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第154話 首都レッド襲撃

―――バビロン空中学園の図書館に行って皆で課題の参考資料を見ていた日の翌日。


今日も図書館で資料を探したいというヴァレリア達の意見を聴いて、八雲も一緒に学園の図書館へと向かう。


「―――あ、八雲君!見つかってよかったですよ♪ ルトマン校長が貴方に急用があるとかで、一緒に校長室までご同行願えませんか?」


そんな時、図書館の手前で八雲はラーズグリーズに呼び止められた。


「え?校長が俺に、ですか?昨日はそんなこと言ってなかったけどな……分かりました」


ヴァレリア達に断りを入れてラーズグリーズと共に校長室へと向かう八雲。


「一体何の用事ですかね?」


共に学園の廊下を歩くラーズグリーズに訊ねると、


「さあ?私は偶々廊下を歩いているところで校長からお願いされただけですから。あら?―――あれは?」


ラーズグリーズの声に八雲もつられて前を見ると、そこにはイェンリンとブリュンヒルデの姿が見えた。


「あれ?イェンリン?こんな時間になんで学園に来ているんだ?」


「ん?なんだ八雲か。いやルトマンのヤツが急用でどうしても来て欲しいと使いを寄越してきてな。まったく!皇帝を呼び出すなど、あの小僧は自分の立場が分かっていないと見える」


「いつも無茶な話ばかり聞いてくれているんだ。偶には向こうの願いくらい聞いてやるのも皇帝の器だろう!」


ルトマン校長への不満を口から漏らすイェンリンに、ブリュンヒルデがそのことを嗜める。


「ハハッ、俺も校長に呼ばれたんだ。それなら一緒に行くか?」


「なんだと?おい八雲、学園の中で下着でも盗んだのか?余は身元引受人にはならぬぞ」


「おい、校長からの呼び出しイコール性犯罪者みたいな扱いはやめろ……」


そんな下らないことを言い合いながら校長室へと繋がる廊下を歩いていると、今度はイシカムが本を何冊か抱えて廊下の向こうからフラフラしながらやって来る。


「おはようイシカム。随分と本を抱えているけど、課題に関係するものか?」


「あ、八雲君おはよう。うん、そうなんだ。僕は魔術で便利な魔道具を創ろうと思っていてね!だから貸し出してもらえる魔導書を借りてきて講義室で研究しようと思って」


「へえぇ、イシカムはさすが魔術で特待生になった生徒だなぁ。魔道具かぁ……俺も何か創ってそれを提出するかなぁ」


「ええ?昨日の空飛ぶ船じゃダメなの!?」


イシカムはあの船を課題として提出するとばかり思っていたと話すが、


「あれはイェンリンの船だし、それに課題の作品として提出したらそのまま取られちゃうかも知れないだろ?それにあれは俺ひとりで造った訳じゃないからな。紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーのフロックや工房のドワーフ達と一緒に造ったんだ。だから作品として出すのは無理なんだよ」


