「ぐぐぐ……さっきから下手になってるからって調子に乗って……」
金剛力士像は怒り心頭といった感じだ。
「こうなったら金剛力士クロスレーザーをお見舞いしてやる!」
なんですかそれは?
「くらええええええええええええええええ!」
金剛力士像の両目がピカーッと、黄色く光り始めた。
ヤバいヤバいヤバい。
金剛力士クロスレーザー放たれるって。
どうすれば――
「メガネくん、今よ!」
「……へ?」
「いいから私たちの前に立って!」
金剛力士クロスレーザーを浴びろと?
「え、でも」
「大丈夫よ! 自分を信じて!」
何を信じろと言うのですか?
「いいからほら!」
岩田先生はソッと、ボクの背中を押した。ボクはその勢いに乗って、岩田先生と幽霊さんの前に立った。
「行っけええええええええええええええええええ!」
金剛力士像が叫んだ。
間もなく、金剛力士像の両目から黄色いレーザーが放たれた。
二つのレーザーは地面を這いながらクロスして、ボクに直撃……!
「はーっはっは! 粉みじんになるがいい!」
直撃……したかと思った。
終わったと思った。
一瞬だけ花畑が見えた。
でもレーザーは、ボクに直撃などしなかった。
逆に……レーザーはボクのメガネに吸収された。
後に、レーザーがボクのメガネから放出っ!
「な、なにいいいいいいいいいいいい!」
金剛力士像は叫んだ。
レーザーは廊下の壁や床を乱反射しながら、金剛力士像に直撃した。
「ぎいやああああああああああああああああああああああ!」
金剛力士像はブスブスと黒い煙を上げて、ドッターン! と倒れ込んだ。
(え、ええええええええええええええ? てか、ええええええええええええ?)
なにこれええええええええええええええ?
「ぐぐぐぐ……」金剛力士像は、苦しそうに起き上がる。「ま、まさか
八咫鏡って何?
ただのメガネですが?
「私の生徒をバカにしないでくれる?」岩田先生は言った。「アナタのようなものが来ても引き下がるような人間じゃないし、そんなチンケなレーザーなんて跳ね返せるわよ。私の生徒は全員」
そんなことないと思いますが?
「どうしてそういうことが出来るか、分かる?」
「ぐぐぐ……。オイラには分からん……」
金剛力士像は中腰で苦しそう。
「勉強から逃げなかったからよ。毎日毎日、嫌なことから逃げずに努力したからよ。そして競争率の高い高校に受かった。そういう子は強いの」
だから、と岩田先生は金剛力士像を指さす。
「アナタのようなものが来ても……そう、どんな障害が襲ってきても、乗り越えられるのよ。レーザーなんて跳ね返せるのよ!」
……え、これツッコンじゃいけない?
「ぐぐぐ……努力……か……」
何かを悟ったように言うと、金剛力士像はスッと、静かに消え去ったのだった。
「分かった? メガネくん、あなたも自分に自信を持ちなさいってこと」
「えっと、はあ……」
「なあに、そのリアクションは? もしかして私が生徒を盾にしようとしたとでも思った?」
ごめんなさいそう思うのが普通です。
「ま、何はともあれ、生徒『たち』を守れて良かったわ」
……たち? と一瞬引っかかったけど、多分寝ている他の生徒のことだろう。
その時のボクはそう軽く考えていた。
「無事で良かったわね。そこのアナタ」
と、岩田先生は幽霊さんに優しく言った。
「あのあの、ありがとうございます……」
幽霊さんは指をモジモジ絡ませながら言った。
「ふふ、きちんとお礼を言えてよろしい! じゃあこれ、約束のもの」
岩田先生は、ふところからファーストフード店のポテト(Sサイズ)を幽霊さんに手渡した。
「……え? これ……」幽霊さんはとても驚いている。
「欲しかったんでしょ?」
「……あのあの……ありがとう……ございます……」
すると、幽霊さんの全身が、スウッと透けていった。
「あら、もう良いの?」
「……はい……。あのあの、ワタシとお話ししてくれて……ありがとう……」
「なあに? 私はちゃんとお話しした覚えはないけど?」
「ううん……。怖がらずに厳しくしてくれたり……。普通に接してくれたのが……その……嬉しくて……」
ふふっと、岩田先生は笑った。
「どういたしまして。メガネくんにもお礼、言うべきじゃない?」
ここで、幽霊さんは、ボクに向かって微笑みかけた。
「あ、ありがとう、メガネくん……」
「いえ、その……うん……」
ボクは照れ隠しに頭を掻いた。幽霊さんの体が、どんどん透けていく……。
「ねえ幽霊さん。私ね、ずうっと教師やってると思うわ。この先、ずうっと」
だからね、と岩田先生は続ける。
「生まれ変わったら、私の所に『ホントの生徒』として来ることを約束してほしいな。清キラに受かるのはそう簡単じゃないかもしれないけど、どう?」
幽霊さんは、パアッと表情を明るくした。
「あ、あのあの……はい! 必ず!」
スッ……と、幽霊さんは姿を消した。
「ありがとう」
その一言を置いて。
「ふう。一件落着ね
「はい……って、え? あれ? ボクの名前……」
「あのねえ。知ってるに決まってるでしょう? 担任よ?」
「じゃあ何でさっきまでメガネって……」
「悪い幽霊に名前を覚えられたら危ないでしょう? まあ今回は良い子だったけどね」
……だからか……。
「あの~、もしかして最初のクダリから見てました?」
「ええ。幽霊がポテト欲しいって言ってたところもちゃんとね。だからポテトも用意出来たのよ」
……この時、ボクはとても感動していた。
岩田先生って……。
凄い先生だなって……!
「さっ、早く寝ないと寝坊するわよ? 早乙女くん♪」
ご機嫌に言うと、岩田先生は自分の部屋へ歩いて行った。
(幽霊とか、金剛力士像が動いてたこととか良く分からないけど……)
良く分からないけど……。
岩田先生は良い先生だと思いました。
そんな夜でした。