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第73話 今日の日は、さようなら(sideG)


(と、とにかく学校を出よう……)


 オレはロッカーから出た。そして破壊された扉を横目に、理科室を出る。


「こんにちは~」


 と、すれ違っていく生徒たちはオレに挨拶してくれた。

 とても素直な表情で。


 声を出さずとも、ニッコリと会釈してくれたり。

 この高校の生徒全員が『礼儀』をわきまえていた。


 それが出来ないモノは、裏の世界でも結構多い。

 基本的な『挨拶』……それを多く受けたオレの中に、迷いが生じていた。


(本当に……教頭を暗殺しても良いのか……?)


 この高校の『教育』に携わる教員(教頭)を……。

 きちんとした『教育』を生徒まで行き届けている人間を……。


 本当に暗殺しても良いのだろうか?

 暗殺するほど堕ちた人間なのだろうか?


 もっと暗殺すべき人間なんて、この世に沢山居るじゃないか……。


(くそ……オレはどうすれば……)


 前金は貰っていないし、武器を返してフランスに帰ろうかな……。

 そう思い、校門を通り抜けた時だった。


「悩み事でしょうか?」


 とても柔らかい口調で話しかけられた。

 その方を向くと、長く伸びた白髪を後ろで束ねた老人が立っていた。


 オレと同じくらいの身長だった。一八〇はあると思う。


 白髪の老人は見た感じ、かなりの年配だと分かった。しかし姿勢がピンとしていて、精悍な顔立ちのため、年齢を感じさせない若さがあった。


 只者ではない。

 本能的に、オレは感じ取っていた。

 もしかしたら同業のモノかもしれない。


「ちょっと、な……」


「そうですか」老人はニッコリと笑った。「では少し話しませんか?」


 オレと老人は、近くの公園まで歩いた。そこのベンチに座る。


「どうすれば良いと思う?」


 カラスが鳴く夕暮れの中で、オレは口を開いた。


「時には素直さも大事かと」


 老人は優しく言った。

 素直さ、か。


「アンタきよキラ高校を知っているか?」


「ええ、ええ、もちろんですとも」


 老人は何故か声を弾ませていた。


「あそこの生徒、変な奴ばかりだが、芯はしっかりしてる」


「ほほう。何故そう思われました?」


「ちゃんと挨拶をしてくれるんだ。大人しそうな奴でも会釈したり」


「ふむ。挨拶は基本ですからね。生徒手帳の『生徒心得』の事項にもそう記述されている……という話は有名です」


 ふふっと老人は笑った。


「平和ボケしていることにはガッカリしたが……。生徒たちの礼儀正しさには感銘を受けたよ。素直に言うとね」


「そうですかそうですか」


 老人は嬉しそう。


「そこの教頭を暗殺しろとの命が下っているんだが、どうしたものかと迷ってるんだ。きっと、生徒の教育に携わる教頭もきちんとしてるに違いない」


 なるほど、と老人は頷いた。


「それなら簡単ですよ。今、あなたがどうしたいのかを選べば良いのです」


 老人は立ち上がった。


「……今?」


 オレが見上げた時の老人の表情は、夕日の逆光で見えなかった。オレが目を細めていると、


「迷っているのでは相手になりません。その迷いを断ち切った時にまた日本においでください。受けて立ちますよ、マルセルさん」


 言うと、老人はスタスタと立ち去っていった。


「迷い、か……」


 ハッと、オレはここで気づいた。


「ちょっと待て! 何でオレの名前――」


 もう老人の姿は見えなくなっていた。


(……なるほど……)


 オレは笑みを零してしまっていた。

 久々に手応えのある暗殺になりそうだ。


 待ってろよ。

 オレの心が整い次第、また来るからな。


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