前を誘拐しようとしたんだぞ?もしも俺達が追うのが遅ければ、お前はどこに連れて行かれるとも知れなかったんだぞ?」


努めて冷静に雪菜を諭す八雲だったが―――


「―――動物虐待なんてダメだよ!!!」


―――雪菜の大きな声が響き渡ると、周囲の全員が静まり返り、


そして……


「プフッ!―――ど、ど、動物、虐待!クフッ!プフフ♪」


それを聞いたイェンリンが笑いを抑えられずに吹き出してしまい紅蓮が思わず、


「ちょっと!」


とイェンリンを諫めるが紅蓮もその他の周囲にいる者も雪菜の一言に笑いが込み上げてきていた。


「お前なぁ……動物虐待って……」


「―――でも、ちょっと大きいけど狐さんを魔術でこれ以上攻撃するとか弱い者イジメなんて八雲らしくないよ!こんなに力の差があるのに八雲は弱い者イジメして喜ぶような人じゃないでしょう!」


雪菜が何度も『弱い者』と連呼するので遂にノワールも吹き出して、その場で大笑いし始めた。


「アッハッハッハ!弱い者!確かに!―――こんな弱い動物をイジメたら動物虐待を訴えられても仕方がないぞ♪」


「……これでも一応、妾の同胞なのじゃが?」


ノワールの煽りに葵は自分と同じ地聖神の使徒である同胞のために複雑な心境に陥っていた。


何よりも攫おうとしていた対象の雪菜に、こうまで弱い者と決めつけられて庇われている天狐が一番怒りに震えていたのを雪菜以外の全員が承知している。


「分かった……そうだな。雪菜の言う通りだ。こんな『弱い者』は相手にする必要もなかったな」


「クックックッ♪ 余もこれほどまでに『脆弱』な動物を嬲るのはどうかと思うぞ―――プッ!クスクス♪」


天狐は見下すような目で弱者認定してくる八雲とイェンリンを狂気に満ちた眼で睨みつけている。


「本当に殺す価値もないわね……雪菜を攫っただけでも万死に値するけど、こんなちっぽけな動物……殺す価値もないわ」


更に横から凍るような視線で見下す白雪の言葉に天狐の瞳には悔しさからか涙が溜まっていた。


「―――ちょ、ちょっと白雪?どうしたの?なんか言い方に棘があるよ……」


そうとは気づかない雪菜だけが、ん?と周囲の言葉に違和感を覚えているが生来の天然は恐ろしい効果を発揮している。


「いや、大丈夫だ。なにも問題無い。狙っていた雪菜にこうして庇ってもらえて、か弱いこの狐も感激で涙を浮かべているんだろう。おい葵……もうコイツの結界解いていいぞ」


「―――エッ?よろしいのですか主様?」


突然の開放宣言を聴いて驚いた。


しかしもし暴れたり逃げたりしても、この場の面子から逃げられる生物はいないと葵も思い直して一応訊いてみた。


「いいから♪ いいから♪ 弱過ぎて話しにならない傷を負った天狐なんて小指で倒せるから」


そう言って天狐の目の前で小指をちょいちょいと折り曲げて見せてやると、天孤の殺意は更に膨らんでいた。


「……ねぇ?八雲?やっぱちょっと言い方おかしくない?」


「―――放ちます」


そのタイミングで葵が天狐を束縛した結界を解除すると―――


