(よし、あとはここを出るだけ……)
俺が理科室を出ようとした、その時だった。
「トム! ナンシー! イエス! グッド!」
おかしな英語を言いつつ、破壊された扉経由で理科室に誰かが入ってきた。
俺は不思議と、ソイツから只ならぬ気配を感じて……。
咄嗟に掃除道具を入れるロッカーの中に隠れていた。
(次から次へと……)
俺はロッカーの通気口から、その人物を覗き込む。
ソイツは……髪を少し茶色く染めた男子だった。
また生徒か……。
でもあの学ランを着ていない。上は白シャツだ。
素朴な顔立ちの男子だった。身長も高くない。一六〇センチくらいだろうか。
素朴な男子は、イヤホンで何かを聞きながら何度も頷きつつ、
「イエス! オンリー! ユー!」
と、へんてこな英語を叫んでいる。
「ジャスト! モーメント! イズ! グッド!」
ノリノリで男子は叫ぶ。
な、なんだアイツは……?
虚空に向かって叫んでるぞ。
誰かに通じるモノがあるんだけど気のせい?
「ザット! オウ! シティー!」
音楽でも聞いているのか?
男子はノリノリだ。
「カントリー! イエス! ベリー! キュート!」
いやうるせえよ。
何なのコイツ? 何なのコイツ?
「イット! ソング! ショウ!」
ビート刻みながら叫んでんだけど。
マジで何なの?
「モーニング! ルーツ! アイドル!」
もういいから。早く去ってくんない?
つーか何で理科室来てんのキミ?
そんな英語喋りたけりゃアメリカにでも行きなさいよ。
「キョウト! ナラ! グッド!」
急に日本語ぶち込んできたな。
さては知ってる英単語使い切ったな?
「ふ~。こんなもんで良いかな」
言うと、男子はイヤホンを外した。
「英語のリスニングだけは不安なんだよな~。でもこんだけ勉強しとけばゴールデンウイーク前のテスト、全教科満点かな?」
え、さっきのリスニングの勉強してたの?
オマエが口に出したの小学生レベルだったけど大丈夫?
「HRサボって勉強してたのバレたら
アイツの生徒だったんかオマエ。
てかサボるやつ多いなここ。ホントに日本トップクラスの高校か?
まあいい、さっさと帰宅してくれ。
「あ、俺の学ラン、やっぱ理科室に忘れてたのか」
男子は机の上の学ランを羽織った。
なるほど、アイツのだったのか……。
だから理科室に来たのね。
「……ん? なんか俺の学ラン……ゴキブリ臭くね?」
な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?
「ヤベーよゴキブリが大量に走り回った形跡あるわ」男子は学ランを脱いで、肩に担いだ。「帰ったら洗濯するか」
こ、コイツううううううううううううううううううう。
オレがゴキブリ臭いってか?
仕留めたい、今すぐ仕留めたいいいいいいいいいいいいいいいいいい。
い、いや、ダメだダメだ……。
今、ここで事件を起こすわけにはいかない……。
ヤるなら明日だ……。
教頭の『ついで』に、アイツも暗殺してやる……。
「一匹の匂いが付いたら百回は洗わなきゃダメって言われてるしな」
一匹居たら百匹居る、だバカヤロウ。
「理科室にもゴキブリホイホイ導入するか。ロッカーとかにも潜んでそうだし」
誰がゴキブリだ。
「理科室の扉が不自然に壊れてるのもゴキブリが走った跡か。最近のゴキブリは凶暴だな」
それ金剛力士像の仕業。ゴキブリが走っただけでそうなるワケないよね。
物理学の勉強しようか(怒)