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第151話 神紋の少女

―――夕食時になって食堂に使っている大きな広間に設置されている長いテーブルの上に次々と料理が並ぶ。


そこにヴァレリア達に連れて来られたアマリアを見て、


「なぜ、此処にいる?」


と呟くイェンリンに、


「いや、お前がなんでいるんだよ?」


とイェンリンにツッコミを入れる八雲……


「お前は余に隠れていつも面白いことに巻き込まれているからな!だからこうして近くにいてやることにしたのだ」


ドヤ顔でそう告げるイェンリンに八雲は、


「―――迷惑です。通報しますよ?」


と冷たい声で返す。


「つうほお?なんだそれは?面白いのか?」


「クッ!―――解る人が限定されるネタだった!」


「―――そもそも通報しても皇帝相手に誰が逮捕しに来るの?」


傍で聞いていて正論で返す雪菜にジト目を向ける八雲だったが、


「そろそろ私も喋っていいか?炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン陛下。お久しぶりです」


焦れながら待っていたアマリアが背筋を伸ばした凛とした態度でイェンリンに挨拶を告げると、


「ほう?ちゃんと挨拶という人間の言葉を覚えたかレオンの娘よ。今日は余に掴み掛かって来んのか?」


などと、とんでもない言葉を混ぜて悪戯っぽく返す。


「―――ご勘弁を。あの時は本当に広い世界を知らぬ愚か者でした。陛下にボコボコにされて世の中には自分よりも強者がいることを知ることが出来ました」


「ボコボコって……よく生きていたな」


アマリアの言葉に八雲がドン引きの表情でツッコミを入れる。


「―――こ奴の父親もまったく同じことをやってきたからな。間違いなく親子だという証明を余に示したということだ。しかし……レオンはお前を八雲に会わせることに反対の態度を取っていたように見えたが?」


イェンリンが言っているのはエレファンに立ち寄った際のレオンの態度を示した言葉だ。


「ああ、そのことは親父の手紙にも書いてあったよ。黒帝には近づくな!て何度も何度も書いてあった」


「んん?ならば何故、八雲の傍にいるのだ?」


書いている事と真逆の展開になっている今を見て、イェンリンは問い掛けた。


「そんなの……会うな!と何度も言われたら、絶対会ってやろうと思うだろう!!」


「はぁ?多感な時期の反抗期かよ!」


呆れ気味に訊き返す八雲とは別に、


「―――分かる!!」


とイェンリンが力強く頷く。


「いや、分かるのかよ!?」


「なんだ?八雲、お前はやっちゃダメだと言われたら、よし!ならばやってやろう!という気持ちにはならんのか?」


「なんだよ!その崖の上で押すな!押すなよ!絶対にぃ~押すなよ!って言ってる人の背中押すようなことしたいのかよ!!」


「―――いやそれはダメだろう?いくら余でも、そのような非情なことはせんぞ?」


「なんだ?九頭竜八雲は非道な男なのか?私でもそんな卑怯な真似しないぞ!」


「あれ?なんでこれ俺が悪いみたいな流れになってるの?」


アマリアとイェンリンのジト目により、八雲が悪者扱いされている流れに納得がいかない。


「でも待てよ?アマリアは学園で会った時、俺の婚約者とか大声で言ってたけどレオンの手紙には俺に会うなって書いてあったんだろ?それがどうして婚約者なんて話になったんだ?」


そこでふと浮かんだ疑問をアマリアにぶつける。


「うん?ああ、それは兄貴の手紙に黒帝陛下は素晴らしい御方の上に凄まじい強さを持った御方だから、私を是非に婚約者として会わせたい、みたいなこと書いてあったから」


「エミリオ……親子揃って見事なダブルスタンダード……」


会うなと言ってきたレオン、婚約者になれと言ってきたエミリオ―――


ひとつの国の先代と当代の国王がまったく逆のベクトルでアマリアに手紙を送っていたことに、そしてその国というのは己自身が皇帝をしている共和国の一国だということに八雲は頭を抱える。


