「セラフィーナさま」
アーロさまの声が優しく響きます。
私は自分がドラゴンであることを正直に伝えることができなかった卑怯者なのに、アーロさまの声はとても優しいです。
アーロさまが命がけで探している『伝説の銀色ドラゴン』が私だと伝えていたら、旅は簡単に終わって、こんなにドタバタせずに事は丸く収まっていたことでしょう。
アーロさまの封印が傷付いたことに気付くこともなく、私がアーロさまへの恋心を自覚することもなく、世界は何事もなく平和に時間が過ぎていったことでしょう。
でも気付いてしまいました。
人間であるアーロさまは私よりも先に死に、私はアーロさまが亡くなったことを嘆きながら生きる。
そんな不幸を招くこともなく私の日々は平和に過ぎて、月日を重ねていくことができたでしょう。
でももう変わってしまいました。
「セラフィーナさま」
私は人間の男性が、どんなに優しく自分を呼ぶかを知ってしまった。
そして欲張りになってしまった。
全てが変わってしまったのです。
あの時。アーロさまをケルベロスから助けた時、いえ、アーロさまの影を見つけてしまった時から全ては変わってしまったのです。
私は恋慕の情を知り、この感情に甘やかに振り回される。
それが嫌ということではありませんが。
この感情は、いずれ私を傷付ける。
それに気付いてしまった。
けれど、手放せない。
さっさとアーロさまの手当てだけを済ませて人間の世界へと帰していたら、こんな気持ちにはならなかったのに。
人間の素敵な騎士さまと会ったことがあるのと思い出話のなかに出てくるだけの、遠い人にすることができたのに。
だけど、もう遅い。
私は愛に気付いてしまった。
ドラゴンよりもはるかに脆弱な命に恋をした。
いずれ私は、見送る側になる。
アーロさまに嫌われることもイヤ。
好かれても辛い。
私は、どうしたらいいのでしょうか。
アーロさまが私の前に回り込み、大きくて節くれだっているけれど綺麗な指先で、私の手を取りました。
そして私を覗き込んだアーロさまは一瞬、ギョッとしたような表情を浮かべました。
「どうされたのです? セラフィーナさま」
情けなさそうに眉尻を下げて、こちらを見つめてくる青い瞳。
心配そうに私の頬へと触れる指先は、ほのかに温かい。
そっと触れる指先の感触で、私は自分が泣いていたことを知りました。
「人間か魔族に、意地悪なことでもされたのですか?」
アーロさまが優しい口調で聞いてきます。
私は顔を横に振りました。
涙がポロポロと零れていくのが見えます。
何もされていません。
私が勝手に気付いてしまっただけです。
意地悪などされていないし、アーロさまに私が『伝説の銀色ドラゴン』であったことを隠していたことを謝りたい。
あなたが好きだと伝えたい。
だけど涙に邪魔されて、言葉が上手く出てきません。
アーロさまの目が驚きに見開かれ、花が開いていくように笑み崩れていくのを、涙越しに魔法を見るように眺めている私がいます。
「意外と泣き虫ですね、セラフィーナさまは。急にルーロさまのようになってしまわれた」
失礼ですね、アーロさま。
私の場合は、一度泣き出すと長いだけです。
ルーロさまのように可愛くは泣けません。
華奢で小さくて弱々しいルーロさまと違って、私は『伝説の銀色ドラゴン』ですからね。
ツヨツヨすぎて、ちっとも庇護欲なんて湧かないでしょう? アーロさま。
私は……私は……ああ、思考がちっともまとまりません。
「ちゃんとお話ししましょう、セラフィーナさま。だから早く泣き止んでくださいね」
アーロさまはクスクス笑いながら、私の手をギュッと握りました。
私が泣いているのに、笑うなんてひどいじゃないですか、アーロさま。
だからお返しに、私もアーロさまの手をギュッと強く握ってあげました。