目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第384話 神剣の守護者

―――八雲とイェンリンが三匹の妖魔と闘っている頃


首都ディオスタニアの中心街にあるローゼン公爵家の屋敷では、危急の知らせを受けたウルスラがルシアの部屋に向かっていた。


ドアをノックすると中からルシアの声が返ってきたので急ぎ部屋に入るウルスラ。


「失礼致します!―――只今クロイツ公爵家の使いの者が参りましてバサラ様、ご出陣なされたとのことです」


「バサラがっ!?シニストラが攻めてきたの!?」


突然の知らせに困惑するルシアに、ウルスラもまた困惑した表情で首を横に振る。


「分かりません……現在、街の北門に現れた不審な者を調べるために出られたとのことですが、装いは戦のそれであったと知らせに来た者に伺いました」


「敵の斥候かも知れないわ。バサラの諜報部隊は優秀だし、バサラ自身も慎重な人だから用心しての出陣かも知れないわ」


ルシアの知るバサラならば、たとえ些細な疑念でも必ず確認するであろうことは予想がつく。


ウルスラもルシアの言葉に賛同するように頷いた。


「けれど……その不審な者の目的は一体なに―――」


「―――私がここに来るための陽動だ」


「ッ!?―――何者ですか!!!」


―――ルシアの言い掛けた言葉に答える第三の人物がルシアの部屋にいた。


その者がいつからそこにいたのかルシアもウルスラも気がつかなかったことに、云いし得ぬ恐怖を感じていたが此処はインディゴの二大公爵家のひとつ、ローゼン公爵家の屋敷だ。


そこに侵入することなど万死に値する行為だというにも関わらず、その女は平然として、且つ背筋が寒くなるような妖艶な笑みを浮かべてふたりの前に立っていた。


「ダークエルフ!?……何者です!!此処をルシア=フォン・ローゼン様の屋敷と知っての狼藉ですか!!!」


額に冷や汗を浮かべながらも気丈に振る舞い、妖しいダークエルフの女に詰め寄るウルスラの背中をルシアは頼もしく感じる。


しかし、その威嚇にも全身に赤い入れ墨のような紋様が走ったダークエルフの女はニヤリとした笑みを浮かべ、


「おお、勇ましいことだ。勇ましい女は嫌いではないぞ。人体実験の素材にすると、どの段階まで恐怖に堪えられるのか楽しんだものだ」


ふたりには何を言っているのか分からない言動を語る。


「何をワケの分からないことを言って―――」


「―――お前は少し黙っていろ」


続けて大声を張り上げたウルスラに一瞬で近づいた女は、右手でウルスラのこめかみ辺りを挟むように掴む。


「ヒギィイイイイイ―――ッ?!!!」


「―――ウルスラッ!!!」


顔を掴まれた瞬間、ビクビクと全身を震わせたウルスラはその場で足元に失禁の水溜まりを作って悲鳴を上げる―――


「アィアァアアアア―――ッ!!!」


―――そして一頻り痙攣してそれが漸く収まった時、女はウルスラの顔を放すとベシャリと床に崩れ落ちていった。


「な、何を―――ウルスラに何をしたの!!」


恐怖を抑えながら必死に女に怒鳴りつけるルシア。


「なぁに、殺しはしていない。ただ最高の快楽を頭に直接送り込んでやっただけだ。嬉し過ぎて小便まで漏らしてしまったがな」


「ふ、ふざけないでっ!!お前は一体、何者なのっ!!!」


ルシアの問い掛けに妖艶な笑みを浮かべた女は―――


「我が名はルドナ=クレイシア・アンドロマリウス……こことは違う魔界から来た偉大なる七十二柱に連なる―――『魔神』だ」


―――ルシアに向かって名乗りを上げた。


「ま、魔界?……魔神ですって……そ、そんなのただの御伽話でしょう?」


突然現れた女の魔界の魔神だという話を俄には信じられないルシアの反応は、この世界の人間であれば当然の反応だろう。


「フハハッ!……その理屈でいけば『魔神』が御伽話なら『神龍』もまた御伽話という理屈になるぞ?」


「だ、黙りなさいっ!神龍様はこの世界の偉大なる存在!お前の言うような魔界だの魔神だのと一緒にしないでっ!!」


幼い頃、両親達から聞かされた神龍達の逸話を寝物語に聞いていたルシアにとって、その神龍が魔神などという存在と同列に扱わることに我慢がならなくなり思わず声が大きくなる。


