皇雅たちがサラマンドラ王国での滞在を始めた同時期。
世界の東方に位置しているオリバー大陸。そこに位置している人族の大国「ハーベスタン王国」。
ハーベスタン王国は人族の大国の中では軍事力が最も劣っている国とされており、モンストールの侵攻によって領地も縮小していく傾向に陥っている。
しかし近年、戦力の拡大策として魔族である亜人族と友好条約を結ぶとともに戦力も提供し合うようになったことで、ハーベスタンの軍事力は回復しつつある。最弱国というレッテルはいずれ無くなる可能性が高いだろう。
友好条約を結んでいることもあって、亜人族もこの国に住んでいる。人族と魔族間で唯一交流が深い国だ。
とはいえ、亜人族側も自国の防衛という面で兵を多くは割けないということで、あまり依存はできず、ハーベスタン側の軍事力拡大が求められている。
現在ドラグニア王国でいちばん戦力があるとされている異世界人……救世団のメンバーである藤原美羽がこの国に派遣されたのは、即戦力を求められてのことだろう。
「壁がいっぱい……。あれだと日光が遮られてそう」
美羽が言った通り、国へ入る為の門を起点に堅牢な石壁がぐるりと展開されている。さらに上には東京ドームの屋根のような天井が造られており、この国を包むような形となっている。そのため日光がほとんど遮断されてしまう造りになっている。
「三年程前からでしょうか。モンストールの侵攻を防ぐ手段としてこの国にはこうした堅牢な壁が設置されるようになったんです。他の大国と比べてここハーベスタン王国はモンストールの被害がいちばん深刻だったのが原因です。石壁には全て“魔力障壁”が纏っていて、上位レベルの敵の攻撃だとビクともしない強度を誇っています。
空を覆うような天井まで造られているので陽が当たる時間帯は真昼頃くらいです。それゆえハーベスタンは“夜が長い国”とも呼ばれています」
案内人の説明に美羽はへぇーと関心の意の声を漏らす。同時に若干の不安も抱いた。
(ドラグニア王国と比べてここはまるで要塞。ここまでするくらいにまで追い詰められているってことになる……。私一人が来たところでこの国を完全に安心させることなんてとても……)
オリバー大陸に上陸してからの美羽には、重いプレッシャーが乗っかっていた。それはハーベスタン王国の姿を目にしたことでより重くなっていた。
案内人とともに門をくぐって入国する。門の外からは異様な見た目をしていたが、国内はありふれた光景となっていた。普通の街並み、冒険者ギルド、娯楽施設があちこち、緑がある地域、そして中央には王宮。
その中で美羽が特に目を惹いたのは、道ゆく人々だった。
「人族、じゃない?あれは確か……」
「実際に目にしたのは初めてでしたか。あれが、“亜人族”です」
すれ違う人々の中には、発達した爪や牙、翼などが生えた人間が混じっていた。彼らこそが、魔族の亜人族である。
その主な人種はサキュバス・半獣人・半竜人・半魚人などである。魔族の中では人種が最も多い種族となっている。
大昔にオリバー大陸に住んでいた人族と魔族とが一緒に過ごしていた時代があり、それらの間に生まれたのが、亜人の先祖となり、その血が薄まることなく今日まで続いてきたのだとか。
いうなれば、亜人族は人族と多種類の魔族との間から生まれた種族ということになる。それ故に亜人族とこの国の人族とは、親交が深い仲になっている。
(牙や翼、鱗さえなければ、彼らも私たちと変わらない見た目だわ…)
すれ違う亜人たちに好奇の目を向けながら王宮に案内される。
謁見部屋にて挨拶が行われる。王座には煌びやかな衣装を纏った老人が座っており、美羽に感じの良い作り笑顔を見せた。
「此度は我が国へよく来て下さった。我はニッズ・ハーベスタンと申す。フジワラ殿のことはカドゥラ国王から聞いておりますぞ。回復術師でありながら現ドラグニア王国の最有力戦士であると。そんな貴殿がこの国に来てくれたこと、非常にありがたい」
「あはは……国王様がそんな丁寧語を使う必要は―――」
国王の謁見を終えた後は、与えられた部屋で休んだり、案内役の兵士とともに国を案内してもらって観光をしたりなど、その日の美羽は心身を休めた。
