目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第157話 全面衝突

―――北東の爪型塔。


その塔を守護する蒼天の精霊シエル・エスプリテンスのデスティノは目の前に現れた人物に息を呑んだ。


「貴女がここまで表立って出てくるとは思っていませんでしたよ……サジテール」


「……デスティノか」


「はい。此処で龍の牙ドラゴン・ファング序列02位のサジテールと相対出来るとは、これはもう『運命』と言えるでしょう」


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏い、紫の波打つ長い髪を掻き上げたデスティノは緑色の瞳を細めてサジテールを見つめる。


それに対して八雲と同じ金の刺繍が鏤められた黒いコートに身を包んだサジテールは、


「お前の『運命』など俺には関係ない。だがお前の『運命』は決まっている」


と、デスティノを猛禽類のような眼差しで貫く。


「あら?貴女の口から『運命』という言葉が聞けるなんて思ってもいなかったわ。それで私の運命はどうなるのかしら?」


お道化るような仕草で問い掛けるデスティノに、サジテールは黙って手にした黒弓=暗影に矢を番えて構えると、


「―――俺に倒される『運命』だッ!!」


引き絞った弓から、デスティノに向けて漆黒の矢を放つのだった―――






―――北西の爪型塔


その聳え立つ塔の袂に足を踏み入れたのは、紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第五位ゴンドゥルだった。


「はぁ……まったく……こんなに被害を出してくれて!まだ自然災害を受けた地方の復興で忙しいというのに!」


軽口を叩いているように聞こえるが、国の魔法省の統括を任され、魔道具などの管理から魔術を用いて地方などで発生する水害や嵐の復興など国の重鎮としての職務に追われるゴンドゥルにとって、人為的に破壊するという行為は腸が煮えくり返るほどの怒りが湧いてくるのだ。


原因が蒼神龍とその御子にあるのだとしたら、東部エストのアズール皇国を死の国に変えてでも責任を取らせると心に誓うゴンドゥルに、人影が近づく。


しかし、その影はひとりではない―――


「漸く現れたかと思ったら、なんですか?この子供騙しは」


そう言ってその手に持った杖を翳すと、その杖のヘッドに埋め込まれた魔法石が発光して次の瞬間―――


―――轟音と爆炎を巻き起こして辺り一面を火の海に変える。


するとその炎によって掻き消された人影の中から、ひとりだけ消えずに爆炎を涼しげに受けている者がいた―――


「―――流石は巨大国家ヴァーミリオン魔法省統括。無詠唱でここまでの炎を操るとは」


―――その人影の幻を見せていた張本人、蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏うエメラルドグリーンの短い髪をした蒼い瞳の美女が現れた。


「あ~ぁ……私の相手は貴女でしたか。蒼天の精霊シエル・エスプリのエイス、『夢』ばかり見ているレーブ君」


ゴンドゥルは心底嫌そうな顔をレーブに向けると言い放った。


「そんなに喜ばなくてもいいじゃないゴンドゥル。私は数いる同胞達の中でも、貴女ほど魔術に優れた人はいないと考えて尊敬しているのよ?」


レーブの言葉にすかさずゴンドゥルが返す。


「クレーブスもいるじゃありませんか?彼女も聡明で魔術の腕も確かな人ですよ?」


「クレーブスはダメよ。あの子は、ああ見えて……戦闘狂だもの」


「……まぁ、確かに昔はそうでしたが。ですが今回の件、昔のよしみで許せるような問題ではないですよ?それなりに賠償を支払って頂かないと」


ゴンドゥルの冷やかな声色にレーブはニヤニヤとした嫌味たらしい笑みを溢す。


「心配しなくても大丈夫よ、ゴンドゥル♪」


「はぁ?一応聞きますけど、その大丈夫の根拠はなんですか?」


顔を顰めてレーブに問い掛けるゴンドゥルに、レーブは笑い声を上げて答える。


「アッハッハッ♪ だってぇ~ねぇ?貴女は此処で死ぬのだもの♪ 死んでからのことなんて、心配する必要ないじゃない♪」


まるで鼻歌でも歌い出しそうなほど、ご機嫌な表情で答えたレーブにゴンドゥルの怒りの灯火が大きく燃え上がり完全にキレてしまった。


「―――ラりってんじゃねぇぞ!このクソ魔術師気取りのド素人が!今すぐお前を灰にしてやるから覚悟しろっ!!!」


普段のゴンドゥルからは想像も出来ない罵声がレーブに飛ばされると、ふたりは同時に手にした杖を翳すのであった―――






―――東南の方向にある爪型塔。


フレイアの指示を受けてその塔に辿り着いたスクルドは、手にしたハルバートを肩に乗せて辺りを窺う。


するとそこに塔の方角から人影が近づいてきた。


「……蒼天の精霊シエル・エスプリシックス、トゥルースね?」


「なんだい?私のこと忘れたのかい?スクルド。しかし第三位のアンタと当たるなんて私も運がないねぇ。でもこれもまた『真実』さ」


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏い、赤い髪を後ろにひとつに編み、茶色の瞳を大きく広げて背中には身の丈ほどもありそうな大剣を背負っている美女、トゥルースが笑みを浮かべてスクルドと対峙する。


