翌日からアレンとクィンは、竜人戦士たちと早速実戦式の訓練を始めた。手っ取り早くレベルを上げようと思ったらやっぱり戦うのがいちばんだからな。
屋敷内にある大きな道場でアレンがドリュウと、クィンが他の竜人戦士とそれぞれ模擬戦をしている。この道場にも昨日の勝負で使われたバリアーが張り巡らされている。意図的に壊そうとしない限りはバリアーが破れて道場あるいは屋敷が崩壊することにはならない。
「今更なんだけど、この国って人族の国と似た技術をたくさん取り入れてるよな」
電気や水道、ガスといった生活に欠かせないものはもちろん、食文化や通信技術、衣服といった要素も人族と変わらないレベルで発展している。畑には農作物が育っているし、養殖なんかもやっている。学校もあるらしい。そこで学問や戦いを学んで修めている。竜人がそんなことをしているというのはとても新鮮だった。
「百年近く前だったか。それまでは人族とは疎遠でたまに領地争いをするだけの関係だったのだが、不可侵条約を結ぶと同時に、両種族間の個人同士で互いの文化や技術、魔法を提供し合うことが流行ったらしくてな。それをきっかけに両国の間に情報を提供し合う地を開拓した。お前も知ってるんじゃねーのか、あそこにはドリュウがいたはずだったからな」
情報屋が集まっていたあの場所か。情報屋コゴルの用心棒をやっていたドリュウと会ったのはあそこだったな。
「侮れないものだな人族も。奴らの知識を取り入れたお陰でこの国の生活がさらに豊かに愉快になったのだから。政治や戦いに関しては互いに不干渉を取り続けてはいるものの、文化や技術の教え合いは今もずっと続いている。まあ、人族からたくさん文化と技術を教えられているのに対して、竜人族からはせいぜい戦闘技術や魔法程度しか提供出来ていないらしいが」
俺とエルザレスは道場の端でみんなの模擬戦を眺めながら会話をしていた。
人族と竜人族とは意外と交流があったんだな。人族と言ってもドラグニア王国の人族とだろうけど。因みにハーベスタン王国と友好条約を結んでいる亜人族の文明も人族と変わらないくらいに発展しているらしい。
「はああああっ!!」
「ぬうん!!」
アレンが「限定進化」を発動して体を一回り大きくさせて、ドリュウに打ち込んでいく。
ドリュウも「限定進化」を発動してその姿を変える。尻尾が大きく長く鋭く発達した、肉食恐竜の姿へと変貌を遂げる。某モンスターのハンティングゲームに出てくる、尻尾を刀みたいに振るって攻撃してくるモンスターとそっくりだ。
「鑑定」で彼のステータスを見る。
ドリュウ 50才 竜人族(恐竜種) レベル90
職業 戦士
体力 15700
攻撃 16000
防御 15900
魔力 14500
魔防 15000
速さ 15000
固有技能 竜人斬術皆伝 炎熱魔法レベル8 大地魔法レベル8
光魔法レベル8 気配察知 魔力光線(炎熱 光) 限定進化(発動中)
普通の戦士水準から見ると凄まじいステータスだ。Sランク相当の実力者と見た。最初のクエストで戦ったエーレを単独で倒せそうだな。
「そういや気になってたんだが、竜人族には恐竜種とか蛇種とかって、色々な奴がいるんだな」
昨日勝負したエルザレスは確か蛇種って出てきたな。進化したら蛇型の竜だったしな。
「その通りだ。竜にも種類はけっこうある。まあ亜人や獣人程ではないがな。
種は恐竜種、
中でも蛇種は希少で非常に高い戦闘能力を誇る種だ。この国の長は代々蛇種の者が踏襲することになっている」
爬虫類のラインナップだな。いちばん強いのが恐竜ではなく蛇ってのが意外だったが、蛇って確かに竜みたいなフォルムに見えなくもない。蛇の先祖って実は竜だったのかもな。
「俺たち竜人族は人型の体型でもそれなりの力に自信があるが、本領を発揮する時には身体を変化させる。『限定進化』ってやつだ。とにかく種類特有の姿へ変貌遂げた俺たちは異次元に強い、と言っておこう」
そう言ってエルザレスは自慢げに自分たちの生態を解説してくれる。異次元に強い…確かにそうだな。身をもって知ったことだ。
種類についても…鬼族にも種類があるとアレンから聞いてるし、「限定進化」も見たことがある。あの固有技能は、魔族共通に存在するみたいだな。それも熟練の、修羅場をくぐってきた猛者にしか発現されないのだろう。
「くらって……“
さらに肉体を強化させたアレンがドリュウに「
「ぐ、うう……っ」
