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第152話 新たなる天翔船

「―――私の名はアルヴィト……『全知』と呼ばれている者であり、貴方に『神紋』を渡す役を天聖神より仰せつかっている者です」


そう言って、ニコリと可愛い笑顔で答えるアルヴィト―――


「『神紋』を渡す役割?……君は一体?」


先ほどの閃光に唖然としていた八雲は、そう聞き返すのがやっとだった。


「私は生まれた時から、いつか『神紋の主』に私が託されていた『天聖神の神紋』をお渡しすることが使命でした。そして長い長い時を待ち、ようやく貴方が現れました―――九頭竜八雲様」


しかし、そのアルヴィトの言葉を聴いて驚愕の表情を浮かべたのは、生みの親の紅蓮と義姉妹の誓いを交わしたイェンリンだ。


「―――どういうことだ、アルヴィト!?余はそんな話、今まで聞いたことがなかったぞ!!」


「アルヴィト……説明をしてくれるかしら?」


困惑するふたりにアルヴィトはゆっくりと語り始めた―――


「はい。私は紅蓮様に生み出して頂いた時から、天聖神に『神紋』を託されていることを知っていました」


アルヴィトはハッキリとそう宣言する。


「―――それはいつか私が巡り合う『神紋の主』に嫁ぎ、それをお渡しするという重要なお役目です。ですが、このことは誰にも話したことはありません。それは本当であれば私自身、『神紋』を所持していることに気づくことはないはずだったからです」


それを聴いて八雲はユリエルと目を合わせる。


「たしかに私は『神紋』にはまったく気づかずに過ごしていました。それは恐らく地聖神様のご配慮だったのではないかと思っています」


―――ユリエルの言葉に全員が静かに耳を傾けている。


「神は地上に生きるものすべてに平等な愛を与えて下さいます。そんな中で特別な『神紋』を預かる者がそのことを知ってしまったら、その重責に堪えられない人もいるかも知れない。周りにそのことを知られたらどのような扱いをなされるかも分からないのですから……」


「変に権力争いに巻き込まれてもおかしくはないだろうな。『神紋』の力は分からないが宗教的なプロパガンダに使うことも容易いだろうし、特に信仰心の強い世界なら余計だろう」


―――八雲がそう言って、アルヴィトに向き合う。


「アルヴィトはどうして自分が『神紋』を持っていることが分かったんだ?」


するとアルヴィトは、その銀の瞳を少し揺るがせて、


「―――私は目が見えません」


「エッ!?」


突然の告白に八雲達は驚いたが、紅蓮達は勿論、ノワールと龍の牙ドラゴン・ファング達は既に知っている素振りだった。


「ですが、私は『全知』というスキルを持って生まれました。そのため両目が見えずとも心の目で見ることが出来るのです。それこそ本当の姿を、真実の形を」


「真実の形……つまりその『全知』のスキルで自分自身が『神紋』を持っていることを知ったのか?」


「はい。その通りです」


両目が見えないといったアルヴィトの銀色の瞳はしっかりと八雲に向き合っていて、まるで本当に見えているかのように思えた。


「紅蓮様、イェンリン。この話を誰にもしなかったのは、皆を信じていなかったということではありません。そのような理由で話さなかったのではありません。『全知』のスキルで知ってしまった私とは違い、この世界には私の他にも『神紋』を持つ者がいるだろうこと、そしてその人はおそらく『神紋の主』に出会うまでは、そのことを知る術がないと思ったのです。だから私もこのことは主に出会うまでは他の方達同様、口にしないと決めていたのです」


