サント王国 連合国軍司令本部―――
「あれは……コウガさん!?」
連合国軍の参謀を務めているミーシャは、固有技能「遠見」を付与させた水晶玉を戦場各地へ飛ばしていた。それらによって各戦場の状況を把握して時には近くにいる兵士に指示を飛ばしてもいた。
少し前まではどの戦場でも連合国軍が窮地に陥ってしまいどうしようか悩んでいたところに、皇雅がサント王国に突然出現して大いに驚かされた。
「………旧ドラグニア領地から現れて、連合国軍のピンチを救ってくれた、ですか……。それで次はこの国を……………」
旧ドラグニア領地にも飛ばしていた水晶玉越しから報告を聞いたミーシャは、水晶玉から皇雅の姿をジッと見つめている。
「来て下さったのですね…。あなたが何を思ってここに来てくれたのかは分かりません。ですが今は、あなたが救援に来てくれたことにただ感謝するしかありません。
ありがとうございます、コウガさん…!」
ミーシャは頬を少し赤くさせて、水晶玉に映っている皇雅に感謝の言葉を述べた。
*
「は……?な、何で甲斐田がいきなり!?」
「………甲斐田君、どうして……?」
女魔人族と対峙しているように見える堂丸勇也と召喚獣らしきものに守られている米田小夜も俺に気付いて驚愕している。もう一人中西晴美もいるが戦意を失いかけている。あの魔人族に心を折られたみたいだな。
「甲斐田君……相手は“序列”を持った魔人族って、名乗ってた」
「そうみたいだな。ステータスが今日遭遇した魔人族の中でダントツに強いもんな」
そう言いながら前面で構えている女魔人…ジースを「鑑定」する。
ジース 118才 魔人族 レベル299(限定進化 発動中)
職業 ―
体力 45005000
攻撃 38503500
防御 27500000
魔力 15435000
魔防 25017500
速さ 37500000
固有技能 黒き翼 夜目 瘴気耐性 怪力 瞬神速 絶牢 危機感知 気配感知
見切り(+予知) 魔法全属性レベルX 魔力光線(炎熱 水 嵐 雷電 暗黒)
限定進化
(これが“序列”持ちの魔人族の能力値か。半年前に戦った分裂体ザイートやウィンダムを凌駕している。こんな化け物相手にこいつらよく今まで生きていたな)
高園にちらと目を向ける。彼女の体力と魔力は残り2~3割くらいしか残っていない。そんな状態で戦おうとしたら間違いなく死ぬだろう。
「選手交代だ。こいつは俺が退けるか仕留める」
それだけ言い残すと前へ跳んでジースと対峙する。
「か、甲斐田……お前」
「堂丸か。テメーこれ以上あいつと戦えるのか?俺の予想だとテメーらがこれ以上あいつと戦うと、殺されるぞ」
そう言うと堂丸も自覚していたのか、俺から数歩下がる。米田も下を俯いて何も言わない。
「あの魔人族だけは俺が相手してやる。テメーらは周囲の魔物どもを狩ってろよ。それくらいはできるだろ」
「……!お前なんかにそう言われるのは凄く腹がたつけどな……っ」
堂丸はそう言いつつも大筒に弾を装填すると俺から離れていった。
「突然現れた貴様が相手ってわけ?戦気が全く感じられないひ弱な貴様が」
「何も感じない、か。相変わらず俺はそういう奴なんだな」
俺が呟いているとジースの周囲から無数の黒い羽が飛んでくる。一本一本が兵士を簡単に殺せる威力をもっている。
――キキキキキンッ
即座に日本刀で武装してそのまま黒い羽を全て斬り落とした。
「何だと…?」
ジースの顔にわずかな驚きが生じるが、すぐさま俺に接近してくる。彼女の体には黒い帯状のようなものが纏わりついていて、それによって肉体強度を極限にまで高めている。物理戦を仕掛けてくるようだ。
脳のリミッター 5000%解除
彼女を相手に温存はあまりできまい、だが限界ギリギリまではまだ解除しない。今はこれくらいでいこう―――
ガキィイン
俺の腕とジースの拳が激突する度に金属同士がぶつかる音が響く。
「………!!」
この打ち合いは俺の力が上回り、ジースにダメージを負わせる。自分が負けると思ってなかった彼女はわずかに狼狽し、俺から離れてから魔法攻撃を放つ。
“
大きな黒い翼から雷と嵐が混じった羽を超音速で飛ばしてくる。
“
