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第153話 蠢きだす陰謀

―――二隻の天翔船朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレス黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーが浮遊島とヴァーミリオン皇国の首都レッドの上空を何度もゆっくりと旋回して、その雄姿を国民に知らしめていた時。


「チッ!……あれは九頭竜八雲の仕業か。本当に余計なことをしてくれる」


額に二本の角を生やした青年が蒼い長髪を風に靡かせながら、首都に建つ高い塔の上で上空を旋回する二隻の天翔船を見上げていた―――


「……黒神龍の御子様は本当に予想もしないことをされる。それで?これからどうするつもりですか?」


雨避けの屋根の影に紛れて、青年と同じ塔の上にいたのは誰あろう紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第十位―――


―――『計画を壊す者』ラーズグリーズだった。


塔のふたりはその雨除け屋根の付いた先端の見張り台で、四方が見晴らせるスペースにいる。


「―――計画を変更するつもりはない。もうすぐセレストの仕掛ける準備が整うはずだ」


その言葉にラーズグリーズはニヤリと笑みを浮かべて、


「―――と、いうことはセレスト様もすでにヴァーミリオンまでお越しなのですね?」


と青年に問い掛ける。


「ああ、そうだ。もうすぐ……このヴァーミリオンは終わりだ」


「そうですか。しかしあの死神グリム・リーパーと渡り合い、負傷まで負わせるほどの九頭竜八雲とイェンリンが相手です。くれぐれもご油断なきように……」


「ああ……分かっている。死の確定したあの空間で死神の大鎌から生還するとは思ってもいなかった。しかも冥聖神が割って入ってくるとはな」


空を見上げてそう伝える青年に、ラーズグリーズは目を細めると、


「―――神の御心は地上の我らには知る術もありません。あの冥聖神の件を鑑みても計画は迅速に進めることが肝要でしょう」


「それも承知の上だ。お前は引き続き学園に潜伏して指示を待て」


青年の指示にラーズグリーズは胸に手を沿えて、


「畏まりました……マイマスター……マキシ=ヘイト」


頭を下げて一礼をしたラーズグリーズはその場から影の中へと掻き消えて去った。


「九頭竜八雲……お前の相手は炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンにしてもらう。そして俺はすべてを手に入れる。もうすぐだ!セレスト」


誰もいなくなった塔の上で、風に髪を靡かせるマキシ=ヘイトはいつまでも天翔船を睨み見上げていた……






―――華々しい『進空式』を行った翌日。


「あの……本当に私も学園に通うことになって、宜しかったのですか?」


ユリエルと同じバビロン空中学園の女子の制服を身に纏ったアルヴィトが、八雲に今日何度目かの確認をする。


「イェンリンの許可も貰ったし、学園への手配もブリュンヒルデがすべてやってくれているんだから問題無いって」


八雲も今日何度目かという説明をアルヴィトにすると、学園へと共に向かっているユリエルとブリュンヒルデは苦笑いを見せている。


「すみません!何度も同じ事を伺っていることは自覚しているのですが……」


「もう謝らなくてもいいから。それに今日はジェミオスの編入手続きも一緒だからさ」


「えへへ♪ 兄さま、私の制服姿は如何ですか?」


「超可愛い。その制服もジェミオスに着てもらえて喜んでるよ」


「そんな♪ でも、とっても嬉しいです/////」


八雲の言葉に頬を赤らめて照れるジェミオスは、真紅のブレザーとグレーを基調とした赤と黒のチェックカラーの膝上プリーツスカートにブレザーの胸元には校章があり、白のブラウスに中等部の水色の大きなリボンが映えている。