「……お前の決意はよく分かった。ひとりでそのようなことを抱えていると気づいてやれず、すまなかった」


「私も生みの親でありながら情けない限りだわ。ごめんなさいアルヴィト」


イェンリンと紅蓮は素直に自分の気持ちをアルヴィトに伝えるが、アルヴィトは笑顔でそんなふたりに告げる。


「なにも気に病まれることはありません。私はこうして『神紋の主』に巡り合うことが出来ました」


「―――ということはアルヴィトよ。お前は八雲に嫁ぎたいということなのか?」


イェンリンがアルヴィトの気持ちを確かめようと問い掛けると、その傍でブリュンヒルデが焦ったような顔色に変わる。


「はい。八雲様にこの『神紋』をお渡し出来ればと。ただそれだけなのです」


だが、その返事にイェンリンは表情を曇らせていく。


「―――ダメだ。アルヴィトは嫁にはやらん」


そう言ってイェンリンはキッパリとアルヴィトの意志を断ち斬った。


「何故です!?―――こうして『神紋の主』にようやく巡り会えたというのに、イェンリンに何故そのような決定をされなければいけないのですか?」


イェンリンにキッパリと意志を否定されたアルヴィトは少し声が上ずり気味になり逆に問い掛ける。


「余が、というよりも―――八雲!お前はどう思っているのだ?」


イェンリンに指名された八雲は、


「うん―――今のままだったら受け入れられないかな」


と、言葉を返す。


その八雲の言葉にショックを受けたのは、他ならぬアルヴィトだった。


「そ、それは……私が盲目だからですか?」


俯きながらアルヴィトが吐露した言葉に八雲、イェンリンから一気に『威圧』が迸る。


勿論、周囲の耐性のない者は『威圧』の標的から外しているが―――


「馬鹿にするなよ?アルヴィト……俺がそんな理由で人との関係を決めるとでも思っているのか?」


「もしも八雲がそんな理由でアルヴィトを拒むというのなら、余が直々に介錯しよう……」


そんなふたりの『威圧』に思わず気圧されてしまったアルヴィトは言葉が出ずに頬を汗が伝う。


するとほぼ同時にふたりの『威圧』は掻き消えていった……


「―――俺がまだ受け入れられないと言ったのは、君のことをなにも知らないからだ。お互いのことを知らないのに俺の元に嫁ぐなんてことはさせられないし、家族であるイェンリン達にも失礼だと思う」


八雲の言葉にアルヴィトは、ハッと我に返り、


「申し訳ございません!八雲様……私はこの『全知』のスキルに頼ってしまい、そして待ちに待った『神紋の主』と出会えたことに、つい舞い上がっていました。人の想いに配慮する気持ちが薄れてしまっていたようです。お許し下さい」


と八雲に向かって、その場で膝をついて頭を下げた。


「アルヴィトよ。八雲は余も認めた男だ。だが、先ほどのお前の言葉は本当の八雲を見て言っているとは思えなかった。今此処から八雲のことをよく見てみるがいい。それからお前の気持ちを決めよ」