対する俺は腰を落とした体勢から、嵐の魔力を込めた渾身の掌底突きを放って衝撃波を発生させる。それでジースの緑や黄色の黒羽を悉く消していった。
「おのれ……!」
“
続いて束ねた翼に黒い炎を纏わせて、バズーカ砲のように放ってくる。その規模は大きく、巨大な黒炎の翼が俺を燃やし切り刻もうとしてくる。
俺は両手に水・大地・重力の魔力を発生させて全て複合させる。俺の周囲に強力な重力が発生して地面がわずかに陥没する。やがて全てを凝縮して結晶化された爆弾が完成されて、間髪入れずにそれをジースの魔法攻撃に投げつける―――
“
――――――
爆弾が翼に触れた瞬間、常人なら耳が壊れるであろう爆音が響いた。続いて幻想的な爆発現象が発生する。後ろにいる高園たちに被害が出ないよう「魔力防障壁」を展開して防いでやる。
「ぐ、ああああああ………っ」
ジースは爆発の余波……放射線をくらってさらにダメージを負っている。余波の勢いに押されて後方に吹き飛んでいった。
「なん、だ………あの力は……!?私が圧倒されただと!?」
数百メートル吹き飛ばされたジースは体のあちこちに火傷を負ってボロボロ状態となっていた。
(近接戦の時もそうだ、あのガキの存在感、プレッシャーが突然跳ね上がって、とんでもない力を発揮していた……)
よろよろと起き上がったジースは冷や汗を流して、やがてあることに気付く。
「まさか………奴が、ザイート様が仰っていた例のイレギュラー、屍族もどきの!?」
彼女がそれに気づいた直後、目の前に皇雅が降り立った。
「………!!」
「まだやるかい」
飄々とした顔の彼からはさっきまでは感じられなかったプレッシャー、そして恐怖させるオーラを感じさせた。
(この黒髪少年が、ザイート様が最も警戒している異世界から来た……っ
私では、敵わない!!)
そう悟ったジースは「限定進化」を解いて撤退の意思を見せた。
「貴様の抹殺は私には不可能だ。ベロニカ様、ヴェルド様…そしてザイート様にしか務まらないだろう……。ここは退く」
このまま追い討ちされて死ぬかもしれないと腹を括っていたが皇雅からの追撃はいつまで経ってもこなかった。即座にこの地から消えようとしたところに――
「テメーら魔人族がこれ以上侵攻してくるってんなら、俺がテメーら全員ぶっ殺してやる。ザイートの野郎にそう伝えておけ」
皇雅からそんな言葉をかけられた。ジースは怒りの眼を彼に向けるとその場から消えるように退散した。
*
「サント王国ももう大丈夫だろう」
ジースがこの地から完全に消えたことを確認してから元クラスメイトどもとガビル国王の無事も確認しにいく。ジースを殺さなかったのは時間が惜しいからだ。彼女レベルの敵とあのまま死ぬまでやり合っていたらかなり時間がかかっていただろう。次のところにも行かなければならない今、時間を割くわけにはいかない。だからあえて彼女を逃がしたのだ。
「魔人族はもういなくなった。ここでの戦いもあんたらの勝ちで終わると思うぞ」
「カイダコウガ……私がまだ生きていられているのは君が駆けつけてくれたお陰だ。本当に感謝している」
ガビルは国王としてのプライド関係無しに、俺に頭を下げてきた。クィンも助けたから無事だとついでに言ってやると再度俺に頭を下げて礼を述べてきた。
「甲斐田君!!」
曽根に支えてもらっている高園が俺に何か言いたそうにしている。曽根も同じ様子だ。
「急いでるんだ。話ならまた後で聞いてやる。んじゃ――」
それだけ言うと「瞬間ワープ」に次の行き先を念じると、高園たちの前から姿を消した――
「き、消えやがった。何だったんだあいつ……」
「でも、甲斐田君のお陰で私たち助かった…」
堂丸と米田が疲弊しながら色々呟く中、縁佳はさっきまで皇雅がいたところをずっと見つめていた。
「いきなり現れたと思ったら私たちがピンチだったところを救ってくれて。そしたらいきなり消えるんだから。まったく、私たちにも礼の一つくらい言わせなさいよ」
曽根は不満そうにしかしどこか嬉しそうな声音で独り言をもらす。彼女に支えてもらっている縁佳も嬉しそうに、そして慕っている人に会えた人のような顔をしていた。
「ありがとう皇雅君、また会えて本当に良かった……!」