それを聴いてイシカムは、


「なるほどねぇ……でも八雲君はあんな巨大な船が造れるんだから課題も楽勝でしょう?」


「―――そんなことないさ。イシカムはこういう魔道具を創ろうって何か決めているのか?」


「そうだねぇ。やっぱり、人の役に立つ道具を作りたいかな」


「ハハッ♪ だったら何か手伝って欲しいことがあれば遠慮なく言ってくれよ」


笑顔でそう告げる八雲に、イシカムも笑顔を返して―――


「うん!八雲君、ありが―――ッ!?」


―――イシカムが礼を言い切る前に突然、浮遊島が激しく振動する。


「―――なんだ!?」


グラグラと揺れる地面だが浮遊島全体が揺れることなど空中にある以上は考えられない。


「うわぁああ―――ッ!!!」


「―――イシカム!!!」


両手で本を抱き抱えていたイシカムはバランスを崩して廊下に転げた。


「大丈夫か!?」


「あうう……ぼ、僕は大丈夫……でも、この浮遊島に地震なんてあり得ない!きっと何か起こっているよ!」


イシカムの言葉に嫌な予感が過ぎった八雲は、


「イェンリンとラーズグリーズ先生はこのことを校長に伝えてくれ!俺とブリュンヒルデで様子を見てくる!!」


ふたりに校長への知らせを頼み、ブリュンヒルデに視線で合図する。


「分かりました!八雲君もお気をつけて!」


「うむ、だが無茶するではないぞ!ブリュンヒルデ、何か分かったら『伝心』で伝えてくれ」


ブリュンヒルデはイェンリンの言葉に頷くと、八雲と一緒にその場から走り出した。


「さてと―――ほれ、小僧。いつまでも座り込んでおらずにお前も余と校長のところに来るがいい。八雲の学友ならば余が護ってやろう」


そう言ってイシカムに手を差し伸べるイェンリン。


「は!?はい!!―――も、勿体ないお言葉、あ、ありがとうございます」


腰を抜かしたイシカムは右手をイェンリンの手に伸ばすと、強く握り締める―――


「―――【呪印カース封魂操戯マネッジシール】」


―――イシカムがそう呟くや否や、握られた手から黒い霧のようなモノがイェンリンの全身に纏わりつく。


「貴様!!!―――呪術師カース・マスターか!?」


そう叫んだイェンリンが『身体加速』で振り払おうと試みるが、掴まれた手を別の手に抑えられる―――


「―――ラーズグリーズ!?お前!どういうつもりだ!!!」


「どういうも何もありませんよ、イェンリン。ただ私はマイマスター……マキシ=ヘイト様の意に従うだけです」


「無駄だよ!炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン……呪術は魔術とは違う。呪術に対する耐性は、この世界にはないんだ。だから魔術耐性ではどうにもならない。ラーズグリーズもこうして魂を僕に掴まれたのさ!」


―――濁った笑みを浮かべるイシカム。


その言葉に身動きを封じられたイェンリンが―――


「クッ!?こ、小僧……お前が……マキシだと?」


―――そう問い掛けた時だった。


「―――其処でなにをしておるのじゃ?んん?―――こ、皇帝陛下!?何故此処に陛下が?」


浮遊島の振動によって校長室から出てきたルトマンがイェンリン達を見つけてそう問い掛けると、


「―――ルトマン!!逃げよ!此処にいては危険だ!!」


そうイェンリンが叫ぶ。


「あ~あ、校長室から出て来なければ何にもする気はなかったのに……運がないね、校長先生」


「―――おい!やめろ!何をする気だ!!」


呪術により身体の自由を完全に奪われたイェンリンは小指の先も動かせない。


その上で意識がまるで漆黒に呑まれていくようにして視界が狭く、遠くなる感覚に襲われていた。




―――【呪術】Curse


この世界の呪術は魔術と似て非なるものである。


魔術が世界に存在する元素・土水火風光闇無を構成して生じる現象であることに対して、呪術は主な根源が負の感情『業』によって生じる現象のことを指し、これには魔術耐性では防げないという特異な点がある。


また呪術には相手の命を奪う呪いから身体に病や危害を与える呪いまで多岐に渡り、その効力や効果期間など種類は様々である。




「さあ―――その血塗られた身に再び新たな血飛沫を浴びる時がきたぞ!炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン!!そのジジイを殺せぇ!!!」


