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サイド:ラインハルツ王国 2

 兵士団が使っている道場にて、縁佳と堂丸は汗だくで体の所々に傷がつけられた状態で床に倒れ伏していた。二対一という構図での模擬戦ということで縁佳も参戦したのだが、結果は二人の惨敗だった。


 「堂丸はともかく、縁佳までもが赤子のようにあしらわれるなんて……っ」

 「すごい力…そしてすごく速い……」


 観戦していた曽根と米田はラインハートの実力に驚愕していた。


 「ま、やっぱりこんなもんだったか。これは俺が直々にみっちり鍛え直す必要があるな」


 床に倒れている堂丸のもとへしゃがみ込んだラインハートはにやりと笑った。


 「討伐任務はしばらく後だ。五日程お前たちを鍛えてやる。甘くするつもりはないから覚悟しろよ」

 「ひっ……っ」


 ラインハートの威圧に堂丸は畏怖した。縁佳たちも同様に顔を引きつらせた。


 「よ、よろしくお願いします……」

 「ああ。ようこそ、ラインハルツ王国へ」


 こうして縁佳たちはラインハルツ王国での滞在任務を始めたのだった。




 「ここの兵士団のレベルめちゃくちゃ高いな。やっぱりみんなもラインハートさんのしごきを受けたからかな……」


 任務が始まってから三日後。縁佳たちは今日もラインハートによる鍛錬でヘトヘトになっていた。


 「ドラグニアの兵士たちよりもかなり強いよね。精度が違うっていうか。私、二日前までは普通の兵士にも苦戦しちゃった」


 曽根がやや苦い顔つきでラインハルツの兵士団について話す。彼女たちが本格的な鍛錬を始めて約1週間程でドラグニアの兵士団の誰よりも強くなったのに対し、ラインハルツの兵士団には普通の兵士たちには勝るものの、副兵士団長以上のクラスにはまだ勝ち星をつけられずにいた。


 「この国の兵士たちは凄くレベルが高いね。大国でいちばん兵力が強い国だってミーシャ様から聞いたことあったけど、本当だったんだね」

 「そりゃ当然よ。みんなラインハートにみっちり鍛えられて育ったのだから」

 「あ……マリスさん」


 いつの間にか縁佳の隣に青みがかった黒のセミロングヘアの女兵士がいた。

 彼女は副兵士団長のマリス。高身長でスラッとした体型に四人の少女たちは憧れを抱いている。

 そのマリスの首部分には、人族にはあるはずのない“エラ”がついている。さらに腹周りには鱗があり、背中には背びれがついている。

 そう、マリスは人族ではない。彼女は約五年前にモンストールによって絶滅してしまった「海棲族」の生き残りである。モンストールから逃げ延びて瀕死のところをラインハートに救われてラインハルツ王国の兵士団に入った。誰よりも多くモンストールを討伐した実績を認められて、入団してから1年で副兵士団長に任命された……と、他の兵士から聞いている。


 「仲間たちも私も……モンストールを殲滅することを常に考えて今を生きてきている。みんな、覚悟が他の国の兵士たちと比べて強くて重い。ラインハートによる育成も強さの秘訣だけど、いちばんは気持ちってところね」

 「覚悟……」


 縁佳たちはマリスの言葉に考えさせられる。兵士たちと比べて自分たちはどうか?学生気分は抜けられているか?戦士としての自覚はあるか?

 縁佳は特にそのことを考えさせられた。最近までの彼女が強くなろうとしていた理由は、地底へ消えてしまった皇雅を救いに行くということがいちばんだった。

 もちろんモンストールと戦って殲滅して国や世界を平和にさせるという理念もあったが、その気持ちは果たしてマリスたちと比べてどうであるか。今の縁佳には彼女たち程の覚悟はある自信がない状態だ。


 (それでも私は……)


 縁佳はマリスをじっと見つめて「私も……」と言葉を紡ぐ。


 「私も今はマリスさんたち程ではないけれど、いつかはマリスさんたちのような強い覚悟と気持ちを持って戦います。私にはかつて救うことができなかった仲間がいました。私に彼を救うだけの力がなかったばかりに彼を諦めることになってしまって、無事を祈ることしか出来ません。

 今度はそんなことにならないように強くなって、仲間を誰一人も死なせたくないと、今はそう思ってます」


 縁佳の言葉に四人は彼女が皇雅のことを言っているのだと気づく。自分たちの安全と引き換えに皇雅を犠牲にしたことを、少なくとも曽根と米田は申し訳なくは思っている。

 堂丸は「まだ甲斐田のことを…」と内心嫉妬に近い感情を抱いていた。


 「その年でそこまで言えるのは中々だわ。大丈夫、きっと私と同じかそれ以上の戦士になれるわ、いつかは」

 「はい、これからさらに頑張って強くなります、もっと…!」


 マリスからアドバイスをもらった縁佳は、気持ちを新たに鍛錬に励むのだった。


 そして滞在十日目。あれから五人はラインハートやマリスから厳しくも実りのある修練を積んで、モンストールの討伐任務にも加わって、勝利を収めて成長を遂げていった。



 しかし任務を終えて王宮に帰還した縁佳たちに、ドラグニア王国から急報が入った。


 「Gランク以上のレベルのモンストールが大量出現……!?」


 五年前以来の大規模な侵攻が起ころうとしているとのことで、縁佳たちにドラグニアへの帰還が命じられたのだ。国に戻って残りの救世団のメンバーたちとともにモンストールを迎撃して討伐せよ…と。


 派遣期間がまだ終わっていないこともあって縁佳たちを帰還させることを少々渋ったフミル王だったが、縁佳たちの懇願に折れて船を提供した。


 「ここからアルマー大陸に戻るのに数日はかかるが、それでも行くか?」

 「はい!私はもう、クラスの誰かを死なせたくないんです!!」

 「分かった。俺やマリスはここから離れるわけにはいかないから、部下を数名同行させる。友達を助けてやれ」

 「ラインハートさん、ありがとうございます!またこの国に滞在する機会があれば、鍛錬のお相手お願いします!ラインハートさんやマリスさんにはまだまだ及ばないので」

 「そんなことないわ。少なくともヨリカは私と張り合えるレベルになれてるのだから」


 港でラインハートとマリスに見送られながら、縁佳たちを乗せた大型船はアルマー大陸に向けて出航した。


 「異世界から召喚された若者たち……か。、また彼らをこの世界の敵と戦わせるのか…。そういう宿命なのか」


 ラインハートは遠ざかる船を見つめながらそんなことを呟いた。

 マリスは彼の発言に不思議そうにすると同時に、ふと部下の誰かが自分にこんな話をしてくれたことを思い出した。




 ―――ラインハートはいったい何歳なのか誰も知らない。高齢を理由に退役した元兵士たちがまだ新兵だった頃から、ラインハートは兵士団長を務めていたらしい……

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