「フンッ……まぁ、そんなことは、今はどうでもよい。私の目的はお前なのだから―――『神剣の守護者』よ」


ルドナの言葉の意味が分からないルシア。


「神剣の……守護者?私が?―――何を言っているの!そんなものは知らないし、聞いたこともないわ!!」


「それはそうだろう。何しろ神剣は人の魂の中を寿命の続く限り滞在しては、その者が死ぬと別の魂へと彷徨って移り続けている。現在の『守護者』がお前というだけのこと」


ますますルドナの話の意味が分からないルシアは困惑を隠せない。


「お前には理解出来ないことだ。神や魔神の所業など人の身で理解することなど到底叶わぬことだからな」


「お前は一体……何をしようとしているの?」


目の前の魔神を名のる女に問い掛けずにはいられないルシアだったが、次の瞬間―――


「……えっ?」


―――自身の胸をルドナの手刀がズブリと貫き、背中まで一気に貫通していた。


「アァアアガアァアア―――ッ!!!―――ゴホッ!ゲホッ!グフッ……」


致命傷としか言いようのない攻撃に、ルシアは鮮血を口から噴き出しながら、激痛で意識を断たれそうになる―――


「……私が欲しいのは……お前の中にある―――ッ!!!これはっ!!!」


―――意識のない半ば死体と化したルシアを貫いたルドナの腕が白い閃光に包まれながら、その光に燃えるような火傷を負わされていく。


「おのれぇえ!!!―――神剣めっ!!私の目的を阻もうとするかっ!!!」


次第に広がり始める白い閃光にルシアの身体が包まれ出すと、ルドナは突き刺していた腕を一気に抜き去り、バックステップで光から距離を取る。


「チッ!……こうなってしまっては迂闊に近づくことも出来ん……忌々しい神剣めっ!!!……だが、次に会った時には……」


そう言い残してルドナは自らの身体から発した黒い靄のようなものの中に溶け込み、そして姿を消していった―――






―――首都ディオスタニア北門付近


シニストラの三妖魔と死闘を繰り広げていた八雲とイェンリンだったが―――


「ッ!?―――畏まりました」


―――突然その様子を変えたグレイピークが何かを呟くと同時に、グルマルスもグスターボもその動きを止めていた。


「どうやら、ここまでのようです」


「なに?―――引くとでも言うのか?だが逃げられるとでも思ってるのか?」


急に雰囲気を変えて殺気を収めたグレイピーク達だが、八雲は逃がすつもりはない。


「我が主よりの命令ですので、ここは引かせて頂きます。しかし次にお会いした時は、貴方達の最後です」


「おいふざけるなよ、この野郎。ここまで人様の国に被害を与えておいて、逃げられるとでも―――」


八雲がそう言い掛けた瞬間、グレイピーク達を砂の大波が飲み込んだかと思うと一瞬で地面と同化してその場から姿を消していった。


「クソッ!!―――土属性基礎アース・コントロール!!!」


八雲は地面に夜叉を突き刺すと、膨大な魔力で地中の敵を索敵しようと意識を張り巡らせるが、三妖魔の気配は追えない。


【―――私達を追いかけるより、もうひとりの公爵の身でも心配しては如何ですか?】


どこからともなく響き渡るグレイピークの声―――


「なにっ!?―――ルシアに何をしたっ!!!」


―――その声に真っ先に反応したのは誰あろうバサラだ。


【屋敷に行けば分かります……では、また会いましょう】


そう言い残して三妖魔の気配は完全にその場から消え去っていった……


「取り逃がしたか……侮れんな、三妖魔」


そう呟きながら黒炎剣=焔羅ほむらを鞘に納めるイェンリン。


「どうやら逃げ足も化物クラスのようで」


八雲もまた夜叉と羅刹を一払いしてから鞘に納めた。


