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眠れる海


「にぃ、ペルシィ」

「ターリア! シンドバッドはどこに?」

 海辺にたたずむターリアに追いついて、ペルシネットは声をかけました。モモにおまかせしたとはいえ、まだまだ急いで逃げなきゃいけません。

 焦って急いで走ってきましたから、そろそろ汗だくです。そんなよごれた自分がいやで、ペルシネットは一刻も早く安心したい気持ちでした。

「あそこだけど、どうせ聞こえないよ」

 ターリアは海のほうを指さします。海は大荒れで、そしてそこかしこで斬られたり割られたりしていました。つまりとにかく大わらわです。ばっしゃんばっしゃんうるさくて声をあげても聞こえないのは間違いないでしょう。

「あっちも戦闘中ですか。どうしましょう」

 お疲れなのもあって、ペルシネットは頭を抱えてうずくまってしまいました。まるでアリスみたいに、ペルシネットは甘いものでも食べたいなあって現実逃避をしはじめます。

「ペルシィ、お船つくって」

 なんでもないことみたいにいつもどおりに、ターリアは言いました。

「なに言ってるの馬鹿なの? わたしはお船なんかつくれません」

 ターリアがあんまりにも変なことを言うので、ペルシネットはあきれて、きたない言葉を使ってしまいました。でもまあ、仲良しのお友達に対する冗談ですから、これくらいはいいでしょう。

「ペルシィの髪ならみんなを乗せるお船くらいつくれるでしょ。あんまり長くもたないかもだけど、シンドバッドに追いつくまででいいんだから」

「わたしの髪をなんだと思ってるの」

「じゃあペルシィはこの状況をどう思ってるの?」

 やっぱりいつもと変わらず、ターリアは言いました。ターリアは起きていても眠っているみたいに静かですから、どういう感情をしているのかいまいちわかりにくいのです。

「敵に襲われ敵に追われて、勝ち目もないから逃げ続けて。ヘンゼルやグレーテル、モモまで子どもたちを連れて、傷だらけのベートを抱えて。いま、みっともないことをきたないことを気にしている場合だと思っているの?」

「それはそうだけど、わたしたちは女王しゅじんこうなのよ。いつだって誰かのあこがれで」

「ペルシィ」

 変わらないお声ですけど、ずっとずっと、ペルシネットにはわかっていました。

 ターリアはもう、ずっと本気なんだって。

「ここはもう物語の続きなの。わたしたちは主人公なんかじゃない」

 だったらしかたありません。ペルシネットも、覚悟を決めました。


        *


 ところでヘンゼルとグレーテルは自分たちでなんとかできないかと、ターリアからは離れてそのあたりを散策していました。

「あの、おばあさん。お船とか」

「小豆磨ぎましょ、しょきしょき」

 グレーテルが話しかけてもおばあさんは気づかないみたいにずっと川に向かっていました。

「おい、世界一かわいいグレーテルが聞いてるだろ、ばあさん」

「きれいに磨ぎましょ、しょきしょき」

 ヘンゼルが強い言いかたをしてもダメです。おばあさんだからほんとうに聞こえていないのかもしれません。

「おい!」

「いいの、ヘンゼル。きっとおじゃましちゃったの」

「世界一かわいいグレーテルがじゃまなわけないだろ」

「ヘンゼル……」

「グレーテル……」

 さいごには仲良し兄妹はいつもどおりに抱き合って、お互いの首元にかぶりつきました。お互いの血をちょっとずつ交換するともっと仲良しになれる気がするからです。

「あい、あい」

 ふたりの世界に入ってしまった兄妹に、いまさら小豆洗いは手招きします。それに気づいてヘンゼルとグレーテルは、おばあさんのおそばに寄りました。おばあさんはこれまでずっと小豆を磨いでいた川のほうを指さしています。そこになにかあるのでしょうか?

