目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

「彼女たちは諦めの道を選ぶ」

 甲斐田君が落ちた。モンストールと一緒に落ちてしまった。

 完全に消えていなくなる直前、甲斐田君は最後に、私たちを射殺さんばかりに睨みつけていた気がした。

 彼自身を犠牲にして助かった私たちを、怨嗟の炎を湛えた眼を向けている。まるで呪うように…そんな気がした。



 高園縁佳は、皇雅を助けられなかった。見捨ててしまった。彼は、最後までクラスのみんなと和解できないまま、ここからいなくなってしまった...と縁佳は悲嘆にくれていた。

 縁佳が皇雅にしてやれたことは、何もなかった。彼がクラスで孤立していく様をただ見ているだけ。歩み寄ったこともあったが、却って彼の傷口を広げる結末だった。

 縁佳は、甲斐田君が落ちていくのを顔を悲痛に歪めて見ていることしか出来ずにいた。


 (甲斐田君...!助けてあげられなくてごめんなさい...!助けたてあげたかった、みんなと和解させたかった、もっと...お話したかった...!)


 内なる想いを声にして出すことはなく、ただその場で膝をついて涙を流すことしかできたかった。

 そして縁佳と同じく...皇雅の喪失を悲しむ人がいた。

 藤原美羽だ。


 「甲斐田君!...ああっ!!こんな、こんなのって…………っ」


 廃墟を崩落させる直前、美羽は皇雅のもとへ行こうとしていた。彼女だけが、皇雅を身を賭して助け出そうとしていた。だが、周りにいた兵士やクラスメイトに止められ、それを成すことはできずに終わった。

 皇雅が落ちて消えた時、美羽だけが、悲痛の叫びを上げていた。

 新任で、まだ3ヶ月少しの時しか交流がなかったのに、生徒一人一人の相談に乗り、同級生のように親しく接し、クラス全員を本気で大切に想いっている人だ。

 そんな彼女が、皇雅のことも当然大切に想っていたことは、縁佳に痛いくらいに伝わった。



 (私がまだ弱いから、あの時甲斐田君を助けることが出来なかった)


 実戦訓練から帰還した後も、縁佳は「あの日」のことが心に残っていた。日が経つにつれて自身の無力を責めるようになっていった。


(あの状況から彼が生存している可能性は……きっと低い。でも―――)


 可能性は低いが皇雅の生存を確認しなければならない。あの場所のはるか地下深くへ捜索しなければならない。

 そのためには、今よりもっと強くならなければならない。

 それはとても時間がかかることだ。強くなれたとしてもその時はもう手遅れになってるかもしれない。

 それでも縁佳は、より強くなって皇雅を捜し出そうと決意した。


 (もし、甲斐田君が生きていたら、絶対救ってみせる!もし、生きて会えたなら、今度は仲良くお喋りしたい、一緒に戦って親しくなりたい!

だって私は、甲斐田君のことを――)




                   *


 生徒たちの前で、一人だけ声を上げて泣いていた。私だけが感情を吐き出していた。

 マルス王子が甲斐田君を見捨てると決断した時、居ても立っても居られず、私だけでも彼を助けようと降りにいこうとするも、もう時間が無い、間に合わないと周りから止められる。

 そのせいで、彼を助けることができなかった。味方であると、頼ってほしいと言っておきながら、こんな時に何もできずにまた彼を傷つくことを止められず、ついには私たちの前から消えてしまった...。

 今ほど自分の無力さを呪ったことはない。先生でありながら、彼を支えることが全くできなかったことを嘆かずにはいられなかった。

 そして、甲斐田君が落ちていったことを悲しむ生徒が殆どいなかったことが、私の心をひどく痛めた。本当に彼がクラスメイトほぼ全員と仲良くできてなかったのだなと、理解させられた。


 私は認めていなかった。

 甲斐田君が死んだなんてことを認めていない。地下深くのどこかで、生きていると、私はそう考えている。現実から目を背けていると言われればそうかもしれない。でも、そう思わずにはいられなかった。

 みんなと違って恵まれないステータスでありながら、誰よりもモンストールを倒したあの実力。恵まれないなりに工夫して、努力して、自力で強くなった彼なら、きっとどこかで生き残っていると信じている。

 だから、私は強くなって、ドラグニア王国とこの世界を救うとともに、甲斐田君を捜して助けにも行く。ここで私が諦めたら、もう誰も彼を救う人はいない。私だけでも救いに行く。


 そんな決心をした私のもとに一人の生徒が歩み寄る。高園さんだ。


 「美羽先生、私と一緒に訓練させて下さい。...美羽先生も、あの廃墟の地下深い…闇に、また行くんですよね?」

 「...!ええ、もちろん!高園さん...いえ、縁佳ちゃん!甲斐田君は生きている。今は無理だけど、強くなれば救いに行ける。私は諦めないて決めたから!」

 「...はい!私たちだけでも、甲斐田君を助けましょう!」

 「...縁佳ちゃん、あなたは甲斐田君のことを大切なクラスメイトだって思ってくれてるのね。数少ない、彼の親しい友人になれるわ!今度こそ!それとも...恋人かな?ふふっ。」

 「こ...!?私はそんなこと...。でも、仲良くなりたいとは、思ってます...。はい...」

 それを聞いて、私の中に希望の光が灯った気がした。一人でも同じ考えを持つ人がいてくれると、こんなにも活力が湧いてくるんだと感じられた。

 ...甲斐田君にも、こんな仲間がいれば、きっとみんなと――



 この時美羽たちはいずれ、瘴気が充満する地底へ行けるくらいに強くなって、そこを探索して皇雅を救出しに行こうと考えていた。


 しかし、その考えは国の方針によって打ち砕かれる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?