しかしバサラの胸中はそれどころではない。


「ルシアがっ!―――クソッ!!」


するとそこにカイトが無事だった馬を引いてやってくる―――


「―――バサラ様!どうぞ、この馬をっ!!」


「すまない!カイト!―――黒帝陛下!剣聖陛下!申し訳ございません!!ローゼン家のことを口にしたあの妖魔の真意、確かめにローゼン家の屋敷に参ります!!!」


すると八雲が手を振って、


「余程心配なんだろう。行っていいよ。俺達もすぐ追いかけるから」


「ありがとうございます!では―――」


馬に跨ったバサラが一気に賭け出す―――


その背中を見送ってから、八雲は『収納』から魔術飛行艇エア・ライドを取り出した。


八雲はすぐそれに跨り、その背中には何も言わずともイェンリンが乗っていた。


「それじゃあ、そこの人。クロイツ公爵が向かった先に案内してくれる?」


もう一頭、馬を連れてきたカイトに八雲は笑顔で問い掛けるのだった―――






―――北門を後にしたバサラは一目散にルシアのいるローゼン公爵家の屋敷を目指していく。


すると後ろから―――


「―――お~い!」


―――追いかけて来た八雲の声が聞こえて振り返ると、


「宙に浮いたバイクだと!?……どこまでデタラメなんだよ、あの黒帝は……」


この世界には存在しないバイクという言葉を口にしたバサラ―――


加速してバサラの隣に並ぶ魔術飛行艇エア・ライドに跨る八雲とイェンリン。


「ローゼン公爵の屋敷は遠いのか?」


八雲の問い掛けに、バサラは前を見ながら―――


「―――あそこがそうです!」


―――道の正面に見える宮殿のような屋敷を指差す。


「よしっ!『索敵』で先に敵がいないか調べる」


八雲はローゼン公爵家の屋敷が入る範囲で『索敵』を展開して、中に敵らしき気配がないかを探った。


「……中には只の人がいるだけのようだが……生きているのは、ふたりだけだ……」


『索敵』に掛かったのはルシアとウルスラのみで、他の反応は死体の反応しか感じ取ることは出来なかった。


「―――ルシアッ!!!」


バサラは馬の手綱を強く握りながら、ルシアの元へと駆け抜ける。


バサラの様子に八雲は言葉はなくともルシアのことを思うバサラの気持ちが伝わってきて、今はバサラと同じくルシアの無事を祈るしかない。


そうして屋敷の門まで辿り着いたバサラ、八雲、イェンリン、そしてカイトは門を潜り抜けて屋敷の中へと踏み込む。


そこには―――


北門で見た凄惨な光景に引けを取らない残酷な現実が待っていた。


家人と思われる多くの使用人達が、壊れた人形のようにバラバラになって屋敷の床に散らばっている残酷な光景。


その光景を目にした瞬間―――


―――バサラの脳裏には両親の死体を見つけた時の光景が重なり、フラッシュバックを引き起こしていた。


「ハァッ!ハァッ!……ゲホッ!」


息が荒くなり、動悸が収まらないバサラに八雲が声を掛ける。


「おい、大丈夫か?」


「えっ?……も、申し訳ない……昔の光景を思い出して……」


この残虐な限りを尽くした死体の山を見て、昔の光景と口走るバサラの言葉に八雲は、


(こんな光景を昔に見たことがあるなんて……)


バサラのフラッシュバックをすぐに理解する。


「しっかりしろ!ルシアの部屋はどこなんだ!!」


イェンリンの喝にバサラはハッと意識を取り戻して―――


「ッ!―――こっちです!!」


―――幼馴染の勝手知ったる屋敷を案内する。


バサラは唯ルシアの無事だけを祈りながら、彼女の部屋に向かっていった―――



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?