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第159話 北の塔

―――北の塔に対峙するクレーブスとイマジン。


龍の牙ドラゴン・ファング序列03位クレーブスと蒼天の精霊シエル・エスプリフィフス『想像』のイマジンは爪型塔の袂で睨み合い、お互いに細剣を構えて相手の出方を見定める―――


そして―――先に動いたのはクレーブスだった。


「ハァアア―――ッ!!!」


黒細剣=飛影を手に突進するクレーブスの姿が、残像を繰り出すほどの高速でイマジンに向かって無数の突きを繰り出す―――


―――それに呼応するかのようにイマジンも手にした細剣で突きを受け流していく。


繰り出す剣が交差する度に衝突した刃から次々と火花が飛び散り、その衝撃波は周囲の大地に爪痕を刻んでいた―――


―――クレーブスの繰り出す細剣がイマジンの蒼いバトラーの上着を切り裂いていくと、イマジンはバックステップで間合いを取る。


「流石は龍の牙ドラゴン・ファング序列03位ですね……昔、貴女と鍛錬をした時よりも更に剣の冴えが見えます」


「もう七百十五年も昔の話しです。それだけの時間があれば腕が上がっていてもおかしくはないでしょう。現に貴女だって、あの時よりも腕を上げていますから」


「ありがとうございます。お互い主のためにと研鑽し続けてきた結果ですね。ですが―――」


「―――なんです?」


「私が本当に得意なものが何なのか―――忘れていませんよね!」




―――叫ぶイマジンの背後に空間の歪みが生まれたかと思うと、その中から数えきれないほどの何かが飛び出してきてクレーブスを囲む。




自動人形オートマタですか。あなたは人形師ドール・マスターでしたね」


「覚えていてくれて嬉しいです、クレーブス。ここからは私も本領発揮させて頂きましょう」




クレーブスを囲んだ自動人形オートマタ達は、蒼天の精霊シエル・エスプリと同じ蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のシャツに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏ってはいるものの、その身体は小柄な人形から大柄のオーガ並みの巨体をしたサイズまで様々だ。


そんな自動人形達の顔は人にそっくりではあるが、人形の無表情でどこか冷たい印象を湛えている。




クレーブスを円陣で囲む人形達に向かってイマジンがその手を振り翳すと、一気にその人形達が距離を詰めてきた―――


―――人形達はその手に剣やナイフ、大柄のモノは盾も装備してクレーブスに襲い掛かる。


しかし、そんな集団リンチのような状況から空高く跳躍して回避したクレーブスは、そのまま爪型塔の壁に着地する―――


―――壁に対して直角に立っているのに落下しないクレーブスを見て、イマジンは舌打ちしながらも人形達に追撃を命じた。


追撃してくる自動人形達を目にして、クレーブスは爪型塔に螺旋を描くようにして駆け上がっていく―――


―――その間も人形達は同じように塔を駆け上がりながら、反対の方向に向かってクレーブスに挟撃を仕掛けようとする別動隊が構成され、実行しようと駆けていく。


そうして巨大な塔の中腹で前と後ろから追撃を受けるクレーブスは顔に笑みを浮かべながら、そのまま前方の人形部隊に突進する―――




「アハハ―――ッ!自棄でも起こしましたかクレーブス!その子達は只の自動人形ではありませんよ!」


自慢の人形達の餌食になるために飛び込んでいくクレーブスに、笑い声を上げながらイマジンが叫ぶ。


「いえ―――只の自動人形ですよ」


楽しそうに笑っていたイマジンの耳に、クレーブスの冷淡な声が届くと―――




―――高速に突きを繰り出すクレーブスの細剣に身体を突き刺された自動人形達が、その途端に風船のように全身を膨張させて破裂し塔の外壁からその残骸が落下していく。


それを目撃したイマジンは一瞬なにが起こったのか理解出来ない―――


―――その間も塔の頂きに向かって螺旋を描きながら駆け上がるクレーブスの飛影に刺された人形達は、次々に身体が膨張して呆気なく破裂していく。




「一体これは!?なにを仕掛けているというの!―――クレーブス!」




次から次に破壊されていく人形達を見ているだけのイマジンはクレーブスの仕掛けてきている攻撃が分からない……


そうしているうちにクレーブスの前方から向かって来ていた自動人形オートマタは掃討されていた。


それでも後方からイマジンと共に追撃してくる人形達に向き直るクレーブス。




「貴女の自動人形では私の相手になりませんよ、イマジン」


「―――黙れ!人形師ドール・マスターとしての力はこれだけではない!」




―――再び空間を歪ませたイマジンだが、今度の歪みは先ほどとは比べものにならないほど巨大だった。


巨大な歪みの中から現れたのは、巨人の自動人形に恐竜のような翼竜の人形、それに頭部は獅子、胴体は牝山羊、後部は竜でさらに竜の翼を持ったキマイラの人形という大型の三体が姿を現す―――


