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第383話 三妖魔との闘い

―――インディゴ公国の首都北門付近


大空から舞い降りたふたり―――


黒神龍の御子―――九頭竜八雲


紅神龍の御子―――炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン


―――ふたりの神龍の御子が天翔船から飛び出して地上に下り立つ。


八雲は右手を空に向けたかと思うと広範囲に『回復』の加護を発動して両腕を失っていたバサラと、右腕を失っていたカイトの欠損した身体まで見る見るうちに元に戻っていく。


「こ、これは……『回復』の加護……こんな広範囲で、しかも失った腕まで再生を……」


八雲の驚異的な『回復』の力にバサラは驚くしかない。


「随分と手酷くやられたな、バサラ=クロイツ公爵。まあ、命があっただけでも幸運だったと思うことだ」


「あ、ありがとう、ございます陛下。しかし、どうしてこちらに?」


「これは異なことを。余に遠征してもらいたいと言ってきたのはお前達ではないか?まあ、八雲がシニストラの言った日取りは信用するなと言ってきてな」


「黒帝陛下が、ですか?」


そう言って立ち上がったバサラは腰から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を抜いてグレイピークと対峙する八雲を見つめる。


「シニストラは信用出来ないと断言してな。その判断がお前の窮地を救ったということだ」


イェンリンの言葉にバサラは―――


(黒帝、九頭竜八雲もまた俺と同じことを想定していたということか……だけど、そのおかげで命拾いしたのは素直にありがたい)