その翌日から美羽は、兵士団とともにモンストールの討伐任務に参加した。
上位レベルのモンストールが数体、国の近くに出現したというので、美羽を筆頭とした兵士数十名でこれらを討伐した。本来ならヒーラー職は中・後衛に位置して味方を適宜サポートするというのが戦闘の基本なのだが、高すぎる能力値と強すぎる戦闘系固有技能を有する美羽は例外となり、彼女は常に前衛として戦うこととなっていた。
そのまた翌日も、国から離れた村の近隣にモンストールの住処ができたとの報告を受けて遠征討伐軍を編成して向かい、モンストールを全て殲滅させた。
(上位レベルならもう苦戦することなく倒せるようになれた。兵士さんたちとの連携もすぐに出来るようになったし、団体でならSランクがきてもきっと……)
数度の討伐を経たことで美羽に自信がついてきた。ハーベスタン王国領域での討伐任務によってさらに成長したことを実感している。今まで以上にモンストールを容易に討伐できるようになっていた。
(でも……モンストールが討伐しやすくなっている理由は、私の成長以外にもある)
美羽の戦力以外にも、討伐に大きく貢献したものがある。それは……「軍略」だった。
討伐任務が出る度に、討伐隊には軍略が毎回伝えられており、その通りに動くことで全て成功に導かれていた。
必勝の軍略は、王国に直接仕えている一人の軍略家が練ったものだと兵士から聞かされる。その者が練る軍略は非常に優れていて、世界中の軍略家の中でもその人の右に出る者はいないと言われているそうだ。
そんな優秀軍略家がいながら衰退の一途をたどっているのは、単純な話、武力が足らなさ過ぎることに限る。どんなに優秀で卓越した策を練れても、それを可能にする力が無ければ意味が無い。
だから美羽がこの国に来た時、とても優遇されたのだ。
「ミワ殿程の戦力と我が国が誇る軍略家が合わされば、敵無しです!」
「けどミワさんはあと数日でドラグニアへ帰るんだろ?嫌だなー」
ハーベスタンに滞在してから五日経った頃、彼女が任期が終えれば帰ってしまうことを嘆いている兵士たちに、美羽はずっと気になっていることを尋ねる。
「ハーベスタン一凄いと言われている軍略家ってどんな方なんですか?」
「あー……自分は見たことないのですが、女性だと聞いております」
「女性なんですか!?どんな人なんだろう……」
「普段から人前に姿を見せないから兵士団のほとんどが彼女の素性を知らないでいるんですよ。引っ込み思案なのか警戒心が強いのか、理由は分かりませんが」
兵士たちの話を聞いた美羽はよりいっそう軍略家のことが気になったので、その日の国王たちとの食事会に、軍略家と会わせてほしいと頼んでみた。
その翌日の夜、ニッズ国王の計らいで軍略家と食事する機会が設けられたので、美羽はその時にようやく軍略家と顔を合わせた。
「初めまして、フジワラミワさん。この度は私をこのような食事会にお招きいただきありがとうございます。
私がハーベスタン王国直属の軍略家を務めている――カミラ・グレッドです」
白いローブ服を纏っていて、緑色のセミロングヘアーを二つ括りでまとめた髪型で、小さめの丸レンズ眼鏡をかけているやや小柄な女性……カミラ・グレッドは、美羽に丁寧なお辞儀をして挨拶と自己紹介をした。
(この子……いや、この人が世界トップレベルの軍略家……)
美羽はカミラの全体像をジッと見つめた。見た目からして十代後半台。身長はミーシャ王女より少し高い。
しかし何よりも、彼女の体で目立っているものは……
(―――私より、大きい……!?)
ローブ服越しでも分かるくらいはっきりとした胸のふくらみ。美羽は無礼であることも忘れてカミラの胸あたりを凝視していた。
(最近、縁佳ちゃんにも負けてるって気づいたところに、まさかこの人にまで負けるなんて…!明らかに年下っぽいのに)
「あの、フジワラさん?」
急に美羽が黙って自分の体を凝視し始めたことに不審に思ったカミラが声をかける。
「あっ………大変失礼いたしました!こちらこそ初めまして!ドラグニア王国から短期の討伐任務で参りました藤原美羽です」
我に返った美羽は慌てて自己紹介を返してカミラと握手する。二人ともテーブル席に着いて、用意されているグラス(ワイン入り)を持って乾杯をした。