その翌日も、誰もいないタイミングで甲斐田君に声をかけて、勉強はどうか?この時期になると部活での大会もうすぐ?など学校のことや、休日はどう過ごしてる?本はどんなもの読むの?などプライベートにも少し踏み込んだ雑談に挑戦してみた。もちろん先に私の方から色々彼に明かした。
無視するのは悪いと思ったのか、甲斐田君は初めは渋々といった感じで学校のことを、だが日を重ねるごとにプライベートのこともよく答えてくれるようになった。
(成績席次一位!?凄い!勉強よく出来るんだね!)
(陸上部短距離……ええ!?100m10秒台で走れるの!?200mは…ゴメン、あまり分からないや)
(ラノベ……聞いたことあるけど私読まないかなぁ。おススメ教えてくれない?えーと、精霊である女の子をデートに誘ってデレさせて世界を救う作品に……普段はロクでなしな先生だけど、いざという時にはもの凄い力を発揮して外道魔術師たちと戦う作品?あはは、何それ?でもなんか面白そう!)
(そっか……クラスのみんなと遊んだあの日も、家で読書やゲームしてすごしてたんだ。あ、そのゲームなら私も今遊んでる!対戦中々勝てなくて……えっ、前シーズンのランクマッチ順位、10位までいったの!?パーティ編成と戦略のコツ教えてよー!)
などと、私も甲斐田君のラノベ趣味がうつったり、ゲームトークしたりなど、オタクな一面を見せていった。その甲斐あってか、彼の顔から警戒とか無関心とかが貼りついたような負のオーラが消えていく感じがした。
それにしても、甲斐田君のスペックが凄い…。文武両道で(大学は偏差値高めの私大狙いで部活はインターハイ出場を期待されているレベル)ライトノベルや漫画への愛が深く、ゲームも強い。中々いない男子高校生である。
ある時、昼休み一緒に食事どうかと誘ったのだが、意外な答えが返ってきた。
彼は部活仲間たちと食事しているとのこと。しかも後輩とも一緒の時や、たまに後輩女子とも一緒の時もあったりとか。
私はこの時になってようやっと気づいた。彼はクラスでは孤立しているが、学校全体でみると、ぼっちでも孤立無援でもないということ。ちゃんと気の知れた仲間がいるのだということを。私は勘違いしていたのだ。
それを察したのか、甲斐田君は私を見てこう言った。
(だからさ、俺は全く学校生活に困っていない。部活があるから。あの“収容施設”では確かに問題児に見えるかもしれないけど、あそこ以外での俺は、うまくやれてるから、大丈夫ですよ。あんなクラスなんて、もうどうでもいいと思っていますから)
その目は、初めて見た時の、全てがどうでもいい、諦めさえ感じられるもののそれだった。
私と会話している時も、甲斐田君が楽しそうに笑ったりするところ、笑顔になってるところさえ見たことない。まだ、私には心を完全に開いてくれてはいないのだろうか。そういうことを少し聞いてみたら、
(藤原先生とのああいう会話は面白いと思ってますよ。俺の趣味内容をこうして誰かと生で話し合える人は今まで全くいなかったから。だから、“感謝”してますよ)
と答えてくれた。
感謝……彼からそんな言葉が出てきた時は嬉しく感じられた。私は彼の良き話し相手になれていて助けになっていたと、そう思えた瞬間だった。
だからこそ、私は残念に思う。話してみるととてもいい子なのに、クラスではあんなに孤立しているのだから。彼はもうクラスと和解する気は無いらしく、浜田先生も匙を投げた状態だ。ここで無理に和解させようと動いたら却って傷を深く広げるだけかもしれない。
それに、未だに甲斐田君の笑顔を見られていないことも、何とかしたいと思った。
六月中旬。この日は高校陸上の地方規模の大会…全国インターハイへの出場がかかった大会だ。その大会に、甲斐田君が個人種目とリレーに出場する。
顧問でもない私は陸上部の顧問にお願いして同伴させてもらって応援観戦した。
甲斐田君は個人種目(200mだった)で入賞し、全国インターハイ出場を決めた。さらにリレーも出場枠ギリギリの順位でゴールして同じく出場を決めた。
その時私は見た。彼の――
甲斐田君の歓喜に満ちた、生き生きとした笑顔を。
同じ三年の部員たちと肩をたたき合って喜ぶ姿、後輩男子たちに尊敬され慕われている様子、後輩女子から熱っぽい視線?………で見つめられていたりなど。そういった光景を見た私は、安心した。
ああ、これなら大丈夫だと。こんなに喜びを分かち合えて、感情を表に出せる仲間がいるなら、彼はもう心配無いじゃないかと。
クラスのことは残念だけど、それは私が色々支えてあげよう。
大会が終わり、顧問が来るまでの間、三年生男子に甲斐田君のことを聞いてみた。クラスのことは皆知っているようで、その上で全員彼から離れようとはしていなかった。
甲斐田君の、熱心な練習態度や後輩の面倒見の良さを間近で見てきた彼らは、彼の内面をある程度分かっているようだった。後輩たちも同様な意見だった。約一名、どこか恥ずかし気に照れながら話してくれた子もいたけど…。
集合解散した後、女子部員たちにつかまって色々会話に花咲かせていると、甲斐田君が一人帰って行く姿を目にする。一人だけど独りではないと理解している私は、その背を微笑ましい目で見つめていた。
週明けの全校集会で、甲斐田君が校長先生に大会の表彰授与されたのだが、授与後に生徒たちは拍手を送ったのだが、三十数名、彼に拍手を送らなかった子たちがいた。三年七組、担任クラスの子たちだ。その光景を見た私は、やっぱり心が痛んだ。クラスメイトの活躍に対し何もリアクションしないなんて。教師陣は事情知っているのか、拍手しながらも苦々しい顔を浮かべていた。
ただ、七組の中に音を立てずに拍手の動作をしている子がいた。高園さんだった。あと……米田さんと、曽根さんも高園さんよりも小さい動作で同じことをしていた。彼女たちなら、甲斐田君と和解できるかもしれない。せめて彼女たちだけでも甲斐田君と仲良くしてくれるよう、今度コンタクトを取ろう。
そんなことを考えていた私だったけど……その機会は失われることになってしまった。
翌月のあの日、私と七組の生徒全員が眩しい光と妙な紋様に包まれながら、別の世界へ召喚されて―――