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千年社の未来


「ん」

 海岸で目を醒まして、スズカはあたりを見渡しました。

「逃がした。まあいいわ」

 ふあああぁぁ。スズカはひとつ大きなあくびをして、閉じていく『繋がりの扉』を見送ります。

「そんなことより」

 追っていた『童話の世界』の住人からいやなにおいがしていたのを思い出します。それはもしかしたら、自分たちの同胞のにおい。

 鬼を倒した、その血のにおい。

「さきに負けた馬鹿たちを叱ってやらないと。まったく」

「たのしそうですね! スズカさんっ!」

 はいはーいって。ここにいますよーって両手をふって、ネネがスズカに言いました。

「『鬼剣きけん』」

 とっさにスズカは構えます。

「なんでですかっ!」

 ネネはあたふたしてびっくりしました。

「斬られたくないなら近づかないで。誰だって怪我はしたくないものよ」

「たしかに痛いのはいやですっ!」

 スズカの言うとおりにしてネネは両手をあげた降参ポーズですこしうしろにさがりました。スズカから離れたのです。

「なにか用なの?」

 スズカとネネはあんまり仲がいいわけじゃないのです。だから話しかけられたのが不思議でスズカは聞きました。

「トギおばあちゃんが言ってたんです。『川の流れが変わった』って」

 小豆洗いのほうを指さしてネネは言いました。小豆洗いのトギはあいかわらず小豆を洗っているみたいです。しょきしょきとお歌を歌いながら。

 ネネが言っている意味がスズカにはわかりませんでした。川の流れが変わったらどうなるというのでしょうか?

「つまりですね、このあたりの妖力が変わったってことです。たぶんいくらか妖怪がやられちゃいました。それも、とっても強い妖怪が」

 シーもやられちゃいました。残念そうにがっくしとなってネネはつけ足します。海そのものの妖怪。海坊主のシーがやられた。それもそれでたいへんな大妖怪ですが、ネネの言いかたですとさらにもっと、とってもすごい妖怪がやられたみたいな口ぶりです。

 それは、つまり。

「ほんとう、私の勘ってよく当たるわ」

 スズカはため息をつきました。大切なお友達のタマモがやられた可能性がでてきたってことみたいです。それはほんとうに一大事で、たいへんなことで、驚きましたし、悲しい気持ちにもなってなんだか疲れました。

 すこし息苦しくなったから、それでようやくスズカは構えていた剣をおろします。ネネのことは警戒して損することはありませんから、ずっとずっと構えっぱなしだったのです。

「つきましては千年社せんねんやしろの女衆、改め水辺の妖怪は、今後はあたちら河童の夫婦にお任せいただければとっ!」

 しゅびーんってまっすぐ手をあげて、はいはーいってネネは元気に言いました。だからもういっかいため息をついて、スズカは本気の力で剣を構え直します。

「ふざけてるの? そんな勝手を私が許すとでも?」

「スズカさんは正式には鬼衆ですから、こちらの件に口出しできないと思います! べつに鬼衆の代表でもないですしっ! ただ、いまここでそういうおはなしをしたのは、『鬼衆の王』であるシュテンさんにおうかがいを願えないかということでっ!」

 ニコニコと楽しそうにネネは言いました。悪気なんてまったくない。そうするのが水辺の妖怪たちにとって、元女衆にとっていいことだって、そう思って疑っていないみたいなお顔です。でもそんなネネだからこそ、スズカはきらいになってしまうのですけど。

「ちなみにスズカさんなら、海を斬れますか?」

 スズカがどうしようか迷っているうちに、ネネがなんだか違うおはなしをはじめました。でもその意味を、スズカは知っています。というよりずっとずっと、さっきからネネのようすが昔とは違うことに気づいていたのです。

 海坊主、シーはやられてしまいました。海坊主の存在はなくなって、その魂・・・だけがべつの形をもって放り出されます。それを河童は尻子玉しりこだまだとか言って、集めて、ときには食べてしまうのです。

 食べて、その魂の持つ力を引き継ぐのです。

 ザッパーンと、ふいに海が荒れました。ネネのお顔から笑顔が薄れるたびに、海は大きく、強く荒れ始めます。

 スズカは考えをまとめて、やがて剣を収めました。

「ほかの無礼は許してあげる。だけどその侮りは心外ね」

 ネネのお顔なんかもう見たくないって思ったので、スズカは背を向けます。

「とにかく状況を確認する。シュテンにはあなたのおはなし、伝えておくわね」

 ぎゅっと鞘を掴んで、スズカは歩きました。海くらいなら斬れます。それくらいの自信はあります。

 だけど河童の夫婦を、ほかの水辺の妖怪を、ぜんぶひとりで相手するのは、いくらスズカでもちょっとめんどうだなって思ってしまったのでした。


 海は穏やかに、ネネもほがらかに笑います。そうして去っていくスズカの背中に、楽しそうに手を振ったのでした。





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