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第10章 真紅の業火剣嵐編

第158話 南の塔

―――真紅の皇国ヴァーミリオン皇国の首都レッドは今現在、蒼神龍と蒼天の精霊シエル・エスプリ達に襲撃を受けて蒼神龍セレストによる状態異常バッド・ステータスの結界陣が首都の国民を苦しめている。


セレストの結界を補助する目的で首都の周囲八方位に蒼天の精霊シエル・エスプリ達の魔力で構築された爪型塔が聳え立ち、龍の牙ドラゴン・ファング達と紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達はその塔の破壊に向かっていた―――


―――その頃


浮遊島にある八雲の屋敷では別の問題が起こっていた。


「―――ダメです!姫様!どうか、落ち着いて下さい!」


「―――姫様!ダメだよ!今行くとお兄ちゃん達に怒られるよ!」


「ええい!離せ!!ジュディ!ジェナ!―――この浮遊島が!いや、この首都レッドが襲撃されているというのに、何もしないで黙ってジッとしているなど!出来るもんか!!!」


怒涛の剣幕で屋敷から飛び出そうとするアマリアをジュディとジェナが必死に止めていた。


「今、外でお兄ちゃん達が相手してるのはとっても強くて、たとえ姫様が行ってもお兄ちゃん達の足手纏いになるだけだよ!」


「なにぃ!―――ジェナ!私がそいつらより弱いだと!!」


ジェナの現実的な意見がアマリアのプライドを傷つけてしまい、余計にアマリアは顔を真っ赤にして興奮が収まらない。


「姫様!蒼天の精霊シエル・エスプリと呼ばれる方達は紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの皆様や龍の牙ドラゴン・ファングの皆様と実力は同格と聞いております!姫様はブリュンヒルデ様達に勝てるのですか?」


「うっ?!それは……クッ!―――だが!!」


「どうかもう、おやめください。姫様にもしものことがあれば先代様やエミリオ陛下にも、そしてティーグルにいらっしゃいますアンジェラ殿下にも死んでお詫びするしかありません。どうか、ご自重下さい」


同じエレファン出身の獣人であるジュディが命を懸けるとまで言い切って止める姿に、アマリアは拳を強く握り締めて天を仰いだ。


「私は……弱いのか」


そう呟くアマリアにジュディとジェナは黙って俯くしかない。


過去にはイェンリンと同じく腕試しをするために戦乙女達にも勝負を申し込んだことのあるアマリアだからこそ、彼女達の強さは十分に理解している。


そうして暫く黙っていたアマリアが顔をふたりに向けて、


「ならば―――せめて皆が帰ってくるこの場所だけでもしっかりと守ることで役に立つとしよう!」


と、ハッキリとした声で伝えると、ジュディとジェナも真剣な面持ちで「はい!」と頷き返すのだった―――






―――南の爪型塔


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第一位フレイアと蒼天の精霊シエル・エスプリセカンドのサジェッサとの戦闘は既に始まっていた。


先ほどの開戦の攻撃によってクレーターのように陥没した大地の底でサジェッサの正拳突きとフレイアの正拳突きが何度も激突しては、周囲にその衝撃波を轟かせて大地に亀裂を作っている。