【グルアアアアア―――ッ!!!】


―――身を起こした天狐が傷も顧みず、八雲の喉笛に噛みつこうと牙を剝いて飛び掛かってくる。


「―――やくもぉ!!!」


驚いた雪菜が悲鳴のように八雲の名を呼ぶが、


「―――ホイっと♪」


その八雲は本当に小指だけで天狐の鼻先を押さえ、動きを封じていた。


「―――『回復』からのぉ魔神拘束イーヴァル・バインディング!!」


天狐の傷を死なない程度に八雲は『回復』を施し、更にルドナの魔術魔神拘束イーヴァル・バインディングを発動し、天孤を紫の粘液で拘束していく。


「―――なんだ。お前、それを身につけたのか?」


ノワールが少し驚きながら八雲に問い掛ける。


「ああ、魔神討伐の時にlevelが上がって、そしたら使えるようになっていた♪」


軽く答える八雲にイェンリンが掴み掛かる。


「―――おい待て!今お前、魔神を討伐とか言わなかったか?」


「そうだけど?この前レオパールでちょっと色々あって。そこで一匹出てきたもんだから討伐した」


するとイェンリンがプルプルと子犬のように震えだした―――


「なんだそれは!!!ズルい!!!―――お前だけ魔神を討伐するなんて!どうして余を誘ってくれなかったのだ!!!」


「なにこの人?魔神が出てきたっていうのに、態々お前を誘いに行ってたらレオパールが滅びるわ!大体、今回のこの一件についてお前にも訊きたいことがあるんだからな!」


まるで子供の様なふたりがそんな言い合いをしているうちに、


「―――ちょっと八雲!なんか狐さんが人の姿になっていくよ!」


雪菜が八雲に呼びかけると魔神拘束イーヴァル・バインディングによって魔力を吸い取られた天狐が狐の姿を維持出来なくなったのか、全裸の銀髪獣人美女の姿に戻っていた。


「な、なんかちょっと……エロいね/////」


球状になった粘液の中心で全裸の銀髪狐耳獣人美女が悶えているのを見て、雪菜が素直な感想を口にする。


雪菜は基本清楚なお嬢様なのだが、日本にいる時に八雲と結ばれてから自分自身でもネットなどで色々エッチ系な情報を集めていたため、天然な上にエロい清楚なお嬢様という謎カテゴリーに進んでしまった残念なお嬢様なのだ……


「この粘液は魔力や攻撃力を吸い取って、おまけに媚薬も盛れるという機能付き」


「何それ!?―――なんだか物凄いプレイが出来そう!?/////」


八雲の説明にも雪菜の返しにも、周りの者達はドン引きといった表情に豹変していく……


「兎に角この狐は捕縛したし―――黒龍城に戻ろう」


そう言って魔神拘束イーヴァル・バインディングに絡みつかれた天狐を『空間創造』の加護で別空間に収納する間際に―――


「どうせお前はすぐに口を割らないだろうから、媚薬と一緒に過敏薬も注入しといてやる。精々頭がおかしくならないよう気をしっかり持っていろよ♪」


笑顔で天狐にそう伝えると、口に粘液の触手を突っ込まれた天狐は、藻掻いて唸りながら恨めしそうな目を八雲に向けるが無情にも空間はそのまま閉じられて闇に堕ちていくのだった―――






