翌日。私はスッキリと目覚めました。アーロさまは目覚めましたし、お父さまへ手紙も書きましたし、空を飛んでしっかり運動もしましたから当然です。私の気持ちと合わせるように、空もスッキリと晴れています。
今日は何をしましょうか?
いつものように朝食を摂り、身支度を整え終えた私は、今日の予定について悩んでいました。
「お嬢さま。アーロさまは起きてらっしゃいますよ。そろそろ体を動かしたいそうです」
モゼルが私にそう告げました。
そうなったら、今日の予定は決定です。私はアーロさまのリハビリに付き合うことにしました。
一階下の客室へと行ってみると、アーロさまは既にベッドから降りていました。室内を少し歩いて、体を慣らしているようです。
「おはようございます、アーロさま」
「おはようございます、お嬢さま」
朝一番のアーロさまの笑顔をいただきました。キラキラと輝く金髪と同じく、キラキラと輝く笑顔は、とても私の健康によさそうです。
アーロさまは生成りの貫頭衣に緩めのズボンと、寝間着のような恰好をしています。屋敷にサイズの合う服があってよかったです。
「このような姿で失礼します。私が着てきた服は、ボロボロになってしまったので……」
ちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべるアーロさま。崖から落ちたのだから、服がボロボロになっても当然です。防具すら使い物にならない状態でしょう。
「アーロさまのお命が助かってよかったです」
「ありがとうございます、お嬢さま」
とはいえ、気になる点もあります。
「お嬢さま、ではなく、どうぞセラフィーナとお呼びください」
せっかく話せるのなら、私は名前で呼んで欲しいです。
「あっ……えーと……」
アーロさまの白い肌が赤く染まりました。純情なお人柄のようで、こちらまで顔が熱くなってしまいます。
私は恥ずかしくなって視線を下に下げました。アーロさまの体には、あちらこちらに包帯が結ばれていますし、所々に痛々しいかさぶたが出来ています。聖獣相手なら簡単に魔法で治せる程度ですが、アーロさまは人間ですから、このままでいくとアガマが言っていました。治癒が早過ぎると疑いを招く可能性があるそうです。私の執事は、なかなかに慎重です。主人である私はと言えば、アーロさまを見ると脳みそまで茹で上がったようになって、まともに考えることもままなりません。
困りました。私は下を向いてモジモジとしてしまいます。ちょっと屋敷の主人としては、ありえないですよね。私もそう思います。でも恥ずかしいものは恥ずかしいので仕方ないです。
「え、あの……セラフィーナ、さま?」
あぁ、アーロさまが私の名を呼んでくださいました。小さな声ですが、私の耳にはしっかり届きましたよ。ドラゴンは地獄耳なのです。今日この時の感動を忘れることなく生きていくことにしましょう。
「はい、なんでしょうか?」
「えっと……この場所なのですが」
アーロさまは窓の外に視線を向けて言いました。
「随分と辺鄙な所にあるようですが……ここはどの辺りで、どなたの領地になるのでしょうか?」
「っ⁉」
あ、どうしましょう。いきなりのピンチです。
「えっとぉ……」
聖獣の領地というか。人間の言う領地とは違った仕組みになっているのですが、どう説明したものでしょうか。
「こちらの領地は王国と山を隔てて反対側の国のものになっております」
モゼルが救いの手を差し伸べてくれました。
「では、帝国の?」
「いえ、そちらではなく、間に小さく我が国の領地があるのです」
モゼルが説明していますが、私は初耳です。聖獣と人間との間で取り決めがあったようです。
「こちらの土地は切り立った山々が連なる山脈もあれば、魔獣も潜んでいますので管理が難しく……そこで我が国に管理が任されている特殊な場所なのです」
「そうなんですね」
ちょっと苦しいですが、アーロさまは納得してくださったようでよかったです。
「ですが、この場所は周りから切り離されたような状態になっていますよね? どうやって行き来しているのですか?」
あぁ、そこを聞いてしまわれますか。私にとっては飛べば簡単に辿り着く場所ですが、人間だと……どうやって行き来しているのかしら、モゼル?
「アーロさま。これは我が国のトップシークレットなのですが……」
モゼルがアーロさまの耳元に口を近付けました。普段なら許しませんが、今回だけは許しましょう。
「我が国の主な産業は、魔法によるサービスなのです」
「魔法⁉」
アーロさまは、目を白黒させて私の方に視線を向けました。私は目と目をしっかり合わせて、コクコクと頷きます。
人間の世界でも魔法は普通に使うと聞きましたので、困ったことがあったら全て魔法で解決しようということになっているのです。私たちは身体能力が高い聖獣ですから、本当は半分くらい力業ですけどね。そこは隠して、全て魔法で解決しているという話にしてしまうことになりました。
「私たちの王国でも魔法は使いますが、ほとんどは生活魔法程度なので……え? このレベルとなると、どれだけ凄い魔法を使われるのですか⁉」
アーロさまはビックリされているようですが。真実を知ったら、もっと驚かれてしまうと思うので、この場は笑って誤魔化すことにします。