「え? け、結婚!?」
まさか、いきなりのプロポーズにアンジェリカが驚いたのは言うまでもない。
「そんなに驚くほどのことか? 俺たちは婚約している。遅かれ早かれいずれは結婚するんだから卒業後すぐだって構わないわけだろう? アンジェリカにしたって、あの家は居心地が悪いんじゃないのか? だが結婚すれば家を出ることが出来るんだぞ?」
アンジェリカに口を挟ませる隙を与えないように、セラヴィは早口でまくし立てる。
「居心地が悪いと言っても、お父様との関係が良くないだけよ? それ以外は特に居心地の悪さは無いけれども……」
父親は家の名に恥じないよう、アンジェリカの為に多くの家庭教師を雇った。そのおかげで貴族令嬢の嗜みを身につけさせて貰えた。毎月、十分な支度金も支給されている。
愛情こそ貰えなかったものの、アンジェリカは今の生活に満足していたのだ。
「何だよ、それじゃまだあの家に居たいっていうのか?」
どこかムッとした様子で尋ねるセラヴィ。
「いえ、そういう訳じゃなくて。セラヴィは結婚には興味無いでしょう? だから、あんまり早く結婚するのはあなたに悪い気がしたのよ」
「俺がいつ結婚に興味が無いって言ったんだよ」
「言ってはいないけど、好きでもない相手との結婚は誰だってあまり気乗りしないものでしょう?」
「はぁ!? 何だよ、それ! 俺がいつアンジェリカのことを……!」
思わずセラヴィが大きな声を上げた時。
「お客様、お待たせいたしました! 品物の御用意が出来ました!」
先程の店員が笑顔で戻って来た。
「あ、ああ。ありがとう」
セラヴィは咄嗟に作り笑いを浮かべて思った。
今、ここで結婚の話をするのはまずい——と。
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結局買った品物があまりにも多すぎて馬車に積み込むことは出来なかった。そこで商品は全てブライトン家に配達してもらうことにすると、2人は店を出た。
「セラヴィ、次は何処へ行くの?」
馬車に乗り込むとアンジェリカは尋ねた。セラヴィが御者と話をしている様子を見てはいたのだが、何処へ行くのかまでは聞こえていなかったのだ。
「次の場所ならもう決まっているじゃないか。刺繍の展覧会に行くって話をしただろう? それともどこか他に行きたい場所でもあるのか?」
「いえ、他に行きたい場所は特に思いつかないわ」
「何だ、無いのかよ……でも何処か思いついたら、遠慮せず言えよ。何しろ今日は記念すべき初めてのデートなのだからな」
デートと言う言葉に、アンジェリカは考え込む。
(それならやっぱり、今まで2人で会っていた時間もデートと言うことになるのかしら? だとしたら話を合わせた方が良いかもしれないわね)
アンジェリカの中では、顔合わせの時間を今まで一度もデートと思ったことは無かったのだ。
「どうしたんだよ。突然黙り込んで」
「ううん、何でも無いわ。展覧会デート、今から楽しみだわ」
するとセラヴィの顔が赤くなる。
「そ、そう言って貰えると良かった。何しろ、このチケットを手に入れる為に、俺がどれ程苦労したことか……」
「え? そんなに大変だったの?」
「当然だろう? 何しろ、これを手に入れる為に俺は……」
こうして馬車が刺繍展覧会の会場に着くまでの間、セラヴィはチケットを手に入れる為の武勇伝を自慢げに話し続けた。
アンジェリカはセラヴィの話を笑顔で聞きながら思った。
何故、今まで自分に興味をもっていなかったセラヴィが突然変わったのだろう——と。