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第156話 広がる戦火

―――繰り広げられるヴァーミリオン皇国の首都レッド攻防戦。


八雲の『伝心』を受けて学園の授業中から飛び出したクレーブスは他の教師に生徒の誘導、避難の指示を出してから浮遊島を空中浮揚レビテーションで飛び立ち、『収納』から龍の牙ドラゴン・ファングの黒いコートを上から纏うと、腰に黒細剣=飛影を携えて北に向かった―――


浮遊島の落下についてはノワールと紅蓮が向かっていたので、現在の浮遊島の位置から一番近い位置にある北の爪型塔に向かうと暫く飛行して降り立ち、塔の袂に到着する。


「さて、この塔を構築するということは付近に必ず蒼天の精霊シエル・エスプリがいるはず……」


そう呟き周囲を警戒していると―――


「―――私の相手は龍の牙ドラゴン・ファング序列三位クレーブスですか。お久しぶりですね」


―――そこに現れた人影の声が響く。


蒼天の精霊シエル・エスプリフィフスのイマジンですか……ええ、お久しぶりです」


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏った、蒼いセミロングの髪に金色の瞳、左目の下には泣き黒子のある美少女がいた。


見た目はジェミオス達と変わらないくらいの姿をしている可愛らしい美少女が無表情のまま、腰に細剣を佩びてクレーブスに接近する。


そこでクレーブスが先に口を開いた―――


「イマジン、一度だけ言います―――降伏なさい。こんなことをしてタダで済むとは貴女達も思っていないでしょう?最悪はこのフロンテ大陸すべてを巻き込む戦乱の時代を呼ぶことになります。今ならまだ間に合います。大人しく投降してこの塔を消滅させなさい」


―――そう言ってイマジンをジッと見つめる。


その視線を何事もないように流すイマジンは―――


「言いたいことはそれだけですか?申し訳ありませんが貴女の申し出を受けることは出来ません。フロンテ大陸が戦乱になる?そうなるのであればそれでいいでしょう。私達はただ主であるセレスト様の意志に従うのみです」


―――溜め息を吐くように静かに告げる彼女に、クレーブスは飛影を鞘から抜く。


「見解の相違……いや主を頂く者であれば、正しいことを言っているのかも知れません。お互いの意見が平行線になるのであれば……」


「―――で、あれば?」


クレーブスが抜いた飛影の切先をイマジンに向けて構え、


「力尽くで相手の意志を破壊し、己の意志を貫くのみ!!!」


飛影を握る手に力を込めたのだった―――






―――クレーブスとイマジンの戦闘が開始された頃、


「まさか此処にいたのが貴女とは、驚いたわ……レクイエム」


フレイアと『伝心』で自分が向かう塔を決めたブリュンヒルデは西の爪型塔へと向かった。


「久しぶりね、ブリュンヒルデ。紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第二位が私のところに来てくれるなんて、『勝利する者』に『安息』を与えられるのは私だけという運命かしら」


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏った銀髪のストレートロングに蒼い瞳、見た目はブリュンヒルデよりも年上に見えるレクイエムは、その手に柄の部分が長く穂先に刃が付いているスピアを携えていた。


「此処を護っているのは蒼天の精霊シエル・エスプリのサード……『安息』のレクイエムでしたか」


「ふふっ♪ 貴女が此処に来た目的は、この塔の破壊……ということで間違いないかしら?」


真っ直ぐに背筋を伸ばしてブリュンヒルデに問い掛けるレクイエムに対して、フロックの打った紅神龍の鱗を鍛えた剣を鞘から抜き、両手で構える。


「どうやら、話し合いは無しって感じなのかしら?」


「これほどのことをやっておいて、話し合う気があったのですか?ただの時間稼ぎをされるだけなら、そんな話し合いなど無駄というもの」


「ふふっ……さすがは『勝利する者』ね。だからこそ貴女には―――ここで『安息』を与えてあげる!!!」


スピアを両手で構えた途端、『身体加速』でブリュンヒルデに向かって飛び込むレクイエム―――


「ハアアア―――ッ!!!」


―――レクイエムのスピードに劣らぬ速さでブリュンヒルデも『身体加速』を発動して迎え撃つ。


ブリュンヒルデの剣とレクイエムのスピアが激突して、周囲にその衝撃波が振り撒かれていった―――






―――そんな時、


東の塔ではすでに戦闘が開始されていた。


「オラアアアア―――ッ!!!」


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第八位、『槍を持ち進む者』のゲイラホズが、手に持った槍をある人物に向けて突進していく。