「な、なんだと!!クッ!いかん!―――ルトマン!!逃げよ!!!今の余は呪術で身体の自由が利かぬ!!!」


「―――なんと!へ、陛下!!お気をたしかに!」


「いいから逃げよ!!!―――ルトマン……このまま……では…おま……え……を………」


ルトマンに向き直ったイェンリンは次第にそのまま静かになっていく。


「……陛下?」


イェンリンを気づかい一歩近づいたルトマンは―――


「―――エッ!?」


左肩から右脇腹にかけて手刀の斬撃を受けると―――血飛沫を吹き出して、やがて廊下にガクリと膝をつく。


「陛下……何故……」


そう呟いて顔を上げたルトマンの目に飛び込んできた光景は―――


「……」


―――ルトマンの吹き出す返り血をその身に浴びて魂の抜けたような無表情で、その顔と全身にはまるで炎のような黒い紋様が浮かび上がっているイェンリンが目に入った。


そして、その虚ろな瞳から―――イェンリンは血の涙を流していた。


「なんと……御労おいたわしい……」


ルトマンは己が斬られたことよりも、血の涙を流してまで呪術に抵抗していたイェンリンの姿に只々彼女の無念を汲み、哀愁の念が込み上げてきていた……


そして、廊下に広まった自らの血溜まりへと静かにドシャリと崩れ落ちていく。


「クククッ……クハハッ!ハハハハァアアア―――ッ!!!」


後にはただイシカムの不快で狂った様な笑い声だけが廊下に木霊していくのだった―――






―――学園から外に飛び出した八雲とブリュンヒルデは、この現象が途轍もない巨大な力によるものだと推測し空中に飛び立つ。


空中浮揚レビテーションによって大空に舞い上がったふたりが見たものとは―――


「―――あれは何だ!?」


八雲の叫んだ方角には、首都レッドを中心にして囲うように八本の巨大な爪型の塔が大地から聳え立っている様子だった。


その塔から放たれる光の筋が大空に向かい首都と浮遊島を覆うと、巨大な蒼い龍紋が光で形成するドーム型の天井部分に浮かび上がっていた。


「まさか!あれは!?―――蒼神龍様の結界!だとしたらあの塔には蒼天の精霊シエル・エスプリが来ているのか!」


蒼天の精霊シエル・エスプリって、たしか蒼神龍の配下の?―――それがあの塔と何の関係が?」


八雲の問いに矢継ぎ早に説明するブリュンヒルデ。


「あれは蒼神龍様の得意とする状態異常バッド・ステータスの結界陣だ!あれに囲まれると、どんな物でもステータス異常を起こして簡単に言えば弱体化させられる!この様に大規模範囲で発動する際には蒼天の精霊シエル・エスプリがあの塔を造って支援展開するんだ!」


「てことは、まさか……おい!!浮遊島が落下していくぞ!!!」


すべての物に異常を来たすその結界は、物質にも作用しているため浮遊島の飛行能力まで低下させ、現在首都レッド上空に差し掛かっていた浮遊島は認識阻害の魔術も解けて徐々に下界へと落下していた。


