お歌に夢中になっているフロッグのうしろで、ネネがこっそりと目を醒ましました。フロッグは器用にお声を前だけに飛ばしてうしろにはいかないように気をつけていたのですが、そもそもターリアの眠りのお歌から遠くなってしまって効果が弱まっていたのです。それにあいだにフロッグが立っていますから、それでターリアのお歌が聴こえにくくなっていたっていうのもあります。
「シー」
ぼそりとネネはつぶやきました。海の様子を見て、シーがいなくなったことがわかったのです。かわいそうにって思って、頭にかぶったお茶碗みたいな笠をすこし深くまでかぶり直しました。
「アァラ、起きちゃった?」
お歌に合わせて踊っていたカレンが気づきます。
「だけどお邪魔はさせない。このお歌はいま」
「探さなきゃ」
攻撃してでもネネにお邪魔はさせないように構えていたカレンですが、ネネはなにかを言って海に潜ってしまいました。念のためあたりを見渡しますが、もうどこにも見当たりません。
「逃げた……?」
カレンは首をかしげますが、どちらにしたところでカレンは泳げませんし、追っかけるなんてできません。放っておくしかないみたいです。
放っておいて、カレンも楽しいダンスにもどりました。
*
「『
うつらうつらしたかと思えばお目醒めして、カグヤは呪文を唱えました。龍を呼び寄せる宝珠を取り出して、そこに念じます。
するとしばらくして、お空が割れ、大きな龍がやってきました。
「タツマル。みなさんをこの船に!」
カグヤはぜんぶの状況をわかっていたわけではありませんでしたが、どうやらシンドバッドの攻撃で海の敵は倒せたとわかりました。カグヤを捕まえた巨人みたいな姿の海。あんなのがいたらタツマルまで攻撃されるかもしれませんでした。でももうその心配はないのです。
カグヤのお願いを聞いて、タツマルはこっくりと頷いて飛んでいきました。これでみんなをお船に集められるでしょう。
「いい判断だ、カグヤ」
そこへきっかり、シンドバッドが帰ってきました。海水にずぶ濡れで、さすがにお疲れムードに見えます。
「あの龍は運送専門だったか? 悪いがこの船、舵が壊れてんだが、龍に押してもらうことは可能か?」
「それくらいなら引き受けてくれるでしょうが、タツマルは『繋がりの扉』を超えられません」
「まあ、『
それもそうです。とカグヤは思いました。みんな無事で『童話の世界』に還る。それがまずまっさきにしなきゃいけないことなのです。それに『童話の世界』に還ったあと、あらためてタツマルを呼び出して、お船を引いたり押したりしてもらえば解決しますし。とはいえ、そんなことにタツマルを呼び出すのは悪い気がしましたが。
そうこう考えているうちにタツマルがみんなを連れてもどってきました。モモにカレン。フロッグ。そしていつのまにか海に来ていたターリアやペルシネット、ヘンゼルやグレーテルの兄妹までいます。あとは。
「ベート王!? たいへんです。すごい傷」
まだ目も醒まさない重傷のベート王がいました。カグヤとしてはベートが『怪談の世界』に来ているなんてことそのものが初耳ですし、それにこんな大怪我をしているなんてとってもびっくりです。
「いいからカグヤ、とにかく龍に指示を」
シンドバッドが眠そうにごろごろしながら言いました。
「でも、ベート王が」
「ベート王ならフロッグがなんとかする」
「ゲロゲーロ!?」
フロッグも驚きました。というよりフロッグだって、すっごくすっごく疲れているのです。
「治療ができるのなんておまえとハピネス王くらいだろ。ベートさんは重傷なんだ。文句言うな」
「おまえほんと王使い荒いよな!」
文句を言いますが、でもそんなことを言っていられないのはフロッグにだってわかっています。でもいくら疲れているからってごろごろしているシンドバッドに言われると腹が立つのでした。
「まったく、おれは便利屋じゃねえぞ! ゲロゲーロ」
ぶつくさ言いながら、それでもちゃんとフロッグは治療に取りかかりました。
「『
おっきな壺を取り出して、そのなかの油をベート王の傷口に塗っていきます。フロッグの油は万能ですからそれだけでだいぶ治るのです。あとは包帯を巻いて、応急処置は完了でしょう。
「ゲロゲーロ。あとは還って、ハピネスに縫ってもらえばだいじょうぶだろう」
ばたんきゅーとフロッグは倒れるように眠りました。もうとっくにターリアの眠りの呪文はとけているのに、です。
「ともかくこれで安心ですね」
ずっと気を張っていたペルシネットもへたりこんで休みました。大切な大切な髪の毛はぜんぶ切っちゃってなくなりましたが、まあ髪の毛はまた生えてきます。それよりみんな無事でよかったなって思いました。
みんな無事で……。いいえ、そうでもありません。アラジンのことを思い出してすこし悲しい気持ちになります。でも、アラジンの覚悟は無駄になりませんでした。みんな、こうして還れるのですから。
「ではタツマル、お願いします」
お願いされた龍はすこしだけいやそうなお顔をしましたが(それは契約の範囲内じゃないとちょっと思ったのです)、しかたなしと了解してくれました。お船の後ろにまわって、おっきな頭で押してくれます。
ググググ……。と押されて、船首が『繋がりの扉』を押し開きます。さらにグッ、グッと押し続けて、やがてシンドバッドのお船はみんなを乗せて、『童話の世界』に還ることができましたとさ。めでたしめでたし。