―――黒龍城に戻って、


詳しく話をしようという八雲の提案に全員が一応納得して、それならと八雲がキャンピング馬車を『収納』から出してそれに乗って帰ることにする。


「キャアアアア♪―――こ、これって!そのままキャンピングカーだよね!?これもしかして八雲が造ったの?」


この馬車を初めて見る雪菜だが中身は高級なキャンピングカー仕様なのですぐに八雲のコンセプトは理解出来た。


「―――なんだ?雪菜もこの馬車のこと知っているのか?」


イェンリンが少し悔しそうにしているが、


「あ、この馬車は初めてだけど、八雲といた世界にはこういう乗り物があったから知っているの」


雪菜は素直に答える。


「フッフン♪ これは八雲が我のために造ってくれたのだぞ♪」


と自慢げに語るノワール。


「いいなぁ~♪ ねぇ!八雲!私にも造ってよ♪」


「ん?ああ、欲しいなら造るよ」


「え!?ホ、ホントに!?い、いいの?」


冗談で言ったつもりだった雪菜だったが軽く承諾する八雲に驚いていると―――


「―――待て待て待て待てぇ!八雲!この馬車を造る約束は余の方が先であったはずだ!それを反故にする心算か!!!」


―――イェンリンの猛抗議がカットインした。


「あれだけ人のこと殺そうとしといて……ヨクソンナコトガイエマスネ?」


と無表情で返す八雲に、


「あは☆イェンリンちょ~っと勘違いしちゃったみたいなの♪ ゴメンね☆八雲君♪」


突然人格を変えて八雲に枝垂れかかるが、


「―――もうその手にのるか」


と八雲が冷たく言い返すと、小さくチッ!と舌打ちをかまして今度は雪菜に向かっていく。


「雪菜ぁ~!八雲が余との約束を破ってこの馬車を造ってくれないって言うのだぁ……余はずっと楽しみにしていて、我慢出来ずに此処まで来たというのにぃ~……グスン……」


「あの八雲?先にイェンリンさんと約束してたなら、私は別に……」


ここで天然振りを発揮してイェンリンに懐柔されそうな雪菜に向かって八雲が、


「汚いぞ!イェンリン!―――雪菜、騙されるな!さっきその人、小さく舌打ちしてたから!それ演技だから!」


と、イェンリンの本性を教えようとした。


だがしかし続けてイェンリンが、


「余のことは汚物扱いか……余など所詮は嫌われ者だからな……シクシク……」


と、さらに被せて演技を重ねてきたことで雪菜が気まずい表情になる。


「―――あの、八雲。やっぱり先にイェンリンさんの……」


「ああ!分かった!もうあるよ!造ってある!いつ渡しに行くかタイミング合わなかっただけで、ちゃんとイェンリンの馬車は造ってあるよ!!」


根負けして既に出来上がっていることを白状する八雲。


「なんだ―――それを早く言え馬鹿者」


と一気に素に戻るイェンリン。


そんな変わり身に雪菜は笑みを浮かべながら、怒り心頭の八雲を宥めて馬車は黒龍城へと向かう―――






―――黒龍城に到着した馬車から下りて城内に入ると、


「―――八雲様!ご無事ですか?」


そこに待っていたシャルロットが駆け寄り、ヴァレリアやユリエル達も一緒に待っていて集まって来る。


「ああ、大丈夫。心配掛けたな……ん?」


するとその端に見覚えのある女性―――『紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー』のフレイアがいた。


「……久しぶり。フレイア」


「お久しぶりでございます。八雲様。我が主より此処に残り護衛の任を仰せつかりまして、僭越ながら周辺警護を行っておりました」


その言葉に紅蓮へ視線を向けると申し訳なさそうにしながら笑みを浮かべている。


雪菜の誘拐と八雲の行動から誤解の可能性が高いと踏んだ紅蓮が、此処の周辺警護という役をフレイアにさせて少しでも話し合う余地を作る切掛けにするつもりだったのだ。


八雲は紅蓮の強かさに感心するやら呆れるやらだが天孤の仲間がいないという確証もなかったし、味方は多い方がいいのは事実で、しかしこれで形上は借りを作ってしまった。


「そうか。フレイアは俺でも破れないほどの結界が得意だから護衛についてくれたなら頼もしい限りだ」


「は、はい……身に余るお言葉です」


エレファンでの事に少し嫌味を込めて言い放ったが、フレイアにも伝わったようで終始俯き加減だった。


「はぁ……だが感謝しているのは本当だ」


そんなフレイアを見て、いつまでも根に持つのもスッキリしないと思い八雲がフォローだけは入れておくと、パァ!と花が咲いたように笑顔を向けたフレイアも八雲から見てやはり美女に変わりなかった。


そこから全員を連れて玉座の間に向かうと既に『龍の牙ドラゴン・ファング』もそこに集合している。


―――シェーナはコゼロークとクマのぬいぐるみを持ち合って一緒に遊んでいた。


そうしてノワールが前に進んで玉座に腰を掛けると―――




「さて……それでは我の城で好き勝手してくれたことへの―――落とし前を着けてもらおうか?」





暴風のような『威圧』と共にノワールがそう言い放ったのだった―――



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?