「なんだよ」

「なにかな」

 仲良し兄妹はいっしょになって川にお顔を近づけます。でも、川のせせらぎがお鼻にはねるくらいに近づいても、なにもあるようには見えませんでした。

「取って食おうか、しょきしょき」

 あれ、ぐいって押された気がしました。川に近づきすぎたヘンゼルとグレーテルはバランスを崩して、川の中に飲まれてしまいます。

 川の中にも、特に変わったものはありませんでした。


        *


「ヘンゼル!」

「グレーテル!」

 遠くからふたりが川に落ちるのを見て、ターリアとペルシネットはいっしょに叫びました。すぐにふたりをたすけようと走り出します。

「油断した! ほかにも敵が!」

 ペルシネットはすぐに髪を鋭い刃に変えて小豆洗いのおばあさんを攻撃しようとします。

「ペルシィ! そんなのいい! ふたりをたすけたらそのまま海に出て!」

 もともと走るのが遅いターリアは、ちょっとずつペルシネットのうしろにうしろにさがりながら言いました。

「ターリアは!?」

「モモくん!」

 仲良しのふたりなら、そのやりとりだけで意味が伝わりました。でも、ターリアが呪文をつかってしまったら……。

「フロッグも来てるって! だから、あとはまかせる。手加減するから」

 もうこんな緊急事態じゃ、止めている暇もありません。息をととのえて、呪文を唱えようとするターリアは、もう止まらないのです。

「うらむからね! ターリア!」

 ペルシネットも決意します。

「しらにゃ~い」

 ターリアはべーって舌を出しました。

「もうっ!! たのんだわよ!」

 ペルシネットは、ペルシネットにしかできないことを。

 黄金色の、きれいで、じょうぶで、きらきら光るたいせつな髪の毛を。

 生え際から、ばっさりと、切り落としました。

「わたしの髪はさいこう! だから、さいこうのお船になるわ!」

 切り落とした長くてじょうぶな髪は、ひとりでに編まれていちまいの絨毯みたいになりました。お船ですからいかだみたいなものですね。

「ヘンゼル! グレーテル!」

 お船に乗って、川の中にお手てをつっこみます。やがて両手ともに、兄妹を掴みました。お船に引っ張りあげて、無事に海に出ます。

「いそがしいけど、急いで漕いで! はやくフロッグに会わないと!」

 ヘンゼルとグレーテルに声をかけて、ペルシネットもお船をこぎました。「ターリア~!!」と、もう兄妹を助けて海に出れたってことを伝えます。


 ――――――――


「『鬼剣きけん』」

 スズカが構えます。

「『一心一桃いっしんいっとう』」

 対して、モモも構えました。

 ですけど、動くまえからわかりきっています。モモは、スズカに勝てません。この一太刀で斬られて終わりです。

 モモは、主人であるカグヤのためになんでもできるつもりがあります。どんな強敵にも負けないで、生きて、敵を倒せるつもりがあります。

 だけど、それは覚悟だけです。その覚悟を達成するために鍛錬も積んできました。でも、それだけです。

 勝てない敵に、勝てるはずはないのです。いつか強くなって勝てるとしても、いまこのとき、勝てるはずがないのです。

 だってもう、モモは物語の続きにいるのですから。主人公では、なくなったのですから。


「ね~んね~ ね~んね~こり~ お~やす~みよ~♪」

 不思議なお歌が聞こえて、なんだか世界はあやふやになります。


「『装丁結界ランページ』。『百年環ひゃくねんかん』」

 茨の巻きついた寝ぼけまなこの女王が、呪文を唱え始めたのです。だから世界は、みんなおねむになりました。


「ターリア、女王……」

 武士として気を張り続けるモモだって。

「ん……」

 とっても強い鬼の母だって。


「わたしは『荊棘おどろ微睡まどろの女王』。ターリア」

 ふあああぁぁ。大あくびをひとつ。それからぐしゅぐしゅとお目めをこすると、あら不思議。


「って、もうみんなおねんねかぁ」

 だれもかれもが、夢の中。

 とってもすてきな、夢の底。





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