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みっつの結末


 海の音にはいつだって規則性がありました。シンドバッドはそう思っています。でもそれは複雑で、つまりどんなふうに規則性があるのかをシンドバッドは説明できません。それでも、シンドバッドはわかっています。海の音を毎日聴いていたシンドバッドだけが、そのさざめきの規則性を知っているのです。

「くそ、違和感があっちいったりこっちいったりしてら。動物の動きじゃァねえな」

 この海にはシンドバッドの知っている規則性が通じませんでした。だからそれが、きっと海の妖怪の正体なのです。ですけどそれを追おうとしてもどうにもハッキリしません。しかたがないのでいちど、シンドバッドは自分のお船にもどってきたのでした。泳ぎが得意なシンドバッドといっても、ずっと海の中にいるっていうのはたいへんですからね。

「シンドバッドさん。モモくんは? みなさんは?」

 お船で待っていたカグヤがいちばんに尋ねました。

「ああん? まだもどってねえのか。誰も?」

「ええ、わたくしとクラウン王だけで」

「なにやってんだあいつら」

 がしがしと頭をかいてシンドバッドはため息をつきました。

「きっとまだ戦っているのです。わたくしもなにかお手伝いを」

「いいよいいよ。てめえのことはてめえでなんとかすんだろ」

「そんな薄情な!」

「そういうあんたは過保護なんだよ。そりゃ侮りみてえなもんだぞ。つまりこども扱いだ」

「モモくんはこどもです!」

「でも武士だぞ。それに男の子だ」

 つまりこどもじゃないですか。カグヤはそう思いましたが、でもシンドバッドの言おうとしていることもわかる気がしました。よくモモにも言われていたのです。「こども扱いはおやめください」って。

 シンドバッドはおはなし中もずうっと海をながめていました。広い海を見つめて、その波音に耳を傾けています。

 お船の上からならだいたいのことが見えました。小舟のうえにネネと、フロッグ王とカレンがいます。遠くの海岸にはぽつんと誰かの姿が見えました。ちょっと遠くてカグヤの目には誰だかわかりませんが、ふたりか、さんにんくらいいるみたいです。それになんだかきらきら輝くなにかが沖のほうに流れてくるようにも見えました。よおく目を凝らせばそれがなんなのか見えそうですが、ちょっとまだよくわかりません。

 その、海で起きているぜんぶを、シンドバッドはわかっているみたいでした。そういうふうに静かにたたずんで、やっぱり海を見て、音を聴いています。

「よっし! やってみっか!」

 とつぜんシンドバッドは言って、サーベルを構えました。

「ちょっと、シンドバッドさん、なにを」

「ちょっくら海を倒してくるから、あんたらはここにいろよ。迷子をむかえに行くのなんかかんべんだぜ」

 それからすこしのあいだ、シンドバッドは耳を澄ませていましたが、なにかを見つけたのでしょう。また海に向かって跳んでいきました。


        *


「てやんでい。もう一番だ」

 もう完全にネネが強いってのがわかりましたから、フロッグは気合いを入れて腰を落としました。ネネは聞いているのかいないのか、まだ小舟のはじっこでうようよしています。

「フロッグ王。あたしがかわりにやるわよ。言っちゃ悪いけど、あなたあんまり強くない」

「やらいでか!」

 カレンが失礼なことを言うのでフロッグ王も大声を出して怒ります。でもフロッグ王はじっさいにそんなに強くないですし、それに小さくてこどもみたいなお顔つきですのであんまり怖くありません。

「女に負けて、そのうえ女に助けられてたまるかってんだ! おい、あんた、名は?」

 カレンの言うことを無視して、フロッグはネネに名前を聞きます。そういえばまだ名前も聞いていなかったのです。

「ネネです!」

 はいはーいってお手てをあげて、元気にネネは名乗りました。

「よし、ネネ。おれは『童話の世界』のフロッグ王。さっそくだがあんたを倒して、妻として連れ還る」

 フロッグ王がおかしなことを言うので、あたりは静かになりました。海の音がざざざざって聴こえます。

「あなた奥さまいるでしょうに」

「きゃー! だめですだめですぅ!」

 カレンのつっこみをかき消すみたいに、ネネがとっても騒がしくうねうねしました。もう身体がねじれちゃってぐにゃぐにゃです。

「さあ構えな。おれのほんとうの力を見せてやるぜ。ゲロゲーロ」

 お相撲の立ち合いみたいに、じっくりと腰を落として、フロッグは言いました。

「あたちには愛する旦那さまが……だからだめー!」

 ぶんぶんとお手てを振って、だめだめってネネは暴れます。だからバランスを崩したのか、ちょっとふらってきて、まえに倒れそうになりました。ちょうどよくお船に手をつくものですから、それで準備は完了です。

「はっけよい、のこった!」

 しかたがないのでカレンがあきれた口調で勝負開始を宣言しました。


        *


「ね~んねこね~んねこ♪ えっほえっほ」

 お歌を歌いながらターリアは走ります。眠っちゃったモモの襟首をつかんで引きずりながらです。

「も~みんなだけ寝ちゃってずるいよ~」

 文句を言いながら急ぎます。小走りです。ターリアはぐうたらですし、がんばったところでどうせそんなに速く走れませんから、さいしょっから手を抜いて走るのです。じゃないとかんたんにバテちゃいますからね。

「んぅ」

 なにか声が聞こえた気がして、ターリアはぞくっとしました。「ね~んねこね~んねこ ねんねこり~♪」呪文をたからかに歌ってごまかします。そうするしかしかたがないのです。

「『鬼剣』」

 しらないしらないしらない。にゃ~んにも聞こえない~! ターリアはとにかく走りました。眠りの呪文を続けながら。

「『戯剣三昧ぎけんざんまい』」

 ひぃ~!ってターリアは思いました。なんであの鬼、眠りの歌がきかないの!?って。

「鬼は」

 引っ張っていたモモがずっしりと重くなった気がして、ターリアは手を離します。そうです、モモも眠りの呪文から起き上がったのです。

「ゆるさない!」

 ギンギンギンギン! ターリアのうしろで鉄のぶつかる音が鳴りました。

「もぉ~、なんなんだよ~! ほんき出しちゃうぞこら~!!」

 のほほんとしたターリア女王もご立腹です。みんなおやすみの時間だっていうのに、いうこと聞かないからです。


 ――――――――


「『一心一桃いっしんいっとう』。極意」

 眠いお目めをガッと開いて、モモは気迫をまといます。

「『鬼哭散散きこくさんざん』っ!!」


「『蝦蟇相撲がまずもう』」

 はじまりからすぐにフロッグはしかけます。

「『衝天しょうてん張り手!』」


「『海臓かいぞうを摘む剣』」

 規則の狂った海の間違いに狙いをつけて、シンドバッドはサーベルを向けます。

「『千海刺し』!」


 ――――――――


 みっつの場所で、みっつの戦いが終わろうとしていました。

「だから」

 そうじゃないんだって。ターリアはぶくぶくとほっぺたをふくらませてぷんすかします。

「わたしだって眠いんだばかやろー! もう、寝なさ~い!!」


 ね~んねこ ね~んねこ~ ねんねこり~♪

 ね~んね~ ね~んねこ~ おやすみよ~♪

 み~んな~ よ~いこは~ おねむりよ~♪


 ターリアのいっぱいいっぱいなお声が、広がりました。





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