完全に力負けしたアレンは数メートル吹き飛ばされて倒れた。同時に元の姿に戻った。ドリュウも進化を解いて元の姿に戻った。模擬戦は終わったようだな。
「ドリュウはこの国の戦士の中じゃあどれくらい強いんだ?」
「……俺を含む全戦士の中では、十位だ。因みに一位は族長のこの俺で、二位がカブリアスだ」
あれで十番目に強い、あと九人も強い奴がいるのか。うち二人はこの族長とその息子のようだが。
「私……ドリュウにも勝てなかった。しかも彼より強いのがあ九人も…。みんな凄い戦気を放っている……むぅー、先は長い」
拗ねるように呟く汗だくのアレンに、お疲れ様と飲み物とタオルを渡す。
さすが「竜」ってところだな。この国の戦士が総力あげて攻めたら、災害レベルのモンストールの群れにも勝てるかもな。
特にエルザレスはこいつらの中では別格だ。あとカブリアスもかなり強い。「限定進化」していない状態で、進化しているドリュウと同じ強さだ。本気出したらどれ程強化されるのやら。
「はあっ!はあっ……!」
「もう疲れちゃった?私はまだまだこんなに動けるよ、人族の黄娘ちゃん!」
「く……………クィン、です!」
一方のクィンも、鍛錬用の剣で女の竜人と戦っている。緑色の髪の若い女性である彼女は、息を乱しているクィンを、犬歯をのぞかせて笑いながら挑発して余裕を見せている。
魔法の使用禁止ルールの模擬戦だからクィンは魔法が使えない。と言っても彼女には「剣聖」という優れた固有技能がある。剣の腕は人族の中ではトップクラスだ。
しかしそんなクィンを以てしても、緑髪の竜人には力が及ばなかった。奴の非常に速い動きで剣を躱され、四方から打撃をくらわされ続けてしまい、やがてクィンはダウンした。
「剣の腕は一流だね。けどそこに“超”をつけないと私には届かないかな」
「はぁ、はぁ………お相手して下さりありがとうございました」
立ち上がって一礼をしてからクィンは俺たちのところへ来た。彼女にも飲み物とタオルを渡して労った。今日の俺はマネージャーだな。
「彼女は序列七位のメラル。獣寄りの恐竜種だ。雷電魔法を纏った武術が得意な奴だ」
メラルという緑髪の女を見ながらエルザレスが解説する。戦い方はアレンと似たタイプだな。
「流石は竜人族。この世界には私を凌駕する人がまだたくさんいるのですね」
クィンは悔しそうにそう呟いていた。鍛錬の初日はアレンもクィンも完璧に打ちのめされたって感じだな。けど経験値はかなりもらえたはずだ。
「さて、俺も戦士たちから戦闘法を学ぼうかね」
俺は強い。でもそれはステータスだけでの話だ。昨日のエルザレスとの勝負で分かったのは、経験が不足していることだ。
今の俺は固有技能に助けられているばかり。自分からもっと色々学ばないといけないと思わされた。
(エルザレスみたいに強くて戦闘経験が豊富の敵と遭遇する可能性がこの先ないとは言い切れない。どんな奴がいるか分からないしな。地底で遭遇した人型のモンストールとか)
ああいう得体の知れない化け物とまた戦うことになるかもしれない以上、少しは戦闘というものを学んだ方が良いだろう。
「というわけで、俺も鍛錬させてくれ――」
こうして俺たちは竜人族と鍛錬を積む日々をしばらく送った。
*
サラマンドラ王国での滞在が十日目を迎えた今日、「その知らせ」は突然やってきた。
朝飯を済ませて部屋でのんびりしているところに、小型の通信機が震動した。誰かが俺にかけてきたんだ。そしてそいつは一人しかいない。
「ちょい久しぶりだな――コゴル」
アルマー大陸で最も有名な情報屋、コゴルだ。異世界転移について何か分かったことがあれば連絡してほしいとのことで、この通信機に奴の番号を登録しておいたのだ。
「もしかして、何か手がかりを掴んだのか?」
『カイダコウガ…。申し訳ないが君が望んでいる情報を提供しにきたわけではないんだ。手がかりは依然として掴めていなくてね…』
なんだ、ガッカリ。じゃあいったい何の情報を提供しにきたんだ?何やら焦った感じが伝わってくる。
『これは僕もたった今知ったことだ。そしてこれは人族である僕たちにとってマズい事態になるかもしれない…。
ドラグニア王国付近に………いやそれだけじゃないな。
アルマー大陸の各地に、災害レベルのモンストールが多数出現した。下手すればアルマー大陸全土がモンストールに侵略されることになりかねない』
「ほーう……?」
物語が、次の段階へ大きく動き出そうとしていた―――