―――全く同じ発想を持って、こうして駆け付けてくれた八雲に心から感謝する。


「詳しいことは後からということにしよう。それで?この人間離れした奴等が敵ってことでいいんだよな?」


「この者達は人間ではありません。三妖魔と名乗る魔神の使徒です!」


「―――魔神だって!?」


バサラの叫んだ『魔神』という言葉に八雲がすかさず反応する。


すると目の前のグレイピークが、


「なるほど……貴方が黒神龍の御子、九頭竜八雲か。ならばそちらは隣国ヴァーミリオン皇国皇帝、剣聖か……」


三人の会話から八雲とイェンリンのことを推察した。


「お前達、魔神の使徒だっていうのは本当か?」


八雲がさらに『殺気』を強く放ち、グレイピークに問い掛けた。


「―――如何にも。我等は魔神アンドロマリウス様に仕える三妖魔。私はグレイピークだ」


「同じくグルマルスだよ」


「ゲフッ♪ グスターボだぁ♪」


いつの間にか八雲達を三方から取り囲む様にして立つグルマルスとグスターボも同じく名乗りを上げる。


「アンドロマリウスだとっ!?―――ヤツは確かに死んだはずだ!?」


レオパールの一件で確実に葬り去ったはずのアンドロマリウスの名前が飛び出して、八雲は嫌な予感が止まらない。


「魔神の死は人のそれとは違う概念のもの。お前達の常識で測れるような御方ではない」


「……確かに存在自体が非常識だったからな。復活したっていうのなら―――また倒すだけだ」


自身の主を小馬鹿にしたような八雲の言葉にグレイピークがピクリと眉を顰めた。


「……どうやら、早死にが御望みらしい」


グレイピークの言い放った言葉に、八雲はもう一度周囲を見渡す―――


―――食い散らかされた人だったのであろう肉片。


―――斬り裂かれて細切れの肉塊に変わった者。


―――まるで石像のように石になって絶命した者達。


誰しもが突然訪れた理不尽な死に、その者達の無念を感じずにはいられない惨状だった―――


「お前達を一切の躊躇なく―――斬るっ!」


両手の夜叉と羅刹を構えた八雲に、グレイピークが襲い掛かる―――


―――それと同時にイェンリンにはグスターボとグルマルスが突進した。


「余の方がどうやら人気があるようだな♪ まぁ化物にモテても嬉しくはないが……」


グスターボがその太っ腹を異常に膨らませたかと思うと花弁のようにへそから裂き開き、内部に無数の牙を持った肉にイェンリンが包囲される―――


「ゲヘへへッ♪ 極上の女だぁ~♪―――ッ!?なにぃ!!!」


―――肉の花弁で包み込もうとした瞬間、イェンリンの黒炎剣=焔羅が一瞬で周囲に迫る肉の壁を斬り裂き、さらに焔羅の刀身に纏わせた真紅の炎がグスターボの腹を燃やす。


「うあっちぃいいいっ!!!―――このクソアマがぁああ!!!」


八雲から贈られた焔羅に備わった魔術付与の能力であらゆる属性をその刃に纏わせる能力と、魔術攻撃に対する耐性まで込められた剣聖の剣―――


―――ドス黒い血に塗れていくグスターボ。


その剣から繰り出される神速の剣技はグスターボを斬り裂き、次にグルマルスを狙うが―――


「ダメですっ!!!―――その男は触れたものすべて石に変えるっ!!!」


―――咄嗟のバサラの叫び声にイェンリンの剣はグルマルスの手前で引かれ、バックステップで一旦距離を取る。


「なんとも厄介な能力……と、言いたいところだが、それならば触れずに斬ればよいだけのこと」


そう言い放ち、両手で焔羅を握りしめたイェンリンは、『幻影攻撃ミラージュ・アタック』でその身を十二体にまで残像を生み出すと―――


「剣聖技―――龍撃斬ドラゴ・ブレイド!!!」


―――その十二体のうち六体が上段から振り下ろし、残り六体が下段から斬り上げて、まるで龍の顎のような衝撃波を繰り出す。


直接攻撃で触れることが石化を引き起こすなら、間接的な攻撃でグルマルスを葬る―――


「オアァアアッ!!!―――フンッ!!!」


―――イェンリンの攻撃と同時に危機を感じたグルマルスは、咄嗟に地面から土の壁を造り出して防壁にするが、


「―――ギャァアアアッ!!!」


ただの土壁で防げるほど剣聖の剣は軽くはない―――


―――イェンリンの攻撃は防壁を紙のように斬り裂き、グルマルスの身体をズタズタに斬り裂いた。


しかし―――


斬り裂かれたグルマルスの身体がボロボロとまるで砂のように地面に崩れ落ちていくのを見て、


「これは思った以上に厄介なヤツだぞ……」


イェンリンは警戒心を跳ね上げた。


すると―――


イェンリンの足元から巨大な掌が盛り上がって突き出されると、捕まえようと掌に乗っていたイェンリンに向かってその指が握られる。


「おっと!しかし、そんな動きで余を捕まえるなど百万年早いぞ」


地面から浮かび上がってくる巨大な岩の巨人に、イェンリンは大して驚くこともなくその掌から飛びのき、地面に下り立って巨人の姿となったグルマルスを見上げていた。


【この周りは、もう俺の身体の一部だぁあ~!お前のことを捕まえることなんて簡単だから~!】


岩の巨人となっても軽い口調は変わらないグルマルスに、イェンリンは死ぬほど顰め面を見せて、


「いいから掛かってこい。もっと余を楽しませて見せよ!そこのデブもだっ!!」


先に斬り裂き、その身体を燃やされていたグスターボも、魔物特有の『再生』能力でその身体を修復していた。


「絶対に犯す!犯して犯して犯して犯して犯してオカシテオカシテオカシテ!!!それから喰ってやるぅうううっ!!!」


イェンリンの攻撃に激怒したグスターボは、ニヤけた顔など何処にいったのか醜く怒りで歪んだ表情で怒鳴り声を上げた。


「ほぉ~♪ 余を犯そうなどと―――万死に値するなぁああっ!!!」


イェンリンもそれに勝る『殺気』を込めて、グスターボと巨人と化したグルマルスに改めて対峙するのだった―――






―――イェンリンが二体の妖魔と闘っていたとき、


「フゥ―――ッ!!!」


同時にその隣では両腕を刃と化したグレイピークが八雲に向かって突進して高速の斬撃を繰り出していく―――


だが、八雲は―――


『身体加速』 『身体強化』 『思考加速』 『限界突破』を発動して、涼しい顔で妖魔の刃を夜叉と羅刹で受け流していく。


一撃一撃が必殺の斬撃を繰り出しているグレイピークだが、難なく受け流していく八雲の剣技に内心、驚愕していた―――


(これがルドナ様の糧となった魔神グラハムドを葬った黒神龍の御子の実力……だがっ!!)