―――塔の壁に直角に立つ巨大な三体と対峙するクレーブスは、赤いフレームの眼鏡を左手でクイッと持ち上げると、風に靡く長い黒髪を後ろに流して飛影を構える。




「この子達の装甲はさっきまでの子達とは比べ物にならないくらい厚いわよ!」


固さ自慢を口にするイマジンに、クレーブスはハァ……と一息溜め息を吐いて―――


「―――御託はいいですから、サッサと来なさい。その自慢のお人形を査定してあげますよ」


―――と、挑発めいた言葉を投げ掛ける。


「後悔しなさい!―――クレーブス!!」




巨人人形がその巨腕を振り翳してクレーブスに向かってその拳を振り下ろすが、その巨体の割に高速の拳であってもクレーブスを捉えることは出来ない―――


―――颯爽と躱したクレーブスの元に今度はキマイラ人形がその爪と牙を向けて飛び掛かるも、長い黒髪を靡かせながら空中へと回避するクレーブス。


だが、そこに追い打ちをかけるようにして翼竜人形が翼を羽ばたかせて、その足の鋭く尖った爪を向け襲い掛かる―――


―――しかしクレーブスは空中でその姿を掻き消すと、いつの間にか翼竜人形の背中に乗っていた。




「―――フンッ!!」




一息に手にした飛影を翼竜人形の背に突き刺したクレーブスは、そのまま膨張して噴き飛ぶ翼竜の煙に紛れて巨人人形へと乗り換える―――


―――そして、巨人の頭頂部に翼竜と同じく飛影を突き刺すと、次の瞬間には巨人人形の頭部が爆ぜていた。




「そんな!?この子達の装甲まで貫くなんて!クレーブス!!貴女、その剣は―――」


「―――黒神龍様の鱗製ですよ。我が敬愛するノワール様の鱗を八雲様がこの剣にして下さいました。世界最硬の神龍の鱗で出来たこの剣を、貴女の人形達は防げるのでしょうか?」


そう言って眼鏡を光らせるクレーブスの言葉に、イマジンは思わず後退りする。




だがそんなイマジンの驚愕など、どうでもいいと言うようにクレーブスが突撃して最後に残ったキマイラの額を貫くと、他の人形達と同じく見事に爆散して消えていく―――


―――クレーブスの追撃は止まらない。


先ほどまでは大量の自動人形に追われる立場だったクレーブスだが、今度はイマジンを捕らえるため追撃の手は緩めない―――


―――虚を突かれたイマジンはその場で体勢を崩しながらも空間から次の自動人形を取り出そうとするが、追撃してくるクレーブスによって右肩を貫かれる。


すると―――




「キャアァアア―――ッ!!!!!」




―――肩を貫かれた次の瞬間、イマジンを爆炎が包み込み全身を焼き焦がしていく。


クレーブスが今まで人形達に行っていた攻撃とは―――


―――黒細剣=飛影を突き刺すと同時に無詠唱で火属性魔術・上位炎爆エクスプロージョンを発動するという超高等魔術戦闘だったのだ。


自動人形オートマタ程度であればクレーブスによって攻撃を仕掛けられた途端に身体内部で炎爆エクスプロージョンが発動―――


―――身体を膨張させて爆散することになるが、そこは龍の牙から生み出された蒼天の精霊シエル・エスプリである。


なんとか五体は爆散せずに、その身を残したものの全身が爆炎に包まれて自慢の蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスは見るも無残に焼け散っていった―――


―――後に残ったイマジンは全身に火傷を負いながら、ほぼ全裸状態にされてまだ幼さの残る肢体と慎ましやかな膨らみを晒して垂直で壁に立っていたその場から地面に向かって墜ちていく。




