「国王様!私たちを他国へ派遣させるのを、延期させていただけませんか!?」
「私たちはもう少ししたら最初の実戦訓練でいなくなってしまった甲斐田君を捜索および救助する為に瘴気の地底へ探索に行くつもりなんです!」
美羽と縁佳はカドゥラ国王に、自分たちの数日後の他国への派遣を延期するよう嘆願しにきた。
「何を頼んでくるかと思えば……。フジワラミワよ、流石にその申し出を受諾するわけにはいかぬな。死んだ男を捜して何になるというのだ」
「甲斐田君が死んだとは限りません!あの日の彼は落ちてしまったもののまだ生きていました!地底は瘴気が充満していると聞いてますが、甲斐田君ならきっと上手く生き延びて―――」
「いい加減にされよフジワラ」
美羽の言葉をマルス王子が冷淡な声を放ってピシャリと遮った。
「地底にある瘴気は余ら人族と魔族には猛毒。あれに耐性があるのは、世界の敵であるモンストールと魔物…は一部だが、さらには大昔にはいたとされている“屍族”くらいだ。
あの日闇の底へ落ちていったカイダとやらは既に負傷の身だった。さらにはお前たちと違ってステータスが底辺レベル。瘴気に耐える術などないのは明らかだ。
ましてやあれからもう半月程経っている。生きているはずがない!」
「それでも私はほんの少しの可能性を信じて……っ」
「現実を見ろ、常識的に考えろ!あの男はもうこの世にはいない。地底には災害レベルのモンストールがたくさん生息していると聞く。そんなところに落ちた人族が生きているなど考えられない」
尚も食い下がろうとする美羽にマルスは苛立ち混じりに彼女の無謀を指摘する。
「それにそのようなところに行くのはお前たちではまだ実力不足だ。仮にお前たち二人で行くとしても敵は数十体もいる可能性が高い。そんなところにこの国の最優秀戦力であるフジワラとタカゾノを行かせるなどとんでもない。
教え子あるいは同級生を憂える気持ちは察するが……いい加減に諦められよ」
「う、く…っ」
「………」
美羽の申し出は空しくも国王たちには受け入れられなかった。
(第一、あんな戦力にならない男を今更連れ帰って何になるというのだ。またあんな不遜な弱者を抱えるなどまっぴらだというのに。
つくづくこの女には苛つかせられる。何故あんなハズレ者をまだ気にかけているというのか…)
マルスは内心で美羽に呆れと苛立ちの愚痴を漏らしていた。カドゥラも同様の気持ちだった。
口には出していないものの顔にそういった感情が出ていることは、美羽にも分かっていた。
この二人は皇雅のことなど欠片も考えていない。もういない者として扱っている。
何よりも彼らは皇雅という人物を完全に侮蔑しきっている。彼を弱者と断定、国に必要無い人間と決めつけている。彼らの頭や心には彼のことなど欠片も無いことは明らかだった。
「…っ」
美羽と縁佳は悔し気に謁見部屋を出て行った。
「もう甲斐田君を捜しに行くこと……助けることは出来ない……」
「………」
プライベート部屋にて彼女たちは無力感に苛まれていた。国の方針、自分たちの実力不足が原因で皇雅がいるであろう地底へ行くことが出来ないことが確定となった。
「もう…甲斐田君のことは、諦めないといけないのかな……」
「…それは……」
縁佳の弱気な発言に美羽は何も言えなかった。彼女も本当はもう手遅れであると、心の底では微かに思ってはいた。
けれど認めたくはなかった。皇雅がもう死んでしまっていることを本当にしたくないから、空元気をつけて自分を無理に奮い立たせていた。
しかし先程のマルスの言葉でその空元気も沈んでしまった。
「先生、私たちはいったいどうすれば…」
縁佳はただ美羽に縋ることしかできなかった。
その美羽は―――
「……縁佳ちゃん。地底に行くのは、諦めます」
苦渋の顔で、そう言うのだった。
「……!」
美羽の発言に縁佳は驚愕に目を見開く。
「私が言い出したことなのに、曲げることになってしまってごめんなさい。
でも…マルス王子の言う通り、今の私たちじゃまだ最深部には行けないと思う。今行ってもせいぜい中間レベル。災害レベルが生息している地帯にはまだ…」
美羽は震えた声で理由をつらつらとこぼしていく。自分に言い聞かせてもいるようだった。
「私に出来ることは…あなたたち生徒をもう失わせないこと。それしか、出来ない」
「先生…」
縁佳は美羽にかける言葉が見つからないでいた。彼女もまた、皇雅の救助がもう間に合わないであろうと思ってしまっているからだ。
「私たちから甲斐田君の元へ行くことはもうできない…。
なら私たちに出来ることはもう…甲斐田君が生きて戻ってきていることを信じることしかないわ…!
きっと、地上へ戻ってきて、私たちの前に帰ってきてくれると…」
神頼みと変わらない方法だ。美羽自身も自覚している。
しかし彼女たちにはもう祈って信じることしか方法は残されていなかった。
「縁佳ちゃん、他国へ行くというのなら、絶対に死なないで。仲間を頼って、必ず生きてまた会いましょう…!」
「はい、必ず――」
二人はそんな言葉を交わして、数日後それぞれ違う国へ渡った。
皇雅は地上へ戻り、旅をしているということは、彼女たちは知らない。
そして皇雅も、彼女たちが皇雅の救助に行けないことを惜しみ、生還を祈って信じていることに気づいてはいなかった――