「ありがとうイェンリン……分かりました。その言葉決して忘れません。八雲様、どうかお傍にいることをお許し下さいませんか?決してお邪魔は致しません」


「そうか。分かってくれたならそれでいい。ユリエル!」


「―――は、はい?!なに、八雲君?」


「ふたりとも『神紋』の所持者って共通点もあるし、アルヴィトのこと、此処での生活とか力になってくれないか?」


「あ、うん!勿論、喜んでお受けします。よろしくね、アルヴィトさん」


「ありがとうございますユリエル様」


「―――様はいらないですよ♪ ユリエルでかまいません」


「分かりました、ユリエル。では私のこともアルヴィトと呼んでください」


こうして八雲はアルヴィトを屋敷に住まわせることになったのだが、その様子を聞いていて焦った顔のままのブリュンヒルデ。


その傍に行ってイェンリンがそっと他の者達に聞こえないように、


「……お前も一緒に住みたいと言ってもいいんだぞ?ブリュンヒルデ」


と、囁くと、ブリュンヒルデは一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めてしまい、


「そう言って私を遠ざけようとしても無駄だからな!イェンリン!!/////」


と、怒鳴りながら言い返すのだった―――






―――天聖神の奇跡についてとアルヴィトについて話が纏まったところで、


八雲達は予定通り『進空式』を執り行おうと、屋敷の中に造った秘密の扉の前に向かう。


ロの字型の吹き抜けの広い中庭がある屋敷の奥に黒い扉のついた部屋を造った八雲。


「―――この部屋は扉から内壁まで全部、黒神龍の鱗で出来ているから、破壊して侵入することは不可能だ」


そう言って鍵を取り出して壁に付いた黒い箱を開き、その中にある鍵穴に取り出した鍵を差し込み、鍵をクルリと回すと同時に扉が左右にスライドされて開く。


そんな扉の動作に驚くイェンリン達を引き連れて中に入ると、部屋の中は白い壁に覆われている。


そしてその部屋の奥には横幅五mほどの階段が地下に向かって伸びていて、皆でそこを降りると今度は真っ直ぐな廊下が続く。


壁にはLEDライトのように明るい青白い光を湛えた鉱石がチューブのような摺りガラス容器に入って並び、白い壁の廊下を明るく照らしている。


まさに日本の特撮にでも出てくる秘密基地の通路の様な廊下を八雲に付き従って歩く者達は、未知の領域に飛び込んだ心境だった。


暫くして―――


大きな扉に行きつき、横のボタンを押して扉が開くと全員が乗り込めるような大きなエレベーターだった。


「―――魔術昇降機?!いつの間に!?これも造っていたなんて!」


魔法省の統括であるゴンドゥルは八雲のエレベーターを驚愕の表情で見ていた。


そうして目的地となる上部まで昇り到着するとエレベーターの扉が開く―――


「オオオ―――ッ!?此処は……」


―――降り立った場所でイェンリンを始め誰しもが感嘆の声を上げる。


そこには―――


―――八雲の『空間船渠ドック』を彷彿とさせるクレーンの数々。


―――幾重にも重なったデッキに階段。


―――その船渠ドックの中で今も走り回っているドワーフ達。


そしてその船渠ドックに静かに停泊しているのは―――紅の天翔船だった。


「これが、余の天翔船か……」


その巨大で堂々と鎮座している真紅の船にイェンリンも感動を隠せない様子だ。


「さあ!―――早速中に乗り込もうぜ!」


八雲の掛け声を聞いて、皆は搭乗用に用意されたデッキへと向かうのだった―――






―――内部の広い通路を通って、漸く艦橋部へと辿り着くとドアを開き、中に入るとそこには長い紅の髪を後ろに纏め、肌は透き通るように白く、海のように蒼い瞳をした女性がいた。


「ようこそ。私はこの朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスの頭脳とも言える存在、マスター・九頭竜八雲様に生み出されました自動人形オートマタ―――名前をアテネと申します。以後、お見知りおきを」


「八雲が……生み出した……だと?―――おい八雲!お前いつ、こんな大きな娘を生んだのだ!!!」


「うわぁ……そのセリフもデジャヴだわ」


イェンリンの怒号に八雲はかつてのノワールを思い起こしていた……


―――額部分に『龍紋』が象られた八雲の世界の軍帽を被り、装いは紅い軍服風の上着に、下はグレーに紅い線のチェック柄をしたプリーツスカート、上着には八雲やノワール達と同じ金刺繍が入った紅いコートを羽織っている女性将校風の恰好をしているアテネはディオネと色違いの双子のような姿をしていた。


「アテネは黒翼シュヴァルツ・フリューゲルのディオネ同様、俺が『創造』した自動人形オートマタで、この船のことを隅から隅まで知っている。操船から内部構造まで、船で困ったことがあればアテネに訊いてくれ」


