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第四十五話 アーロさまと空の旅

「しっかり背中に乗っていてくださいね、アーロさま。聖剣も念のため、お持ちください。たてがみを掴んでもらっても大丈夫です。人間の力程度であれば、痛みを感じることもありませんから」

「はい、わかりました。よろしくお願いいたします」

 アーロさまの声がしました。

 思いのほか、しっかりとした声です。

 王国の危機ですから、私情は忘れて気合を入れているのかもしれません。

「モゼル。貴女は私の後からついてきて」

「分かりました、お嬢さま」

 モゼルも人化を解いて、私の後に続く準備をしています。

 彼女は地を這ってついてくることになりますか、かなり早いので連絡係として連れていきます。

「大丈夫ですか? お嬢さま」

 アガマが心配そうに声をかけてきました。

「大丈夫よ、アガマ。いざとなれば……モゼルに連絡を入れさせるから、援軍をよろしくね」

「承知しました」

 私は必要な指示を済ませると、人間の王国の方、アーロさまの故郷の方を向きました。

 アーロさまが背中にしっかり乗ったことを確認してから、私は翼を広げます。

「では、行ってきます」

「「「お気をつけて」」」

 使用人たちの声を背中で受けながら、私は屋敷から飛び立ったのでした。

 背中から「うわぁ」とか「ぎゃっ」とか、潰れたような声がします。

 アーロさまの声だと思うのですが、人間もアガマと大して変わらない声を出すようです。

 屋敷の敷地から飛び立てば、あっという間に足元には切り立った山々が広がっていきます。

 太陽はまだ高い位置にあり、日暮れまでには時間があります。

「王国まではすぐですから、怖くても我慢してくださいね」

 聞こえるかどうかは分かりませんが、私はアーロさまに声をかけました。

 顔も見えませんし、声も聞こえてきませんから、恐怖で固まっているかもしれません。

 天気は問題ありませんが、風は強く吹いています。

 私にとっては心地よい風ですが、アーロさまは人間ですからどうでしょうか。

 遮るものが何もない広い空間は、私にとっては解放感を与えてくれますが、人間には怖いものなのかもしれません。

 風を切り、遠慮なく思い切り飛べば、あっという間に人間の王国へと着くことができます。

 ですが、それではアーロさまを落っことしてしまうかもしれません。

 スピードを調整しつつ、風を掴んで前へと進むことにしましょう。

 アガマとは違って魔法で身を守ることもできない、脆い人間のアーロさま。

 私の好きなアーロさまには、この銀色の鱗や立派な二本の角、長い髭や鉤爪の付いた翼、長く伸びるしなやかな尾のある銀色の体はどう映っているのでしょうか。

 私の大きな目に収まってしまいそうな、小さな体のアーロさま。

 情けない話ですが、今の私にはアーロさまの気持ちが怖いのです。

 なるべく急降下や急上昇をしないように、アーロさまに負担がかからないように、丁寧に、丁寧に飛びます。

 空気が薄くならないように、なるべく地上近くを低い速度で行きましょう。

 アーロさまがケルベロスに襲われていた山は、あっという間に通り過ぎました。

 人間の足では何日もかかる距離を、私は一瞬で飛び去ることができるのです。

 スピードでいったら誰にも引けは取らないでしょう。

 人間にとって、それはどの程度の意味を持ちますか?

 恋には、どんな影響がありますか?

 私の力は、どんな風に映っていますか?

 怖いので、アーロさまには聞けません。

 だからなるべく怖がらせないように飛んでいるつもりですが、アーロさまはどう感じているでしょうか。

「アハハ! 最高っ! うっわぁ~、気持ちいいぃぃぃ!」

 ……おや?

 アーロさまは、ご機嫌のようですね?

「セラフィーナさま、空の上って最高ですねっ!」

「……怖くはないですか?」

 ちょっと意外で、私は思わず確認してしまいました。

 私の体からの振動は大きいですから、風の強さに負けることなく声は伝わります。

「怖くないですよ! 気持ちいいです!」

 アーロさまは人間で脆い体なのに、怖くはないようです。

「セラフィーナさまは、私を落っことしたりするような、不器用なタイプではないですよね」

 確かに私がアーロさまを落っことすようなことはしませんけれど。

 万が一、落としてしまったら、拾いにいきますしね。

 そこはご安心ください。

「信頼していますよ、セラフィーナさま。だから、私は怖くありません」

 アーロさまが笑っている気配がします。

 私は……アーロさまに信頼されているようですね。

 嘘をついて、誤魔化して、ちょっぴり卑怯で、ちょっぴり怖い目に遭わせてしまったのに?

 それでも信頼してくれているのですか?

「セラフィーナさまは、やはり伝説の銀色ドラゴンさまですよ」

 うん、そっちですか。

 アーロさまの中の『伝説の銀色ドラゴンさま』は強いですものね。

 うん、強い。

 私はアーロさまの中の『伝説の銀色ドラゴンさま』でいることも嫌いではないのです。

 でも……恋する乙女であるセラフィーナとしては、ちょっぴり複雑な気分です。

「私の大好きな……伝説の銀色ドラゴンさま、ですよ」

 アーロさま。

 その『大好き』は、『伝説の銀色ドラゴンさま』だけが対象ですか?

 対象が『セラフィーナ』になった時には、どうですか?

 つい聞いてみたくなりますが、傷付きたくないので聞きません。

 背中にアーロさまの存在を感じながら、あっという間に王国の国境付近へと辿り着いたようです。

 上空から、魔族軍と人間の王国軍が睨み合っているのが見えました。

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