「僕の時はそんなこと言ってくれなかったのに!ジェミオス、ズルい!」


プクー!と頬を膨らませて怒っているヘミオスの頭を八雲はそっと撫でながら、


「ヘミオスも当然似合ってるよ。やっぱり双子だけあって可愛さが二倍どころか二百倍まである」


「そ、そう?ホントに?」


「嘘なんか吐かないさ。ふたりとも本当によく似合ってるよ」


「へへ♪ もう!兄ちゃん、ありがとね♪/////」


ヘミオスの可愛らしさを溢れさせた嬉しそうな笑顔を見て、ジェミオスも八雲も笑みが零れて学園への道を皆で楽しく進むのだった―――






―――学園に到着してブリュンヒルデとジェミオスは中等部の校長室へと向かって行った。


ヘミオスとコゼロークは中等部の講義室へと向かい、八雲とアルヴィトは高等部の校長室へと向かう。


手続きは終わっているのだが、校長に挨拶はしておこうということで前もって訪れる旨は校長にも伝えられていた。


ヴァレリア達はそのまま学園図書館に向かって創作の課題のヒントを探そうということで、八雲達も挨拶が終わったら図書館で合流する約束をして一旦別れる。


学園の長く広い廊下を進みながら、それでも迷うこともなく躓くこともなく進んでいるアルヴィトをチラチラと気にする八雲。


「ふふっ♪ ご心配下さいましてありがとうございます。ですが、目は見えなくとも見えていますから、どうぞご安心下さいませ」


どうやらチラチラ見て心配していたことを見透かされてしまったようで八雲は少し照れながら、それでもしっかりとした足取りで進むアルヴィトに問い掛ける。


「本当に見えているみたいだな。『全知』のスキルってそこまでハッキリと分かるものなのか?」


「そうですね……正直なところ見えているのと同じくらいに分かります。色も分かりますから」


「それは凄いな……でもスキルを解除すると何も見えないってことか」


「はい。スキルを解除すると途端に周りは暗闇になります。眠っている時は意識が途切れるのでスキルも自然に解除されています」


「真実の形が見えるというのはどういう意味だ?」


「それは私の『全知』は変化のスキルを使用している者がいたとしても、私にはその者の本当の姿と並んで見えるのです。八雲様のところにいらっしゃる地聖神の使徒のお二人も、私の『全知』では人の姿と本当の姿と並んで見えるので、大きな黄金の狐と銀色の狐の姿も見えておりました」


葵と白金の姿がそんな風に見えていたと聞いて、八雲は思わず「へぇえ~!」と感心する声を上げた。


すると校長室に辿り着いたので、ノックをすると中から返事が聴こえる。


「―――失礼します」


「失礼致します」


八雲とアルヴィトは連なって入室すると目の前ある校長の机の前まで進んだ。


「これは黒帝陛下にアルヴィト様。昨日は随分と派手なことをなさいましたなぁ~」


ルトマン校長は笑みを浮かべながら昨日の『進空式』の騒ぎを語り出す。


学園にも教師達が慌てふためき、どこかの国の敵襲かと思ったと今でこそ笑い話だが、当時の状況を想像すると八雲もバツの悪い表情になる。


「皇帝陛下からは話を聴いておるよ。アルヴィト様を編入させろ!と突然言い出した時は何事かと思ったわい」


「無理をお願いして、すみませんルトマン校長」


アルヴィトは申し訳なさそうに頭を下げると、ルトマン校長はイヤイヤと笑顔で手を顔の前で振りながら、


「皇帝陛下の無茶振りは儂が生まれた頃から日常であったのじゃろう?儂は此処の校長になってからくらいしか無茶は言われておらんから、まだマシじゃろうよ」


「どんだけ我が儘なんだアイツは……いや、俺も被害に遭っていたか」


「重ね重ねイェンリンが申し訳ございません……」


三人でそんな話をしてから教室は八雲達と同じ『特別クラス』にしたので、今出されている『創作』の課題から参加するように申し付けられてふたりは校長室を後にした。


「ルトマン校長もけっこう苦労していたんだな……主にイェンリン絡みで」


「はぁ……イェンリンはこの学園の創立者ですから、誰も反対など言えないのでしょうね」


「え?此処ってイェンリンが創立したのか?浮遊島だけ持ってきただけじゃなくて?」


「この浮遊島を持ってきたのは紅蓮様ですけどね……私達紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーも《空中浮揚《レビテーション》》で紅蓮様に並んで押すように言われましたから」


「オウ……絵面だけ思い浮かべると、落下してくる隕石を皆で押し返しているイメージが……」


「イェンリンはひとり岩の上で「紅神龍は伊達じゃない!」とか叫んでいましたけど……」


そのシーンを思い浮かべた八雲は乾いた笑いしか出てこなかった……






―――校長への挨拶も終わったので、八雲とアルヴィトは学園図書館へと向かう。


バビロン空中学園の図書館は八雲が通っていた日本の高校にある図書室とは違い、完全に別棟の建物にあった。


学園から外に出て、歩いて5分ほど行くと白い外壁に金色の装飾が成された大きな建物が見えてくる。


その建物の正面にある大きな扉には鏡が付いており、そこに学生証のカードを掲げると解錠されるという魔道具だった。


八雲とアルヴィトは自身の学生証カードを鏡に掲げると、ガチャリ!と解錠される音がして扉が開く。


そうして中に入るなり、目に飛び込んでくるのは巨大な本棚の群れと、閲覧席とテーブルが見えていた。


「あっ!八雲様!!こちらですわ☆」


「コラ!シャルロット!……図書館では静かにですわ」


八雲の姿が目に入ったシャルロットは思わず元気な声で八雲を呼んでしまい、それをヴァレリアに窘められる。


「あ……申し訳ございません、ヴァレリアお姉さま……」


図書館は他にも利用している生徒が多く、シャルロットの声に一斉に視線が集まっており、それに気づいてシャルロットもシュルシュルといった感じで身を縮こまらせて声も小さくなる。