「さて、それではこの塔を破壊するとしましょうか」




クレーブスはそう呟くと爪型塔の中腹である足元の壁に思い切り飛影を両手で握って突き刺した―――


―――そして、内部に突き刺さった黒細剣=飛影の刀身から爪型塔全体に広がっていく魔術。




「火属性魔術・極位

―――極焔キョクエン!!!」




途端に飛影を中心にして爪型塔に亀裂が走り込んでいく―――


―――亀裂の間からは、まるで太陽の紅炎プロミネンスのような炎が噴き出し、中腹から塔の上下へとその亀裂を増やしていくと共に、彼方此方からその炎を噴き出していく。




―――極焔キョクエンの炎に飲み込まれていく塔。




―――この塔を構成するイマジンの魔力が崩壊していく。




やがてその形を維持出来なくなった塔は、大気中の魔力に溶け込み、静かにその姿を消していった―――






―――塔の崩壊を見届けて地上に下り立ったクレーブスの前に重症を負ったイマジンが意識を取り戻すも、身体を自由に動かすことは出来ないでいる。


「―――無駄ですよ、イマジン。貴女の関節部は尽く炭化させてあります。強力な『回復』の加護でも受けなければ指一本動かすことは出来ません」


探究者であり研究者であるクレーブスにとって、体内に撃ち込んだ魔術で身体の何処に攻撃を集中させるのかということなど造作もないことだった。


「ハァ、ハァ、クッ!……どうして……殺さないのですか?貴女なら……いっそ極焔キョクエンを撃ち込んで……私を……消し炭にすることも……容易かったでしょうに……」


火傷を負い動けないイマジンがクレーブスに問い掛ける。


「理屈では確かに可能だったでしょう。ですが、それを我が主が望んでいるとは思えません」


遠い太古の昔から生きてきた者同士、今回の争いでその命を奪い合うのがクレーブスには納得がいかない部分があった。


「ハァハァ、あ、甘いですよ……クレーブス……その甘さが、命取りに……なる……」


「ええ、理屈ではないその私の拘りが危機を呼び寄せることになったとしても、私の愛する方達はきっと理解してくれて、そして共に立ち向かってくれると信じています」


自信に満ちた顔でそう言い切るクレーブスを、イマジンは少しだけ眩しそうに金色の瞳を細めながら、


それでも―――


「だったら……あなたのその自信が……本物かどうか―――試すとしましょう!」


ボロボロの身体で魔力を操作するイマジン―――


「何をするつもりですか!?」


―――あまりに膨大な魔力の放射に思わずクレーブスも後退する。


「クゥッ!!―――召喚サモン!!!」


最後の力を振り絞るようにしてイマジンは《召喚》魔術を行使したのだった。


やがて魔術が発動すると、途端に魔力の放射が止んだかと思えば、クレーブスは嫌な気配を捉える。


「イマジン!貴女―――何を《召喚》したのですか!!」


クレーブスの問いかけにイマジンは倒れたままニヤリと笑みを向けると、


「今……この首都レッドに……私の残りの自動人形オートマタを……呼び寄せたわ……フフッ、残りと言っても……軽く二千体はあるけどね……」


「二千体の自動人形ですって!貴女は―――」


「―――レッドの彼方此方に……ランダムで《召喚》したわ!……浮遊島は黒神龍様が……障壁を張っているから無理だったけど……貴女に……止められる……かしら……ク……レーブ……ス……」


そこまで言ってイマジンは最後の魔力消費によって意識を失ってしまった。


その場に立ち尽くしたクレーブスだったが―――


「このドアホッ!!!―――最後に余計な手間を掛けさせてくれますね!!!」


倒れたイマジンは無視して塔の建っていたところからレッドに向かうクレーブス。


だが、首都中に振り撒かれた自動人形を取り除くには彼女ひとりでは手が足りないことも冷静に判断して『伝心』を飛ばす―――


【―――御前!葵御前!聞こえますか!!】


【―――なんじゃ?クレーブス。騒々しい】


クレーブスが連絡したのは葵だった。


【現在首都が不味い状況になりました!実は―――】


クレーブスは葵にイマジンの発動した自動人形の襲撃について説明する。


【チッ!―――その蒼天の精霊シエル・エスプリとかいう輩共、本当にろくなことをせんな。しかし主様はいまだにあの女皇帝と交戦中であろう。ここは我等で被害を防ぐほかはあるまい。白金も連れて地上に降りるとしよう】


【―――畏まりました。葵姉さま】


【クレーブス!―――妾達は式神共を先行させる。お主も式神を出して敵の位置を捉えよ!】


【承知しました!】


葵の提案に了解したクレーブスは、風のように首都レッドへと向かうのだった―――


爪型塔―――残り6本。



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