元々素手で戦闘を行うスタイルのサジェッサに対してフレイアは己の拳に障壁結界を張り、サジェッサの正拳に合わせて迎撃しているのだ。




―――唸りを上げながら撃ち込まれるサジェッサの拳を、障壁を張った拳で迎え撃つフレイア。


透かさず逆の拳で今度はフレイアが顔面を狙いすまして打ち込むと、サジェッサがその拳をヘッドスリップで躱す―――


―――そうして繰り返される連打から、一度お互いにバックステップで間合いを取った。




「まさか貴女が肉弾戦に出てくるとは思いもしませんでしたよ……フレイア」


「貴女の戦闘スタイルに合わせただけのことです」




それを聴いたサジェッサは左足を二歩分ほど前に出して左手はこめかみ、右手はアゴのところに置きオーソドックススタイルで構えを取った。




「流石は『女神』……だが、貴女のその優しさが命取りだということを教えてあげましょう!!」




そう叫んで突進を開始した瞬間、サジェッサの姿が二人になる―――




幻影攻撃ミラージュ・アタック?!―――ならば!!」




―――迎え撃つためにフレイアも身体が分裂して二人になり、サジェッサの幻影を迎え撃つ。


そうして衝突する瞬間、驚愕の光景が広がる―――


―――その二体からさらに幻影の数が増えて十人のサジェッサ対十人のフレイアが衝突する。


瞬く間に彼女達の増えた幻影は常人であれば理解出来ない領域の戦闘へと突入した―――


―――幻影のうちのひとり、


フレイアが左腕を素早くサジェッサのひとりに振り翳すと、ドゴォオオ―――ッ!!!という轟音と同時にその幻影が真横に裂けた。




「剣聖技!!―――真空刃ホロウ・ブレイドとは!さすがは剣聖付きの戦乙女ヴァルキリーか!その剣聖技を会得しているとは!」




すると別の幻影のフレイアが答える。




「勘違いしていますね―――剣聖技をイェンリンに教えたのは、紅の戦乙女わたしたちですよ!!」




剣聖技はイェンリンが編み出した技ではなく、戦乙女ヴァルキリー達が伝授したものなのだという真実に驚くサジェッサ―――


―――別のサジェッサは高速のラッシュを放ち、また別のフレイアもラッシュで対抗し、常人に見えない拳がお互いを対消滅していく。


また別のフレイアは撃ち出してきたサジェッサの拳を巻き取るように宙高く放り投げてそれを追撃、下から彼女の腹部を撃ち抜く―――


―――拳を囮にして神速の蹴りをフレイアの腹部に打ち込み、それを貫くサジェッサ。


幻影同士の熾烈な攻撃の応酬が続き、その幻影の数を減らしていくふたり―――


―――幻影が技を繰り出す度に大地に新たなクレーターが出現し、また別の場所では大地が裂けて亀裂が遠くまで走り、草原には嵐の様な気流が吹き荒れていた。




やがて遂に互いの本体だけがその場に残っていたが、その身は様々な攻撃の応酬を物語るかのように装備がボロボロに破損している。




フレイアは戦乙女ヴァルキリーの鎧も羽根兜も吹き飛んでいて、ガントレットまで亀裂が走り、ボロボロと崩れている……


サジェッサも蒼いバトラーの上着は切り裂け、蒼いベストや白のブラウスも裂け目から肌色が見えており、首元の蒼い大きなリボンなどは、とっくにボロボロになってどこかに飛んでいっていた……




「正直、貴女がここまで動けるとは……驚きと同時になんだか悔しくもありますね……」


サジェッサの言葉にフレイアは、


「私もここまで装備を破壊されるとは予想外でした」


そう言って、もはや役に立たなくなった鎧を引き剥がして大地に脱ぎ捨てる。


ノースリープの白い上着とスカートになったフレイアは、サジェッサと同じく左足を二歩分ほど前に出し左手はこめかみ、右手はアゴのところに置きオーソドックススタイルの構えを取ると、その場で何度かステップを踏む。


『女神』の異名からは予想も出来ないその近接戦闘を見据えた構えにサジェッサは目を見張る。


何よりお互いに装備はボロボロでも、その肉体的な損傷を受けているのは明らかにサジェッサの方が多かった。


先ほどの幻影攻撃で受けた傷により、自分の得意な近接戦闘で後れを取ったことに彼女のプライドも傷つき、悔しさが歯噛みさせる。


「やはり貴女は強い……戦乙女ヴァルキリーの頂点に立つのも頷ける。だが、私も蒼天の精霊シエル・エスプリのセカンドを拝命している以上、無様な戦いは―――見せられない!!!」




―――気迫と共に蒼白い闘気に包まれるサジェッサ。


それを見てフレイアは複雑な表情を一瞬見せるも、自らも蒼白い闘気を纏って歩み出る―――


―――お互い一瞬で姿を消して衝突するとそこから宙を舞い聳え立つ爪型塔に巣直に立って駆け抜け、螺旋状で登っていくように何度も衝突しながらも塔の頂きに向かっていく。


何度も弾ける衝突の度に衝撃が周囲の空気を揺るがし、攻撃の衝撃波が大地に降り注いで新たなクレーターを彼方此方に生み出していった―――


―――蒼白い彗星のように飛び回るフレイアとサジェッサは衝突すると神速で数十度の攻撃の応酬を繰り出し、その度に周囲に強烈な衝撃波を生み出して、それにより爪型塔の胴にも亀裂が入り出していた。