「悪い、待たせたな。それで課題の参考になりそうな本は見つかったのか?」


八雲も周りの生徒を気にして極力小さな声で問い掛ける。


「そうですね……わたくしはこの編み物の本が気に入りましたわ。母からも教えて頂いていましたので、この編み方の見本を参考にして何か作ろうかと思っておりますわ」


ヴァレリアは複雑な編み方が記載された専門書のような本を見ている。


「わたくしもお母様から編み物を習っていたので、ヴァレリアお姉さまと同じく編み物にしようと考えていますの」


シャルロットもヴァレリアと同じような編み物の専門書を開いて何を作ろうかと選んでいた。


ふたりとも女の子らしい物を選んだようで八雲も笑みを浮かべて、


「完成したら見せてくれ。楽しみにしているから」


とふたりに告げると、「はい!」と大きな声で返事してきたことで再び周囲から突き刺さる様な視線を向けられてしまう。


改めて静かになったところで今度はユリエルに問い掛ける八雲。


「ユリエルは何にするんだ?」


「私はお祖父様から許しを得て国の医療機関でお手伝いをしていた時に、薬師の先生に習った薬の調合をしてみようかなって思ってるんだけど、回復薬でも効き目の高い薬の調合に挑戦しようかな」


「それは凄いな!ユリエルは薬の調合まで出来るのか。俺は全部自前で治してしまうからあまり有難味が分からないんだよなぁ」


「ふふっ♪ 普通の人達は八雲君みたいなスーパーマンじゃないんだから、怪我をしたり病気をしたりしたら薬で治すのが普通……でもないか。薬はこの世界では高級品の部類だから、一般の人達の間だと民間療法みたいなのがいまだに主流だから」


「―――風邪の時には首にネギを巻くとか?」


「そうそう、そんな感じの治療法が今でも多いんだよ」


「エッ!?お尻に刺すんじゃなかった!?」


近くで聴いていた雪菜の発言に周囲の生徒がギョッとした表情で此方を見ている……


「それって俺が小さい時に熱出したら俺のパンツ下ろしてやろうとしたよな?」


「そうそう!いやぁ~♪ あの時は小さかったから信じてたよ」


そう言って可愛く舌を出した雪菜だが、八雲はもう少しでネギに後ろの初めてを奪われるところだったのだ。


当時、八雲の悲鳴に気づいた母親に止めてもらえなかったら悲劇が生まれるところだった……


話しを戻して、この世界では八雲やユリエルのように『回復』の加護を持って生まれた者であれば問題ないが、それを持ち合わせていない大多数の人間が怪我や病気、魔物の毒といった脅威に晒されているのは否定出来ない。


聖法王と共にオーヴェストの全国を周ったユリエルは、そのような状況を嫌というほど見てきたのだ。


その場に自分がいれば助かる様な命も、この世界のどこかでは失われている。


だからこそ、ユリエルの目標は安価で多くの人に支給できるような薬の作り方を発見することが、この世界に生まれてきた幼い頃から思っていることだった。


しかし、八雲との邂逅で転生前の日本にいた頃の知識が目覚め、高校生の範疇とは言えども、知り得た科学的な知識を総動員して新たに有効な薬の開発に密かに燃えているのだ。


「応援するよ。それで、雪菜は何か見つかったのか?」


そこでテーブルに何冊か参考にするために本を山積みにしている雪菜にも問い掛ける。


「私?私はねぇ~『装飾品』にしようかなって思ってるよ」


「装飾品?それって指輪とかネックレスとかブレスレットみたいな?」


「うん♪ そうだよ。私が助けられたアルブム皇国って実は宝石の産地なんだよ」


「え?そうなんだ。知らなかった」


「この大陸の高価な装飾品に付いている純度の高い宝石の殆どはアルブム皇国原産だよ。アルブムは小さな領土だけど、その宝石の輸出で国の財政は安定してるんだよ」


「なるほどなぁ。それで装飾品なのか?」


「私もアルブム皇国にいた頃は白雪と白い妖精ホワイト・フェアリーの皆に色々教えてもらっていて、その中に国の重要な財源になっている宝石のことも勉強したの。装飾品はその時に見学しに行った宝石商さんのところで加工するところを見せてもらったんだ♪」


「所謂ジュエリーデザイナーってことで合ってるよな?」


「うん♪ 白い妖精ホワイト・フェアリーにもオパールっていう特に装飾品を造るのが得意な子がいてね。よく教えてもらったんだぁ♪」


八雲と再会する以前の雪菜の生活……八雲はそこまで詳しく訊いていなかったが、その話を聴いて行ってみたいと思えてきた。


「いつかアルブム皇国に行ったら、そのオパールって人も紹介してくれよ」


「おっと~!オパールはとっても美人だよ♪ そんなオパールまで手に入れたがるなんて、八雲はホントに見境がないなぁ♡」


「―――違うわ!!!」


静寂の中に盛大に弾けた八雲のツッコミは、今度こそ周りに目を付けられて周囲から口の前に一本指を立てた生徒達に―――


「シ―――ッ!!!!!」


―――と、盛大に注意が入り、それに対して全方位に向かって、


「サーセン、ほんとサーセン……」


と雪菜の冗談に対するツッコミを入れただけなのに、ペコペコ謝罪する羽目になってしまった八雲は泣きそうになるのだった……



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