「はぁ……それで?結局のところアマリアは一体どうしたいんだ?」


そこで一番なにを考えているのか分からないアマリアの考えを訊くことにした。


「そんなの決まっているだろう!私よりあんたが強いかどうか、大事なのはそれだけさ!」


「なにその脳筋宣言……つまり、俺が勝てば俺の婚約者になって、俺が負ければその話しは無しってことか?」


「いや、私が勝てば―――皇帝位を譲ってもらう」


「……へっ?」


「いや、だから私が勝てば―――皇帝位を譲ってもらう!!!」


「いや聞こえてなかった訳じゃないから大声出すな!けど、皇帝位?お前そんなモノが欲しいのか?」


するとアマリアはムッとした表情になり、


「皇帝だぞ!国で一番強いんだぞ!!なりたいに決まっているだろう!!!」


「―――分かる!!」


そこでまたイェンリンが力強く頷く。


「いやイェンリンは一々同意しなくていいから……別に皇帝が一番強いって訳じゃないだろう?」


「何を言っているんだ?一番強い者が王者になるのは当たり前のこの世の掟だろう?」


アマリアがそう返すと、そこでアリエスがそっと近づき八雲の耳元に囁く。


「……八雲様、アマリア様の母国エレファンは獣王国の頃より王座は最強の者が奪い合うことになっております」


「―――え?でもエミリオは?息子がそのまま王になっただろ?」


その掟だとレオンの息子のエミリオがそのまま王位を継いだことは筋が通らない。


「レオン王の後釜となると八雲様の報復対象になる可能性が高かったので、誰もなりたがらなかったそうです」


そこで明かされる裏の真実に八雲は愕然とした。


「オウゥ……確かに『災禍戦役』の後だと俺になにをされるか分からない、と思っていた奴も多いだろうしな……」


そこにアマリアが割って入る。


「今は逆に黒帝陛下と平和的な関係の架け橋になって、国に水田まで作ってもらって他の貴族の奴等も兄貴を尊敬の眼差しで見てるそうだよ」


「なるほどなぁ……よし、飯食うぞ」


「あ!勝負を誤魔化した!!」


「お前は人が一生懸命作ってくれた食事を無駄にするつもりか?そんな礼儀知らず、勝負する価値もない」


「う!?たしかに……ゴメン、頂きます」


「―――よろしい」


本当に根は素直な子だなぁ~と思う反面、こんな単純な子が皇帝になったらその国は存亡の危機では?とも思っている八雲にイェンリンが話し掛ける。


「そうだ!―――八雲よ。明日から暫く、余のために時間を空けておくがよい」


「は?なんのために?」


突然そんなことを言い出したイェンリンに八雲は嫌な予感しかしない……


「勿論―――デートに決まっておろう♪」


「―――殺す気かぁああ!!!!!」


「うわっ!?ビックリしたぁ!!―――急に大声出すなよ!大体、陛下からデートに誘われているのに、どうして「殺す気かぁあ!」なんだよ?」


八雲の叫び声に驚いたアマリアが、訝しげな表情で問い掛ける。


「あ、いや、すまん……昔のトラウマがちょっとな……」


「デートがトラウマって……お前、よっぽど女運が悪かったんだな……」


同情と憐れみが込められた視線をアマリアから受ける八雲は答える。


「ああ、それはもう性悪の女に引っ掛かったんだ……」


「ほう?それは……エレファンでデートに誘ってくれた超絶美少女のことかな?キャハッ☆―――ねぇ♪ 八雲君♡」


バチコン☆とわざとらしいウィンクを返すイェンリン……


「人の古傷抉るんじゃねぇよ……」


「なんだかよく分からんが、お前も色々大変だったんだな……」


アマリアはなにをどう考えたのか、八雲に只々同情の視線を送り続けている。


「やめて……なんか絶対勘違いしてるし」


段々その視線も痛くなってきた八雲にイェンリンは話を続ける。


「お前、余がこの土地を譲る際に交わした約束をもう忘れたのではないだろうな?」


「え?もしかして明日って、その話しなのか?」


「ああ、お前の尻を蹴り上げてでも作業をさせようと、政務をこなしまくって片付けてきたのだからな!!」


「オウゥ……なんかすまん。でも安心しろ!そのことならかなり進めてる」


「なに!?本当か?嘘じゃないだろうな?」


八雲の返事にイェンリンの瞳がキラキラ☆と輝くのを見て、八雲の顔が引き攣った。


「疑り深いな……最近フロックの姿を見た覚えはあるか?」


そう言われると八雲の言う通りイェンリンは最近フロックを見ていなかった。


「まさか作業を手伝っているのか?」


「ああ。俺と同じく神龍の鱗を加工する能力を持っているからな。黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの時よりも断然作業が早いよ」


事実、八雲の『創造』の加護には劣るものの、フロックの『加工』の加護はかなりのもので、紅神龍の鱗の加工を容易く行える能力を持っていた。


「そうか!それは楽しみだなぁ♪ 明日その作業を見に行ってもよいだろう?」


「ええ?造る途中で見ちゃうのか?どうせなら出来上がったあと見た方が嬉しくない?」


「ううぅ……確かに……それで?余の天翔船はいつ出来上がるのだ?」


「明日」


「―――明日だと!?」


ビックリしたイェンリンの顔を見て八雲は、「ああ、その顔が見たかった」と、満足感を得ながら心の中でガッツポーズをしていた。


「おい、心の声が駄々洩れだぞ?」


「あっれぇ?思わず声に出ちまったか……という訳で、明日は進水式ならぬ進空式するから、イェンリンも紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達に集合でも掛けといてくれよ」


