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歌合せ


 モモの最強の攻撃は、一太刀目のとちゅうで崩れ落ちてしまいました。戦っていたスズカもおんなじです。こんどこそこんどこそ、モモとスズカはおねんねしてしまいました。受け身も取れないくらいばったりと倒れるので、おねんねというか気絶みたいですけど。

 それでもターリアは安心しました。きっと攻撃が始まってモモとスズカがぶつかったら、そのすぐあとにモモは斬られてたいへんになってたってわかったからです。

 もういっかいモモの襟元を掴んで引きずります。お歌を歌いながらゆっくりです。いそいでしまうとお歌がへたっぴになってしまいますからね。


        *


 フロッグの張り手に対してネネは「きゃー、だめー」と言いながらお手てをブンブンさせていました。ネネにはほんとうに悪意がなさそうです。そのことにはフロッグもなんとなく気づいていましたが、それでもネネのお手てブンブンは、あんまりにも力強くて、当たってしまったらたいへんなことになるくらいだってのもよくわかったので、もう力ずくでも止めるしかないのです。

 いっかい、お互いの張り手がお互いに肩のあたりを打ちました。それはおんなじくらいの力でお互いを押し返して、ふたりともぐらついて倒れそうになりましたが、しっかりとふんばって耐えます。このときはどっちも倒れなかったので、お相撲は続行です。もういっかい、フロッグは攻撃に向かいます。ただの押し合いではおんなじか、ちょっと負けてしまうくらいネネは強そうだったので、こんどは正面からぶつからないで横からの張り手でバランスを崩そうと思いました。

 でも、その攻撃はネネによけられました。いいえ、そうではありません。ネネは、ネネ自身がよけようとしてフロッグの張り手をよけたんじゃなく、なんだか急に眠くなって倒れてしまっただけなのです。眠くって眠くって、倒れてしまっただけで、そのおかげでフロッグの張り手をぐうぜんよけちゃっただけなのです。

「ゲロゲー……。……ちくしょう、この歌は」

 ネネよりはほんのちょっと浜辺から遠くにいたフロッグはまだだいじょうぶでした。でも、すぐにがまんできないくらいに眠くなってしまいます。そしてその理由がなんなのかも、すぐに気づきました。

 でももうだめです。フロッグも立っていられなくなって、倒れるように眠ってしまいます……。

「あなたが眠ったら、いったい誰が対処するのよ」

 そう聞こえた気がします。そしてそれといっしょに、ドンッ!とフロッグの身体は爆発するみたいにびっくりしました。だからすこしだけ眠いのも吹っ飛びます。

「ああ、くそっ! なんでターリアがいるんだこんちくしょう」

 フロッグは両方のほっぺたを自分で張り手して、すこしでも眠気を飛ばします。まだ海に浸かったままのカレンを小舟に引き上げて(カレンはどうやら眠ってしまっています)、自分の喉の調子を確認しました。ゲロゲーロ、ゲロゲーロ。うん、調子はだいじょうぶそうです。

ターリアあいつ浜辺むこうで、敵は……」

 おねむのお目めと頭をしっかり働かせて、敵と味方の位置を確認します。ネネをお船の反対の端っこに移動させて、そうすれば位置は、きっとだいじょうぶでした。


「『装丁結界ランページ』。『カエルの合唱・返歌かえしうた』」


 ゲロゲーロ ゲロゲーロ♪

 カエルのお歌で目が醒める♪

 ゲロゲーロ ゲロゲーロ♪

 みんな朝だよ起きなきゃよ♪


 フロッグは歌い出します。


 ね~んねこ ね~んねこ~ ねんねこり~♪

 ね~んね~ ね~んねこ~ おやすみよ~♪

 み~んな~ よ~いこは~ おねむりよ~♪


 ターリアのお歌もちゃんと聴こえてきました。

 てやんでい。ちょっと合わねえな。フロッグはぶるぶると頭を振って、違う歌を考えながら眠いのも吹き飛ばします。


 ゲ~ロゲロ ゲ~ロゲロ~ あさがくる~♪

 かえるの~ お~うたで~ ゲロゲロロ~♪

 は~やく~ お~きなよ~ もうあさよ~♪


 フロッグは小舟から浜のほうへ向かって歌を続けます。ターリアは浜のほうから沖に向かって歌っているのです。

 そのふたつがぶつかっているところだけが、ふたつのお歌の影響を受けるのです。ターリアの眠りの呪文と、フロッグの目醒めの呪文を。

 自分のお歌を聴いて、フロッグも眠気がなくなっていきました。小舟に引き上げたカレンも目を醒まします。

「さっすがカエルちゃん。すてきな歌声」

 楽しくなってきちゃって、カレンの足はお歌に合わせて踊り始めました。


        *


「すぴぴぴ……。すぴぴ……ふごっ!?」

 空中に跳んで海の妖怪を狙っていたシンドバッドは目を醒ましました。そうです、彼もターリアのお歌でほんのすこしですが眠ってしまっていたのです。

「ああん? なんだってオレは眠って……お?」

 海に狙いを定めながら空中で器用にシンドバッドは遠くを見つめます。ずっと遠く。浜辺のところに、あんまりよく見えはしませんが誰かがいました。誰かが誰かを引きずって、そしてたからかに歌っているのです。

「なるほど、ターリアか。んで、フロッグが一部打ち消してんな」

 納得して、それならそれで問題ないと、あらためてシンドバッドは海に狙いを定めます。海の規則性がおかしいところは遠くには行っていません。ちゃんとシンドバッドの攻撃の範囲内です。

「じゃあ、海を倒して、全員で還るぞっ!」

 気持ちと力をこめて、間違いなく狙いを定めます。跳び上がって、落ちる力でひと刺し。海面から海底までを一直線に。

「おおおおぉぉぉぉーーーーっ!!」

 狙い通りにうまく違和感を貫きます。その場所は、海としてはやけにもっちりとして、しっかりとサーベルを握っていないとはじかれてしまいそうなほどでした。だからこそそこは正解だってわかるので、シンドバッドはがんばって力を入れ続けます。

 やがてもっちりとしたところは突き抜けて、シンドバッドは予定通りに海底に降り立ちました。シンドバッドが突き抜けたところはすこしのあいだ海水がなくなって、ぽっかりと穴が開いたみたいになります。でももちろんまわりはぜんぶ海ですから、そんな穴もすぐにふさがっていきました。

「おっし! いつもの海にもどったな! こうなりゃこっちのもんだわわわわ!」

 海の規則性がもどってきて、海水も穴を埋めて、シンドバッドは海に飲まれます。それでもいつも通りの海ならシンドバッドのよく知るところです。海の流れに乗って泳いで、とりあえずは自分のお船に向かいました。





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