「おお、船長みたいなものか」


イェンリンの言葉に、カッと瞳を見開いたアテネは―――


「―――艦長だ!間違えないで頂きたい!!」


「お、おお、そうか。艦長……」


―――その剣幕はイェンリンも思わず言い直すほどの勢いだった。


「さてと、それじゃあ出航しようじゃないか!アテネ、正面ゲート開放!!」


「了解―――正面ゲートOPEN。魔術付与重力制御部、連動」


アテネの言葉に正面の巨大な扉が左右に開き始める―――


―――開かれていくゲートにより隙間から見える青空が広がっていく。


艦橋の窓から見えるその情景にイェンリンも紅蓮も紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達も感嘆の息を漏らす。


それはノワールとヴァレリア達も一緒で、連れて来たチビッ子四人はキャッキャ♪ と喜んでいた。


するといつの間にか朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスの甲板にはフロックの配下であるドワーフ達の楽団が楽器を用意して着席しており、そして演奏の準備が整った。


ブンッ!と振り下ろされた指揮棒と同時に―――




―――バァ~ン♪ バァ~ン♪


―――ドォーン!ドォーン!


―――パッパラ~♪ パラパラ♪


―――ジャ~ン♪ ジャ~ジャン♪




―――『進空式』のためのオーケストラが行進曲を奏でる中、




「さあ、それでは!この船のオーナーである炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン陛下、出港の号令を!」




胸に右手を沿えて仰々しく頭を下げる八雲の姿を見て、イェンリンは笑顔を浮かべながら―――




「うむ―――朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレス出航!!」




―――船出の号令を轟かせた。




「魔術付与推進部に魔力装填―――両舷、微速前進」


号令を聴いたアテネの操船で船渠ドックから少しずつ前進する朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレス


全開放されたゲートから徐々に船の先端が世界に姿を現す―――






―――その頃、浮遊島の街では、


「おい!―――あれはなんだ!?」


「山が裂けたところから何か出てくるぞ!!」


といった具合に八雲の屋敷の裏にある山の斜面が左右に開き、そこから真紅の天翔船が出現したことに軽くパニックに陥っていた―――






―――そして、


その真紅の天翔船朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスは―――


―――澄みきった大空にその雄姿を躍らせていた。


全長330m、全幅170m、全高130mの巨体が浮遊島の山から飛び立ち、街の上をゆっくりと旋回する。


「やった……とうとう飛んだ……」


艦橋に上がってきたフロックと配下のドワーフ達が涙目になって窓の外を見つめる。


その姿を見て八雲は一緒に建造した仲間達の様子に胸が熱くなった。


しかし―――


そこで少し不満気なオーラを出しているノワールに気がついた八雲は、


「どうしたノワール?なにか気になるところでもあるのか?」


と問い掛けると、ノワールは八雲をジト目で睨みながら、


「こっちの方がなんだかカッコイイ気がする……ウウッ!」


そう言って頬をリスのようにプクッと膨らませていた。


どうやら黒翼シュヴァルツ・フリューゲルよりも色々と手を加えた朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスの出来栄えが羨ましくなったのだ。


言い方は悪いがまるで新しいおもちゃを買ってもらった隣の子供を羨むように見えて、八雲はクスリと笑みが零れる。


だが―――


―――そこは抜け目のない八雲である。


「フッフッフッ!ノワールさん!そんなこともあろうかと!!―――ディオネ、出航だ!」


八雲の掛け声に先ほど開いたゲートの上部がさらにもう一段、左右に展開を始めた。


以前、八雲が言った通り秘密基地のように山の斜面が隔壁ゲートになっていて左右に開き、その中から八雲の漆黒の天翔船が出航する。


しかし―――


「オオオ―――ッ!?あ、あれは!?」


「あれこそ黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの新たな姿!改二改装したその名も―――黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーだ!」


「改装!?黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーだと!!!」


改装によりその姿を大きく変えた天翔船を目にして全員が驚愕の表情を浮かべているのを見て八雲は、


「ああ―――その顔が見たかった!」


ハッキリと声を大にしてドヤ顔をしながら叫んだのだった―――



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