「ッ?!―――いけない!!」




それを見てサジェッサは全力で衝突することで、塔に亀裂が生じていることに焦りを覚える―――


―――だが、それを見逃さないフレイアは飛翔する軌道を急に塔へ向けて、その亀裂の入った場所に己の拳を撃ち込む。


塔に激突したフレイアの拳が亀裂を増長させていき、ボロボロと塔壁が崩れ落ちて大地に落下していく―――




「これ以上はさせませんよ!―――フレイア!!」




―――爪型塔をこれ以上破壊されないため、サジェッサは塔を破壊するフレイアの背後から接近する。


卑怯だと言われても塔を守護するため、固く握った拳をフレイアの背後から振り下ろすサジェッサだが―――




「ハアアア―――ッ!!!」


「なんだと―――ッ?!」




―――サジェッサの拳が届く寸前に振り返ったフレイアが、




彼女の全身を一瞬で強力な結界の箱に封じ込めた―――




「こんな―――結界如きに!!」




―――八雲の『終末』ですら防ぎ切ったフレイアの渾身の結界である。




閉じ込められた結界内で闘気を拳に集中し、脱出を試みるサジェッサにフレイアは結界に向かって己の掌底を全力で撃ち込む―――


―――フレイアの闘気が掌底を通して結界内部を浸透し、まるで音が壁で反響するかのようにして内部のサジェッサに特大の衝撃波が襲い掛かった。




「ガァアアア―――ッ!!!!!」




更にフレイアは容赦なく二発目の掌底を結界に打ち込むと新たな闘気が内部に撃ち込まれ、結界内は爆発炎上したように煙に塗れていく―――




「ギャアアア―――ッ!!!!!」




結界から響き渡るサジェッサの悲鳴は虚しく周囲に溶け込んでいくと、やがて彼女を捕らえたその結界とフレイアは地上に下り立つ……


結界内部は未だに充満した煙が猛威を振るっていて、サジェッサの姿は見えない。


しかし……やがて煙も落ち着きを見せ始め、結界の中が元の透き通った状態に戻り始めると、そこには―――


ボロボロになった着衣はもはや布切れとなり、傷ついたサジェッサの身体に辛うじて纏わりついている程度となっており、棺桶のような結界の中で立ち尽くしている彼女の姿があった……


幾つもの傷から溢れた血に汚れた白い肌は露わになり、突き出された胸までも露出していて破れたスラックスからは白く細い脚が見えていた。


だが、すでに満身創痍になった状態でも、固く握った拳を震わせながら目の前の結界にその拳を撃ちつけていく。


「……のために……セ…スト…様の……ため……」


もはやオーバー・ステータスも消耗して、拳には人並ほどの力も入っていないサジェッサだったが、それでも主である蒼神龍セレストのために塔を守護する番人としての務めを果たそうと途切れ途切れの意識の中、フレイアの方に向けてその拳を撃ちだしていく……


「サジェッサ……貴女……」


その姿を見つめてフレイアはグッと目を瞑りながら、三度目の掌底をその結界に撃ち込んだ―――


「アグゥ……」


―――もはや悲鳴にもならないほどの声を漏らすサジェッサ。


「もう、おやすみなさい……」


そのフレイアの言葉が届いたかどうかは定かではないが、サジェッサはそのままゆっくりと緑色の涙に濡れた瞳を閉じていき、そして動かなくなった……






サジェッサを倒し、フレイアは南の爪型塔の前に立つ―――


首都レッドのあらゆる場所から見えるほどの高さにまで聳え立つ、巨大な塔の白い壁を見上げるフレイア。


蒼天の精霊シエル・エスプリが魔力で構築した塔は、生半可な攻撃では崩壊させることは出来ない。


そこでフレイアは『収納』からあるものを取り出す。


それは―――


―――真紅の刃をもつ剣。


ブリュンヒルデの持つ剣よりも長く刃も厚いその真紅の剣は、紛れもなく紅神龍の鱗でフロックに鍛えられし紅神龍の剣、


―――紅蓮剣=紅彩こうさいだ。


「サジェッサ……貴女との決闘で紅彩を使わなかったこと……許してください。これは如何なることがあろうとも同胞には向けないと誓いを立てているのです。貴女も私にとっては、かけがえのない同胞ですから……」


すでに結界は解けて大地にうつ伏せに倒れているサジェッサの背中に、フレイアは哀しみの表情を浮かべながら告げると―――


「ハアアァアア―――ッ!」


―――再びオーバー・ステータスに至り、全身を蒼白い闘気に包み込む。


一気に極限の域まで昇りつめた闘気が紅蓮剣=紅彩に注ぎ込まれていくと、真紅の刃がさらに紅く輝きを放ち出した。


その光を佩びた紅蓮剣=紅彩を上段に構えると、その紅い輝きはさらに大きく輝き、天を突かんばかりの高さまで昇っていく―――


「この戦いの最初の勝利の狼煙を……この一撃で上げましょう!!!」


―――フレイアの声に呼応するようにさらに輝きを増した紅彩を、力の限り振り下ろす。


唸りを上げて爪型塔に振り下ろされる巨大な剣の形をした真紅の輝きは―――




―――天から塔の先端に振り下ろされ、


―――その先端から斬り込まれた塔は亀裂を帯び、


―――振り下ろされる紅彩と共に紅光の大剣は塔を切り裂き、


―――やがて大地まで振り下ろされると、塔は音を立ててその場で崩れ去った。




塔は崩れたさきから瓦礫が元の魔力へと変換され、大気の中へと溶け込んでいくと、世界に満ちた魔力の一部としてその場から綺麗に消え去っていった……


フレイアはまるで何もなかったかのような平原を見つめたあと、他の者達に合流するべく首都へと戻っていくのだった―――






―――フレイアが放った真紅の閃光と、崩れ去る南の爪型塔を見つめるイシカム……いやマキシ=ヘイトは、その不甲斐ないサジェッサの敗北に舌打ちをしていた。


「チッ!……使えない女だ!……まあいい。こっちには最強の剣聖が駒として手の内にある。フッフッ……この首都が滅ぶこと、イェンリンが死ぬことは変わらない!―――セレスト!もうすぐだぞ!!」


そう言って高笑いを響かせるその青年の額には、いつしか二本の魔族の角が生えていた……


魔族の血が混ざっている彼はアルヴィトが言っていた、その身を変化させる魔術を持っている。


眼鏡を外し、今いる見張り台の上でその床に叩き衝けて、砕けた眼鏡のレンズには歪んだマキシの笑みがいつまでも写り込んでいた……


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