「クッ!!!―――貴女は本当に戦の礼儀も作法もなっていませんね!」


ゲイラホズの矢襖のような槍の連突きを必死の形相で両手のロングソードで受け捌く美女―――


「どうした?ウェンス、蒼天の精霊シエル・エスプリのフォースを張っているお前の実力はこの程度か?」


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏った、金髪巻き毛の赤い瞳をした美女が両手のロングソードを構え直している。


「うるさいですわよ!まだわたくしの実力はこんなものではありませんわ!大体、戦闘を始める前に名乗りとか戦う意志表明とか礼儀は、貴女にはありませんの?」


ウェンスにそう指摘されたゲイラホズだったが学園から直接ここまで飛んできたので、鎧などの装備も纏うことなく、いまは学園にいたときのまま赤いブラウスに黒のパンツ姿で、足元には赤いヒールを履いているため身長が高く見えてモデルのような容姿でこの戦場に来ていた。


「はぁ?―――礼儀?作法?お前は何を言っているんだ?『戦場に立つ』、『敵がいる』、『槍で貫く』、これ以外に何がいるっていうんだ?」


「貴女それでも戦乙女ヴァルキリーですの!?そんなことだからこうして首都を攻められることになるのですわ!」


すると次の瞬間、ゲイラホズの槍の穂先がウェンスの顔を狙って突きが繰り出され、それをウェンスは間一髪でロングソードを繰り出し軌道を修正させ、なんとか顔に穴が空くのを回避した。


「クッ!人が話している時にまた!!」


ギリギリと槍に込められた力で押さえつけられるウェンスに、ゲイラホズの冷たい氷のような視線が向けられる。


「うるさいぞ……黙って死ね」


今にも凍えそうな静かな、そして冷たい言葉がウェンスの耳に届くと流石に彼女も喋っている場合ではないと再認識した。


「分かりましたわ……蒼天の精霊シエル・エスプリのフォース、ウェンス。これより全力をもって―――推して参ります!!!」




目の前で十字に構えたロングソードに祈る様にして、次の瞬間にはウェンスの姿は掻き消え、ロングソードがゲイラホズの頭上に振り下ろされていた―――


―――そのロングソードを両手で槍を持ち上段の攻撃に向けて横に柄を突き出すことで受け止めるゲイラホズ。


するとすぐにそのロングソードを引くと同時に身体を回転させ、横薙ぎにもう一本のロングソードをゲイラホズの脇腹目掛けて振り抜くウェンス―――




「フンッ!!」




その二段攻撃にゲイラホズは何を思ったのか足に履いているヒールの踵でそのロングソードを蹴り返した―――




「―――嘘ぉ!?」




―――自慢のロングソードが、たかがハイヒールに蹴り返されるなど予想もしていなかったウェンスは素直に驚愕の表情を見せる。




「貴女!なにか、その靴に仕込んでいますわね!?」


剣を跳ね返すハイヒールなど存在自体が許せないといった風に憤慨するウェンスだったが―――


「あ?紅蓮様の鱗で造ったこの靴になんか文句でもあんのか?」


―――と、まるで親の仇でも見るような目で睨むゲイラホズ。


「は?紅神龍様の……鱗ですって?―――貴女!主の分身である鱗で何を造っているのですかぁ!!!」


崇拝すべき神龍の鱗をハイヒールに加工しているゲイラホズに怒り心頭のウェンスだったが、


「イェンリンがフロックに造らせて皆に配っていた。紅蓮様も喜んでいたぞ?なんの問題がある?」


ゲイラホズが訝しんだ表情でそう切り返すと、ウェンスの肩の力が抜けた……


「そちらの皆様は仲がよろしいのですわね……」


そう呟くウェンスにゲイラホズは大昔、蒼神龍とその配下である蒼天の精霊シエル・エスプリ達と交流があった時代のことを思い返してみる……


その頃はこのような争いもなく、恨みもなく、ただお互いの配下の自慢や力比べをしたり、酒を酌み交わしたり、これからのことなど皆が同じ種族であり仲間のように思っていた。