そしてその様子を見た地上の首都レッドでは、未曾有のパニックが引き起こされているのが八雲達の目に映る。


「不味い!―――このままでは首都に浮遊島が墜落してしまう!!どうすれば!?」


流石のブリュンヒルデも過去にない大惨事への序曲に焦りが先走って判断力が疎かになっている。


だが、そこで八雲が―――


「ブリュンヒルデ!!―――紅蓮を呼べ!俺はノワールを呼ぶから、ふたりに浮遊島を移動させてもらう!!!」


―――と、ブリュンヒルデに叫ぶ。


「なに!?そんなことが出来るのか!?」


「出来るかどうかじゃない!!―――やるんだ!!!」


「ッ!!―――分かった!!!」


八雲はノワールに、ブリュンヒルデは紅蓮に『伝心』を飛ばす。


【―――ノワール!聞こえるか?ノワール!!!】


【ああ、聞こえている!―――どうした八雲?これは何が起こっている?】


【蒼神龍の状態異常バッド・ステータスの結界で、首都レッドと浮遊島が覆われている!今、浮遊島は絶賛落下中だ!】


【―――なんだと!?どういうことだ!?】


【説明は後だ!今は―――】


そこで八雲はノワールに本体の姿に変わり、紅蓮と共に浮遊島を首都上空から結界の範囲外に無事に着陸させて欲しいことを伝える。


【―――夫の頼みだ!承知した!お前は兎に角その結界を破壊しろ!セレストの状態異常バッド・ステータスは長引くと力の弱い者なら命に関わるぞ!!】


【ということは、子供達はかなり危険という訳か……分かった!そっちも急いでくれ!!】


ノワールに話をして振り返るとブリュンヒルデも『伝心』が終わった様子だった。


「―――紅蓮様が城から大至急この浮遊島に向かわれるそうだ」


「こっちもノワールに伝えた。神龍ふたりなら安全に着地させてくれるだろう。それじゃあ俺達は―――ッ!?」


八雲は恐ろしいほどの『殺気』を背後に感じて振り返ると、そこには―――


「―――イェンリン!?」


「どうして此処に?しかもその装備は―――」


そこには紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの纏う鎧と同様の装いながら、紅の鎧各所に黄金の装飾と魔術式による補正効果が施されたイェンリン専用である完全武装の鎧姿をして宙に浮いているイェンリンがいた。


その装いを見るのはブリュンヒルデも先に起こった大戦争の時以来、凡そ百年振りだ。


「どうしたのだ?イェンリン―――」


「―――待て!ブリュンヒルデ……様子がおかしい」


八雲は近づこうとしたブリュンヒルデを制止する。


すると……静かに魔剣『業炎』を鞘から抜いたイェンリン。


そして俯いていた顔を上げたそこには―――


―――黒い炎のような紋様を顔と全身に浮かべ、


―――無表情の虚ろな瞳に八雲を写し、


―――その瞳からは血の涙が伝っている姿を現した。


「イェンリン!?まさかそれは―――呪術カースを受けたのか!!」


呪術カース?―――なんだそれは?魔術なのか?」


問い掛ける八雲にブリュンヒルデが、


「いや呪術は魔術とは根本的に違う。元素を用いて発動する魔術と違って呪術は負の感情『業』を元に発動させる。魔術耐性では防げない。あの『業炎』に掛けられた『回復阻害』も呪いの一種だが、あれは時間が経てば解ける。だが呪術師カース・マスターが直接人体に施した呪いを……他人が解呪することは……不可能に近い」


「イェンリンでも、そんなものに……マキシの仕業だよな?」


「本人かどうかは分からない……だが、少なくとも強力な呪術師カース・マスターが向こうにいることは間違いない……」


苦渋の表情を浮かべて八雲に告げたブリュンヒルデは、イェンリンの姿にかなり動揺している。


その様子を見て八雲は決断する―――


「ブリュンヒルデ。お前は紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー龍の牙ドラゴン・ファング達に合流して、あのクソ忌々しい塔を破壊してきてくれ。イェンリンの相手は―――俺がする」


その言葉にブリュンヒルデは驚き、


「―――死ぬ気か八雲殿!!今のあのイェンリンには感情がない!おそらくは魂を操作する呪術の類いに掛かっている。手加減も何もしてこないぞ!!」


「……上等だ。エレファンの時の借りを此処で返す……大丈夫だ。あれから俺もイェンリン対策をしてこなかった訳じゃない。だから行ってくれ!こうしている間にも首都は被害が拡大しているはずだ!!」


「―――クッ!」


八雲の放った声に一瞬苦しそうな表情を浮かべたブリュンヒルデだったが―――


「―――ンッ!!/////」


「エッ?―――ンンッ!?」


―――八雲の首に腕を回して抱き着いたかと思うと、その唇にキスをしていた。


「ブリュンヒルデ……」


「―――絶対に死ぬんじゃないぞ!!お前は私の……『勝利する者』の祝福を受けたのだ!!それを忘れるな!!!」


そう言ってブリュンヒルデは紅龍城の方向へと飛び立っていった。


そして―――


「……彼女を追わないってことは……やっぱり俺が目当てか?イェンリン」


だがイェンリンは何も言わない……ただ血の涙を流してそこに佇んでいた。


「なんて顔してんだよ……そうか、そんなに俺と勝負したいのか?だったら装備を纏う間くらい、もう少し待っていてくれよ」


ブレザーを脱ぎさると『収納』から黒神龍のコートを取り出して纏う八雲。


腰には同じく『収納』から取り出した黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を差す。


「予期せぬ再戦になったな……だが今度は―――負けるつもりはない!!!」


二刀を抜き去って構えた八雲と魔剣を構えるイェンリンの激突が始まろうとしていた―――



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