「忘れてなどいません。というよりそんな大剣を背中に背負っている蒼天の精霊シエル・エスプリは貴女しかいませんよ。『真実』のトゥルース」


「ハハッ!流石はスクルドだ……なぁ『未来を司る者』は私達のこれからの未来をどう見る?」


笑いながら突然そんなことを質問するトゥルースは最後に真剣な表情になりスクルドを見つめる。


「……至って簡単なことです。私達が全員勝利して、貴女達が全員敗北する。それだけです」


なんの迷いもなくそう言い放つスクルドに、トゥルースは呆気に取られるが、


「フフフッ……ならばそれが『真実』かどうか、見極めさせてもらおうか!!!」


背中の大剣を両手で構えるトゥルースに対して、自らも手にしたハルバートを構え臨戦態勢に入るスクルド―――


「―――いくぞぉお!!!」


「―――臨むところよ!!!」


ふたりがほぼ同時に動くと次の瞬間、巨大な剣と真紅のハルバートは激突し、衝撃と共に火花を散らすのだった―――






―――西南の爪型塔の前では、


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏い、金髪の長い髪を後ろに纏め上げた白い肌に蒼い瞳、まるで人形のように美しくきめ細やかな肌の美女が佇んでいた……


ただ黙って真っ直ぐにその場に立ち、両手を身体の前に立てた蒼い鞘へと収まった剣の柄頭に重ねて静止している。


しかし、その静寂もそう長くは続かないようだ。


彼女の閉じられた蒼い瞳が開かれた時、その先に現れたのは―――


メイド服の上から金の刺繍が鏤められて背中には黒神龍の龍紋が刺繍で描かれた黒いコートを羽織り、腰のベルトには黒脇差=金剛を佩びている美女がゆっくりと歩み近づいてくる。


長さ2尺より少し短い脇差しは黒刀=夜叉と同じく黒の柄に金の鍔、だが金の模様が入った鞘は、金剛の名に因んで飾られている。


「このヴァーミリオンの地で、まさか貴女と再会することになるとは……アリエス。お久しぶりですね」


「ええ。本当にご無沙汰ですね……イノセント。ファーストの貴女が此処にいるとは、驚きました」


―――蒼天の精霊シエル・エスプリのファースト、イノセント。


その地位と実力はアリエス、フレイア、ダイヤモンドに匹敵する実力を兼ね備えている存在である。


だが、そんなイノセントだが、姿勢を正したまま、ゆっくりとその頭をアリエスに垂れる。


「この度のこと、ヴァーミリオンにも貴女方にも本当に申し訳ないことをしました。今ここでお詫びしておきます」


突然のイノセントの謝罪にアリエスは一瞬驚きの表情を見せると、すぐに冷静な面持ちに戻った。


「罪なことだと分かっていても、貴女方は侵攻してきたというのですか?」


アリエスの問いかけに、イノセントは瞳を伏せる。


「勿論、こんなことはいけないと分かっています。でも、それでも私達には……止められなかった」


誰を止められなかったのか……敢えて口にはしなかったイノセントだが、アリエスにも誰を差す言葉なのか予想は出来る。


「―――謝罪をするのなら私にではありません。イェンリン様と紅蓮様、そしてこの国の民でしょう?」


アリエスの突き刺さる様な正論をイノセントはそのまま受け止める。


「ええ、まったくもってその通りだわ。でも、これほどの被害を出してしまったら、もうそれは謝罪程度ではすまないでしょう。それこそ身命を賭して償わなければならない」


「イノセント?……貴女、まさか―――」


「―――お喋りし過ぎてしまいましたね。ですが私も蒼天の精霊シエル・エスプリを統括するファーストの地位を頂く者。簡単に折れるつもりもなければ散るつもりもありません」


大地に突き立てた剣を右手で持ち上げて目の前に横一文字に掲げたイノセントは、ゆっくりとそこで鞘から剣を抜いていく。


ゆっくりと出てきた剣の刀身は蒼く輝く美しいその身を現わす。


「蒼神龍の剣……やはりいつ見ても美しい剣ですね」


アリエスの言葉に、両手に構えたイノセントが微笑む。


すると今度はアリエスが黒脇差=金剛を鞘から抜くと、


「貴女が持っているのは初めて見る武器ですね。カタナとは珍しいわ。それに……その刃、黒神龍様の鱗ですね?一体どうやって加工を?」


世界最硬の鱗である神龍の鱗を用いて造られた武器、自身の持つ蒼神龍の剣もそうだが簡単に手に入る物ではない。


「我が愛するご主人様の手によるものです」


アリエスがそう答えると、イノセントは一瞬、呆気に取られながらも笑みを浮かべる。


「そう……貴女にもそう言える主が出来たのね……おめでとう」


龍の牙ドラゴン・ファング蒼天の精霊シエル・エスプリのナンバーワン同士の戦闘は無言の中でも大地を震わせ、空気を振動させながら、そしてお互いの闘気は既に全身から青白い炎のように吹き上がり空へと昇っていく……


此処より、すべての攻防戦の火蓋が切って落とされるのだった―――






―――ヴァーミリオン皇国・首都レッド攻防戦


南の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第一位

フレイア

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリセカンド

サジェッサ




北の塔では―――


龍の牙ドラゴン・ファング序列03位

クレーブス

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリフィフス

イマジン




西の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第ニ位

ブリュンヒルデ

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリサード

レクイエム




東の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第八位

ゲイラホズ

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリフォース

ウェンス




北東の塔では―――


龍の牙ドラゴン・ファング序列02位

サジテール

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリテンス

デスティノ




北西の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第五位

ゴンドゥル

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリエイス

レーブ




東南の塔では―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第三位

スクルド

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリシックス

トゥルース




西南の塔では―――


龍の牙ドラゴン・ファング序列01位

アリエス

V.S.

蒼天の精霊シエル・エスプリファースト

イノセント






浮遊島では―――


黒神龍

ノワール=ミッドナイト・ドラゴン

紅神龍

紅蓮=クリムゾン・ドラゴン

V.S.

蒼神龍

セレスト=ブルースカイ・ドラゴン






そして首都中央の遥か上空では―――


黒神龍の御子

九頭竜八雲

V.S.

紅神龍の御子

炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン






すべての舞台は整い、八雲達の物語は新たな章へと突入していくのだった―――




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?