―――何合斬りつけたかわからないほどに八雲を狙ったグレイピーク。


その胸元から次の瞬間―――


「ハァッ!!!」


―――八雲に向かって長槍が突き出てきて串刺しにしようと迫ってきた。


「おっと!!―――武器はその腕だけじゃないってことか!!」


ヒラリと舞うようにしてその槍も躱した八雲はグレイピークの虚を突く攻撃に素直に驚く。


しかし―――


―――グレイピークは続けて左腕を鞭のようなものに変化させると、その鞭を高速で振り回して八雲に襲い掛かる。


残像を繰り出すほど高速で襲い掛かる鞭の攻撃を、八雲も残像を生じながらすべて回避していく―――


―――グルマルスの能力で周囲は砂と化した建物が山となって積み上がり、グレイピークの鞭はその砂塵を宙に舞い上がらせながら目にも止まらぬ速さで襲いくる。


「いい加減に鬱陶しいな。それじゃあこっちもいくぞっ!!」


回避し続けていた八雲は、夜叉と羅刹に『地獄の炎ヘル・ファイヤー』を纏わせるとその鞭を弾きながら黒い炎を引火させる―――


「ッ!?―――これは!?」


―――すぐにその黒い炎が異常な炎だと察知したグレイピークは、


躊躇することなく自らの左腕を引火する手前の肘辺りから右腕の刃で斬り飛ばして、本体に燃え移るのを防ぐ―――


「グゥウッ!―――これほどとは……黒神龍の御子……あの御方が注意するのも頷ける」


八雲と対峙して呟くグレイピークに問い掛ける。


「あの御方っていうのはアンドロマリウスのことか?」


「ああ、偉大な我等の生みの親であり、忠誠を誓う主だ」


グレイピークは話しながらも『再生』能力で左腕の傷を塞ぐ。


「その主は今、何処にいるんだ?」


「それを話すとお思いか?」


即答するグレイピークを睨みながら、


「訊いてみただけだ。お前はここで葬る!!」


再びグレイピークに向かって行く八雲だった―――






八雲とイェンリンの闘いを見つめて、バサラは自らの力不足を痛感していた―――


だが、このふたりを基準にして強さの尺度を求めても、人類では誰も追従することは出来ないのだが、バサラにはそんなことは関係なかった。


「俺は……」


両親の殺害された光景を目の当たりにしてから、バサラはひたすらに強さを求めた―――


公爵家の力を使って武術に長けた者達を招致し、剣技から槍術、体術に至るまで鍛え上げてきた。


また高名な冒険者に依頼して荒野でのサバイバル生活を送り、生き残る執着を学んだ。


時に高名な学者を呼んであらゆる属性魔術と自らの知識による科学とを融合させた兵器の開発も試みてきた。


―――それら過去すべての努力を無駄に思わされるほどに、目の前のレベルが違う戦闘に成す術のない自らを責め悩むことしか頭に浮かんでこない。


バサラが師事してきた高名な武闘家や冒険者達が霞んで見えるほど八雲とイェンリンの強さは想像を遥かに超える異次元の存在だったのだ。


(もっと……もっと強くならないとダメだ!黒帝や剣聖に頼ることなく、この国を!―――ルシアを護れる強さを!)


バサラが胸中で新たな高みに向かうための決意を硬く握り締めた拳に誓った瞬間だった―――


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