物陰に隠れながら学校を脱出しようと、理科室から出ようとした矢先のことだった。
「あら、見ない顔ね?」
背後から女性の声が。ハッと振り向くと、黒スーツを着こなした綺麗な女性がそこに立っていた。名簿を持っているところ、この学校の教師だろう。
(げ……)
しまった。俺としたことが、動揺して気配を察知できていなかった。
極悪非道六神獣及び魔王の侵入を思わせる校内放送がされた今、真っ先に疑われるのは俺だ……。
「来賓のかたですか?」
女性はやんわりと言った。
ど、どうする……? いっそ走り出すか?
いやそれだと怪しまれる。『男の人呼んで~!』とか叫ばれたら一巻の終わりだ。
「変ね……。外国の人が来るなんて聞いてないけど……」
女性は俺を目を細めて見て怪しむ。
「あ、そのー、ちょ、ちょっと道に迷っちゃいまして」
なんつー苦しい言い訳してんだ俺は。
こんなんじゃ誰か呼ばれるに決まって――
「なるほど、人生という道に迷ったのね」
えっ、なんか納得されたんだけど。
「うんうん、分かるわその気持ち」
黒スーツの女性は何度も頷いた。
「ああ失礼。私はこの高校で教師をさせてもらっている
このタイミングで自己紹介? まあいいや、流れに乗れば逃げ切れそうだし。
「ええと、俺はマルセルです」
「マルセルさんね。出身は?」
「え? フランスですけど」
「へえ~。ご趣味は?」
なんでお見合いみたいな流れになってんの?
「趣味ですか……ええと、暗殺……とかかなー?」
なんちゃって~、と俺が付け足すと、
「へえー。暗殺! 凄いですね! 私、したことないんですよ!」
そりゃそうでしょうよ。
つーか何? マジで何なのこの流れ?
「じゃあちょっと暗殺してみてくれないかしら?」
なにとんでもないことリクエストしてるんですか?
「え、えーと、暗殺ですか。じゃあこの高校の教頭でも暗殺してみようかな~なんて……」
俺が冗談交じりに言うと、岩田さんは困り顔で「あら」と手を口に当てた。
「それは無理だと思うから、他の人をターゲットにしてくれない?」
そういう問題じゃないと思うのですが。
「そうねえ。教頭ではなくて、校長を暗殺するのはどうでしょう?」
なんちゅう提案してくるんだアンタは。ホントにこの高校の教師ですか?
「校長ならスペアがいくらでもあるから暗殺してもらっても大丈夫ですよ」
スペアってなに?
「先週、生徒会副会長にヤられたけど復活しましたし」
なんの話ですか?
……ん? 待てよ……?
生徒会副会長って、確か……確か……。
『生徒会副会長の
と、さっき校内放送が入ったことを思い出した。
(ああああああああああああああああああああああ!)
アイツか。
その加藤律子って奴が校長をヤッたってこと?
そんな修羅の国みたいなことがこの高校で?
マジでここ日本じゃねーだろ。
少なくともこの高校だけ日本から分離された何かだろ。
つーかナニモンだよあの生徒会副会長?
「あ、いけない! 重要なことを聞き忘れてたわ!」
次から次へと何ですか?
「マルセルさん、お歳は?」
そこおおおおおお?
「え、ええと、二十四ですけど……」
「へえー。お若いんですね」
だから何だこのお見合いみたいな流れは。
まあいい。めんどくせーけどこの調子で続ければ逃げるチャンスが来るはず。