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第四十六話 前魔王と人間は一触即発

 国境へと繋がる広い空き地で、人間と魔族が睨み合っています。

 ピリピリとした緊張感に満ちた空気が、私たちのいる上空にも伝わってくるようです。

 張り詰めた空気が満ちるなか、私は両軍の間にあるスペースへと降り立ちました。

 緊張をはらんだピリピリした雰囲気のなかで人化するのは得策とは思えません。

 ドラゴンの姿のままで地面に立つ私を見て、王国軍はもちろん魔族軍もザワザワとしています。

「銀色ドラゴンさまだっ!」

「伝説の銀色ドラゴンさまだぞっ!」

「本当にいたんだっ!」

 興奮した王国軍の兵士たちが口々に叫んでいます。

 アーロさまから人間の世界での自分の噂は聞いていましたから、ちょっと複雑な気分です。

 伝説のなんのと言われていますが、私は普通のドラゴンですよ?

 聖獣のなかでも身分の高い家の生まれではありますが、どうってことはないただのドラゴンです。

 神のような力を持っているわけではありません。

 私の背中に乗っているアーロさまに気付いた人間の兵士たちが更に騒ぎ立てます。

「おや、あれはアーロさまじゃないか?」

「アーロさまだ!」

「アーロさまが、伝説の銀色ドラゴンさまを連れ帰ったぞっ!」

「流石は勇者の家系のアーロさま!」

「英雄だっ!」

「勇者だっ!」

 王国軍の兵士たちからアーロさまへの賞賛が上がります。

 アーロさまが素晴らしいのは分かりますが。

 貴方たち、アーロさまを1人で冒険の旅へと送り出したわけですよね?

 それについては私、一言いいたい気持ちがあります。

 ですが、今はそんな場合ではありませんね。

 魔族たちも私の姿を見て反応しています。

「なぜここに聖獣が⁉」

「ドラゴンじゃないかっ!」

「聖獣が人間の味方をするのか⁉」

「それは条約違反じゃないのか⁉」

 魔族たちもギャーギャーと騒いでいます。

 でも貴方たち、正規軍ではありませんよね?

 そもそも魔族の掟も破って、人間の王国へ来たのではありませんか?

 その点についても、後でじっくり問い詰めたいと思います。

 私は、魔族たちをジロリと見まわしました。

 パッと見ただけでも、手練れ揃いであることが分かります。

 空にも、地にも魔族はいます。

 しかし数は少なく、まばらです。

 私は条約のことを思い出してみました。

 正規軍でない者が人間の王国へ攻め入ったときには、どのような扱いになるのでしょうか。

 盗賊などしか想定してなかったような気がしますが。

 細かいことは、お父さまに聞いてみないと分かりません。

 今はこの場を収めることのほうが重要です。

 まずは情報収集ですね。

「これは一体、どういうことでしょうか。説明が出来る方は、いらっしゃいますか?」

 私は務めて冷静な声を出したつもりです。

 ですが、ドラゴンの時には、必要以上に声が大きく響いてしまうのです。

 私の声を聞いた人間たちは、ビクッとした後、凍ったように固まっています。

 吹き飛ばされていった人間もいたような気がします。

 魔族たちは魔族たちで、化け物でも見るような目で私のことを見ています。

 気のせいでしょうか。

 私の声、そこまで怖いですか?

 少々疑問に思いつつ、周りを見回します。

 すると、1人の魔族が前に出ました。

 小柄ですが、他の魔族とは比べ物にならないほどの魔力を感じます。

 大きくて真っ黒な瞳がはまった目に、淡い茶色の髪。

 小ぶりな鼻は先が潰れていて、丸い顔にはシワが沢山あってたるんでいます。

ちんは、前魔王のパグリアと申す」

 魔族は、丁寧に自己紹介しました。

 流石は魔王を務めただけの魔族です。

 しっかりしています。

ちんの起こした騒ぎのせいで、聖獣であるドラゴン殿のお手を煩わせて申し訳ない」

 現在の魔王とは違いますね。

 この方が魔王を継続されたほうが、魔族のためだったと思いますが。

 なぜこのような事態になってしまったのでしょうか。

「ですが、ちんの1人娘であるルーロが、人間に捕らえられてしまいのした。だから娘を取り戻すために、ちんどもは引くわけにはいかないのです」

「それは大変。ですが、証拠はあるのですか?」

 私の問いかけに、パグリア前魔王は頷きました。

 そして自分の右腕を掲げました。

「これが証拠です」

 パグリア前魔王の右腕、手首のあたりが淡く発光しています。

「これはちんと娘とを結ぶ魔法の術式が放つ光。娘は、この近くにいるはずです」

 証拠を見せられてしまいました。

 ですが人間たちは本当に思い当たる節がないらしく、「そんなはずはない」「魔族の娘など攫って、我々にどんな得があるというのだ」などと叫んでいます。

「娘はちんの妻が命をかけて産み落とした子。万が一にも失うわけにはいかないと、産まれたときからちんと魔法の術式で結ばれています。迷子程度を想定した術式ゆえ、近くにいるかどうかの判断しかつかず……こんな事なら、命と命を結んでおくのだった……」

 重い。重たいです。

 父親であるパグリア前魔王の娘を思う気持ちは分かりますが、重たすぎるのではないでしょうか。

 同じ境遇の娘としては、ちょっと胸やけするような思いがします。


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