「ルーロさまは、おいくつになられたのですか?」
「今年、十八になりました」
「魔族としては、もう大人ですね?」
これはちょっと、複雑な事情が含まれているような予感がします。
前魔王が考えているように、人間が魔族と取引する目的でルーロさまを攫ったとは思えません。
だいたい魔族で十八といったら、ほぼ大人になっています。
魔族の成長は、人間とたいして変わらないからです。
寿命は長いですし、老化も遅いですが、魔族で十八歳といえば大人同然なのです。
大人の魔族が、そう簡単に攫われるとは思えません。
聖獣は成熟も遅いので、私は118歳でもまだまだ子どもみたいなものですが、魔族のルーロさまは違います。
もう大人に片足突っ込んだ女性です。
攫ったとしても、子どもを攫うのとは、違う理由の可能性もあります。
「大人といっても、
「そうですね……」
あー、激重な父親問題。
なんだか嫌な予感がします。
そもそも、レベルの低い魔族ならともかく、魔王クラスの子どもを人間如きが簡単に捕まえることができるでしょうか?
しかも魔族の命は回収システムがあります。
一突きで死ぬレベルの魔族もいますけど、そもそも死んだら再生ルートに入って本国に戻りますよね?
殺されたのでもなく、簡単に捕まえられない魔族を捕らえる方法。
それはルーロさまの意思に働きかけることですよね?
ルーロさま自身の意思というものを、お父さまであるパグリアさまが、甘くとらえているのではありませんか?
騙されて攫われたという可能性はありますが、ルーロさまが、そこまで愚かな方のようには思えません。
私はそんな風に思いましたが、両軍の考えていることは別のことのようです。
「魔王の娘など攫うわけがないっ!」
「そうだ! そうだ! 魔族なんて王国に入れたくもないっ!」
「馬鹿にするなっ!」
人間の王国の者たちが、やかましく騒いでいます。
「何を言うっ!」
「魔族を馬鹿にするのかっ!」
「姫君を返せっ!」
魔族たちもけたたましい鳴き声など上げながら騒いでいます。
私の体を挟んで、人間対魔族の悪口大会が始まってしまいました。
とてもやかましいです。
「魔族みたいに臭いものを王国に入れるわけがないだろう!」
「そうだ、そうだ!」
「臭いし、醜いっ! しかも残虐だっ!」
人間たちが騒ぎ立てれば、魔族たちも耳障りな声でわめきたてます。
「残酷なのはどっちだっ! 姫君をさらったくせにっ!」
「そうだ、そうだ!」
「嘘を吐くな」
魔族に嘘つき呼ばわりされて人間たちの怒りはヒートアップしていきます。
「魔王の娘など攫ったりしていないっ!」
「嘘つきはそっちだっ!」
「そんなことをして、我らにどんなメリットがあるというんだっ!」
お互いに罵倒しあっています。
魔族に力で劣る人間たちも、相当頭に血が上っているようです。
魔族相手に敵うわけもないのに、武器を構えて今にも攻め入りそうな雰囲気になってきました。
「こっちには伝説の銀色ドラゴンさまがついているんだぞっ!」
「そうだ、そうだ!」
「アーロさまっ! 銀色ドラゴンさまっ! こちらへ!」
おや。
いつの間にか、私は騒動の中心人物にされてしまったようです。
困りました。
私は諍いを止めるために来たのです。
参加するために来たわけではありません。
「いや、魔族と聖獣は同盟を結んでいるのだから、味方するなら魔族にだろう⁉」
「人間は本当に図々しい! 何の契約も結んでいないのに、味方してもらえるとおもっているなんてっ!」
言い争いながら、私の所属について揉めています。
私の体が間にありますから、武力衝突は避けられるでしょう。
けれど、これはこれでなんだか面倒なことになってきました。
私は両軍に向かって呼びかけます。
「私は中立の立場です。揉めないで話し合いましょう」
それなりに抑えた声を出しているつもりですが、一番前にいた人間が吹き飛んでいきました。
魔族の最前列にいた者は、なんとか踏ん張って耐えたようです。
「話し合いなんて、呑気なことをしている場合じゃないんですっ! こちらは、姫君を奪われているんですよ⁉」
そう魔族が言えば。
「魔族相手に話し合いなんて無理ですっ! 魔族からしたら、人間なんて簡単に殺せるんですよ⁉」
人間だって黙っていません。
「そうだそうだ。魔族は冷酷で卑怯者だ。話し合いしましょう、なんて言われてホイホイ側に行ったら殺される。騙されちゃダメです、銀色ドラゴンさま!」
あらあら、とんだとばっちりです。
私は伝説の銀色ドラゴンなのに、魔族から騙されちゃう愚か者にされちゃいましたよ。
でも……。
私には、さっきから気になることが他にあります。
白い軍服に金コードをキラキラさせている王子さまっぽい金髪の青年が、何か言いたげに私を見ているのです。
これは……ちょっと思っていたのと、別の種類のトラブルのような気がします。