「―――承知した!……フフフッ♪ ついに余の自由の翼が手に入るぞ」


「―――ほう?それで自由を手に入れてどうするつもりだ?」


「知れたこと!政務を放り出して余の気の向くままに空を飛んで……って、ブリュンヒルデ!?」


途中からイェンリンに質問をしていたブリュンヒルデに正直な考えを吐露したイェンリンは、


「―――さらば!!!」


そう言って神速の『身体加速』で、その場から掻き消えるようにして屋敷から姿を消す。


「―――逃がすか!!!」


更に自分も神速の『身体加速』ですぐにイェンリンを追いかけるブリュンヒルデもその場から姿を掻き消した。


神速と言っていい速度に至っているふたりの姿は常人では捉えられないだろう……


「さぁ、食事♪ 食事♪」


何事もなかったかのようにして食事の続きを始める八雲。


「お前……本当に肝が据わってるな……」


そんな八雲にアマリアは呆れながらも何故だろうか、親しみと笑みが沸き上がってくるのだった―――






―――翌日。


約束通りイェンリンは紅蓮と紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーを揃えて八雲の屋敷へとやって来ていた。


天翔船の進水式ならぬ進空式に立ち会う者達が集い、その船出を祝福するかのように蒼天の空が広がっていた。


丁度その時エヴリンを送っていったサジテールにスコーピオ、そしてジェミオスもキャンピング馬車に乗って八雲の屋敷に到着したところだった。


「ただいま戻ったぞ。八雲様/////」


「お帰りサジテール。なんだ?久しぶりに再会して照れてるのか?」


「―――て、照れてなどいない!」


「無事に任務は完了した、御子」


「お帰りスコーピオ。お疲れ様」


「―――兄さま♪ 戻りました♡」


「お帰りジェミオス。久しぶりに顔が見られて嬉しいよ」


「えへへ♪」


そう笑ってじゃれついてくるジェミオスの頭を撫でている八雲にイェンリンが近づいてくる。


「サジテールか。久しいな。レオパール魔導国に向かって要人警護をしていったと聞いていたが、終わったのか?」


「―――イェンリンか。相変わらず見た目だけは若いな。八雲様には手を出していないだろうな?」


「ほう?あのサジテールが八雲を様づけで呼んでいるのか!お前もどうやら変わったようだな♪」


「―――ふたりは昔からの知り合いなのか?」


八雲がふたりの様子を見て疑問に思ったことを問い掛ける。


「ああ、コイツとは長い付き合いだ。それこそ余が紅神龍の御子になった頃からな」


「俺はノワール様が此方に外遊で来られた際に警護でついてきたことが何度もあっただけだ。ノワール様は長い時は数年単位で此方に来ていらっしゃったからな」


そこにノワールが黒いロングヘアーを靡かせて現れる。


「―――戻ったか!お前達、此処が八雲のヴァーミリオンでの拠点だ。サジテールはこの屋敷の警護全般をスコーピオと共に任せる。ジェミオスはヘミオスと合流して学園に通ってもらおう」


「畏まりました、ノワール様」


「新たな任務、承知した」


「学校に通えるのですね!ヘミオスが無茶してなければいいのですが……」


そんな風に他の者とも挨拶をするサジテール達とは別に、


「八雲よ。紹介がまだだった余の義姉妹達を紹介しよう。こちらからヒルド、ランドグリーズ、アルヴィトだ」


「初めまして黒神龍の御子殿。私はヒルド。『先駆者』と呼ばれているわ。主に情報活動が任務だけど、君には何度も護衛や監視がお世話になったね」


セミロングの金髪を軽く託し上げて褐色の肌をした戦乙女ヴァルキリー、ヒルドが笑顔で挨拶する。


「―――九頭竜八雲だ。改めて挨拶もいらないほど俺の事を知っているとは思うけど、よろしく」


次にピンクの長い巻き髪をした美少女が青い瞳を笑顔と共に八雲へ向けてカーテシーをする。


「ランドグリーズと申しますわ。通り名は『盾を壊す者』ですわ。どうぞお見知りおきを」


「ご丁寧に、こちらこそよろしく」


「そして最後にこの子が―――」


「―――アルヴィトです」


そう言って八雲と目を合わせた瞬間、またあのときのように眩い光が八雲とアルヴィトを包み込む―――


「な、なんだ!?」


―――眩い光を腕で遮ってイェンリンが叫ぶ。


「こ、これは!!ユリエルの時と同じ―――」


「今度はどの神の意志だ!?」


ノワールが八雲に近づこうとして光に阻まれ、だがその神の残滓は確かに感じ取っていた。


それは一緒にいた紅蓮も同じで―――


「……天聖神」


―――そう口から呟いていた。


眩い閃光はやがて収まりを見せ始めて、光の中心にいた八雲とアルヴィトは眩しさに閉じていた瞳を開くと、八雲の瞳には小柄な体格の美少女―――白い髪のセミロングを後ろに纏め、白い肌に紅い瞳をしたアルヴィトを見つめる。


「君は……『神紋』を持っているのか?」


思わずそう問い掛けた八雲にアルヴィトはそっと笑みを浮かべて、


「はい。私の名はアルヴィト……『全知』と呼ばれている者であり、貴方に『神紋』を渡す役を天聖神より仰せつかっている者です」


そう、ニコリと可愛い笑顔で答えたのだった―――



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