移動の途中、俺はずっと視線を感じていた。いくつもの視線を感じていた。
視線の主は分かっている。このクエストで生き残った冒険者どものだ。そういえば冒険者たちの犠牲者数は奇跡にもゼロだったそうだ。死んだのはドラグニアの兵士だけだとか。群れを分割させて戦ったことが大きかったそうだ。それでも死んでいった兵士どもは、よほど勝手を犯したんだろうな。愚かだな。
で、周りの冒険者どもだが、俺に向ける視線はあまり良いものではなかった。
「赤い髪の娘を背負っている少年、あいつがそうだ。一人で四体のGランクモンストールを瀕死状態まで追い込みやがった」
「いや、俺あいつが戦っているところ見たんだが、あれは余裕で殺せていたはずだった。死なないようわざと加減していたんだ。手を抜いてGランクを死寸前にまで追い込んだんだぜ」
「なんなんだあいつは?災害レベルの敵を何体も同時に圧倒するなんて、普通じゃねぇぞ」
「モンストールよりも化け物だぜあいつ……恐怖さえ抱いてしまう」
「そうは言うけどよ、あの少年が来なければ俺たち全滅してたんだぞ」
「ああ、感謝くらいはしないと……命を救ってくれたんだからな。というわけだから、誰か礼を言ってこいよ」
「嫌だよ、なんか近寄り難いっていうか。あんな化け物みたいな戦い方を見てしまったしな……」
遠巻きに俺を畏怖するような言葉が飛び交っている。俺を気味悪がっている奴、怖がっている奴ばかりだ。中には感謝するべきだっていう声も聞こえるが、誰もそのことを俺に伝えようとはしない。
(はぁ、やっぱり異物扱いされるか)
まあ予想できたことだ。俺のこの力はこの世界の常識から外れたものなんだろう、人族の世界では特にだ。恐らく有史始まって以来の怪物が俺なんだろうな。
まあどうでもいい、こんな奴らからどれだけ嫌われて避けられようが何の苦痛にもならない。
そういうわけで俺は周りの声や視線を気にすることなく病院施設へ向かった。
アレンたちの奮戦のお陰で村の被害は大したものにはなっていなかった。中心部なんかは無傷だ。そこに病院施設があり、中もしっかり整っていたので遠慮なく使わせてもらった。
村に残っていた民の中から医療の知識と経験がある奴を呼んでもらい(俺が行くと色々こじらせてしまいそうだったから)、アレンたちとついでに他の冒険者どもの治療を任せた。
(うーん、人を治すのって難しいな…)
アレンの負傷した脚の治療を手伝いながら内心で呻く。これまで俺は多くの敵から固有技能を「略奪」してきたのだが、「回復」系の固有技能は手に入れていない。どれも敵を殺す為のものしかない。治すのではなく壊すしか能が無い俺だ。
「回復」という単語が頭に浮かぶと同時に、その固有技能を使いこなしていた人物をうっすら思い出す。かつて俺のクラスの副担任をしていた奴だ。もう会うこともないだろうそいつのことを、この時何故か思い出してしまった。
「アレン、傷はまだ痛むか?体力は戻ったか?」
余計な思考を止めてアレンの治療に意識を集中する。右脚の傷はけっこう深いものだった。モンストールの牙で貫通されたと聞いた。出血量は命に関わる程ではないものの、歩くことは無理な状態だ。
しかもアレンが負ったのは物理的ダメージだけではなかった。アレンに深手を負わせたモンストールの牙には闇属性が付与されていて、それによって体力と魔力が著しく枯らされたらしい。心身ともにアレンはかなり負傷しているってところだ。
「うーん……右脚はまだ動かせないかな。体力と魔力も、元に戻せるまでだいぶ時間がかかりそう」
アレンは強がるようなことはせず冷静に今の自分の状態を分析して正確に診断した。よく見ると顔色が若干悪いな。闇属性の魔力をかなり流し込まれたそうだな。
「アレンの体内には敵の魔力がまだ入っている状態らしい。回復薬を摂取することで消すことができるらしいけど、けっこう時間がかかるみたいだ。すまんな、俺に回復系の技能があればすぐに快復させてあげられたのに」
「ん、気にしないで。コウガのお陰でみんな失わずに済んだし。災害レベルの群れとの戦いでこれくらいの傷で済んだのはとても良い方だったから」
そう返したアレンの言葉は本心から出たものだろうなと、彼女の顔を見て思った。アレンたち鬼族は前にも今回と同じくらいの規模の敵に里を襲われて、大勢の仲間たちと里そのものを滅ぼされたって話だった。対して今回は誰一人として犠牲者を出さなかった。そのことがアレンにとってはすごく嬉しくて安心したんだと思う。
「それより、コウガ。クィンたちにモンストールたちの止めを刺させたって聞いた。わざと死ギリギリの状態にさせて、みんなを強くする為に残したんだって。私も、止めを刺したかった…」
アレンは少しむくれた顔で俺をじとーっと見つめる。けっこう拗ねてる感じだなこれ。
「悪い…。アレンだけ全く動けなかった状況だったし、仕方なく……な。その代わり今度は一緒にああいったレベルの敵と戦おうぜ。いっぱい戦って強くなろう。俺がついてやるから」
「コウガと一緒に?二人で……?」
「ああ二人でだ。コンビ組んでモンストールや魔物どもを狩りまくろう」
「………うん。二人で一緒に、コウガとペアで…!約束だよ?」
「ああ。次は必ずだ」
アレンは大変満足したらしく、頬を少し赤らめて緩んだ笑みを浮かべた。機嫌を悪くさせずに済んだようでよかった。
慣れない治療作業を済ませてアレンを安静にさせる。この状態だと明日も休ませる必要がありそうだ。今日含めて二日くらいはこの村に泊まろうか。明日には残っているモンストールの群れがドラグニア王国を襲ってそうだな。
あんな国がどうなっても俺には関係無い。助けに行く価値も無い。まあほんのレベル上げとして、後日ゆっくり討伐しに行くのもありだとは思っているが。まあ案外連中が群れを返り討ちにする可能性もあるかもな。
そんな考え事をしていたら向こうからこちらに近づく気配がしたので見ると、クィンが俺のところに来た。
「コウガさん……改めて、私たちとこの村を救っていただき、ありがとうございます」
クィンはぺこりと丁寧にお辞儀をして礼を述べた。
「そんなにかしこまらなくてもいいぞ。クィンたちも俺にとっては知らない仲だし。むしろ一緒に旅をしているパーティメンバーだしな。目の前でピンチに陥ってたら助けるさ」
「パーティですか、嬉しいです。ですがここは、兵士としてのお礼を言わせてください。さっきのは私個人としてのお礼でしたので」
さっきってのは戦場でのことか。兵士としてって、いちいち律儀だな。
「………アレンさんの負傷の原因は、私にあります。モンストールと打ち負けて不覚を取ったところを襲われて、そこをアレンさんが助けてくれたんです。結果彼女があのような傷を負ってしまいました。アレンさんが割って入ってくれなければ私が今のアレンさんのようになっていたか、殺されていたのかもしれません…。私が未熟だったばかりにアレンさんを窮地に立たせてしまいました」
クィンは自責の念にかられた様子でアレンが負傷した時のことを語った。クィンの肩に手を置いて話を続ける。