それが今では一国の首都を包囲して攻撃を仕掛けてくるような相手になってしまった。


どこで間違えたのか、誰が間違えたのか、正しい選択は何だったのか―――考えることが苦手な自分には到底答えなど見出せないだろうとゲイラホズは思っている。


―――だが、




『戦場にて目の前の敵は槍で貫く』




―――己の中の信念だけは揺るがない。


蒼天の精霊シエル・エスプリが敵だというなら、ゲイラホズの槍はその敵をすべて貫き、紅蓮と姉妹達に勝利を捧げることが己のすべきことだ。


その意志を胸にゲイラホズは槍をウェンスに向け、突撃するのだった―――






―――すでに首都レッドは周囲八方に構築された爪型塔の攻防戦が展開され始めている。


現在の戦闘状況は―――




南の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第一位

フレイア

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリセカンド

サジェッサ




北の塔では―――


龍の牙ドラゴン・ファング序列03位

クレーブス

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリフィフス

イマジン




西の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第ニ位

ブリュンヒルデ

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリサード

レクイエム




東の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第八位

ゲイラホズ

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリフォース

ウェンス




首都中央の空中では―――


黒神龍の御子

九頭竜八雲

V.S.

紅神龍の御子

炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン




浮遊島では―――


黒神龍

ノワール=ミッドナイト・ドラゴン

紅神龍

紅蓮=クリムゾン・ドラゴン

V.S.

蒼神龍

セレスト=ブルースカイ・ドラゴン




それぞれの戦場でそれぞれの戦いが繰り広げられている中、浮遊島ではヴァレリア、シャルロット、ユリエル、雪菜達がこの騒動に対して自分も何か動かなければと皆で行動を始める。


八雲の妻である自分達が、いつまでも八雲に頼ってばかりではいけないと誰が口にしたわけではなく、その想いを胸に秘めて図書室を飛び出し、学園内で出来ることはないかと走っていると―――


「キャアアアア―――ッ!!!!」


廊下で女子生徒の叫び声が木霊して、その声に恐怖で身が竦んだが皆で頷きあってその場に向かう。


そこで見たものは―――


「キャアア!!!」


―――血溜まりの中に沈んでいるルトマン校長の姿だった。


シャルロットの上げた悲鳴でビクリと全員が固まってしまったが、雪菜がすぐに正気に戻ってルトマンに近づくと―――まだ息がある。


「ユリエル!まだ息があるよ!!」


その声にユリエルがすぐに自身の『回復』の加護を発動してルトマンを回復の光で包み込む。


葵御前に白金も加わって教えを受けているユリエルの『回復』の加護は以前に比べて驚異的に成長を遂げていて、回復力だけなら八雲にも引けを取らない力になっていた。


絶命寸前だったルトマンの傷も瞬きをする間に治癒させてしまったことがその成長の証明とも言える。


「これでもう大丈夫だと思うけど、これは一体誰が……」


危機を脱したルトマンに一安心したユリエルが見たものは、ルトマンの身体に巻かれている包帯のことだった。


「誰かが先に見つけて、とりあえず応急処置をしてくれたのかな?」


同じくそれを見た雪菜がユリエルに問い掛けるが、ユリエルにもその答えは分からない。


「とにかく、校長先生をどこか休めるところへお運び致しましょう」


ヴァレリアが提案した意見に雪菜達も賛成し、女子生徒の悲鳴を聞いて集まってきた生徒達に協力を願い出て医務室へと運んでもらうことにした。


「それにしても……浮遊島で一体何が起こっているのかしら?」


雪菜達は首都を襲っている状態異常バッド・ステータスの結界陣についてまだ知らない。


それどころかこの浮遊島では状態異常バッド・ステータスの魔法陣による影響が発生していなかった。


―――それはシェーナ達チビッ子もいるこの浮遊島全体を包むように黒神龍ノワールが障壁を展開し、子供達に影響を与えないように護っているからだった。


しかし如何にノワールといえども首都全体を覆う爪型塔の補強を受けた状態異常バッド・ステータスの結界陣に対抗する障壁を首都レッドに張ることは現状では無理だ。


今はこの状況を打破するためにも、八本の塔を粉砕してセレストとマキシ=ヘイトを止めることが、このヴァーミリオンを護る最短の方法だ。


しかし、この攻防戦はまだ長い時間を要するものになるのだった―――



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