サラマンドラ王国―――
「ぐっ………俺としたことが、まさか貴様ら如きに不意を突かれるとは……っ」
魔人族ヴェルドは苦々しい顔で右手を押さえている。「魔力光線」を放つ直前だったためその手はまだ魔力の残滓がついている。彼が睨みつけた先には複数の戦士が攻撃態勢をとっていた。彼の後ろにも数人いる。そして戦士たちは竜人族ではない――
「ギリギリ間に合って良かった……!」
アレンは額に汗を滲ませて呟く。ここに来た増援は全員鬼族だ。数分前に皇雅によってアルマー大陸に連れられて、そこから全速力でここまで来たのだ。アレン、彼女や皇雅とこれまで共に旅してきた鬼戦士たち全員が竜人族を助けるべくここに集結した。
「お前、たちは……!」
アレンたちを目にしたエルザレスは予想外の増援に目を見開く。
「鬼族の生き残りか。まさか貴様らがかつての宿敵であったはずの竜人族を助けに来るとはな」
「竜人族とは今は同盟関係。お前ら魔人族を絶滅させるまでの間だけど」
「なるほど。それで、この俺を相手に貴様らだけでどうこう出来ると思っているのか、舐められたものだ…!」
「「「「「―――――ッ」」」」」
ヴェルドから凄まじい魔力と殺気が放たれてアレンたちは思わず声を漏らす。
(あのエルザレスとカブリアス、それにドリュウまで瀕死状態に……。この魔人族、里で戦ったのとは次元が違い過ぎる!“序列”持ちなのは確実)
「限定進化」を発動して油断なく構えるアレンたち。ヴェルドは魔剣を生成して構えを取る。しかしその直後にヴェルドの姿が変わる。
「…………っ!」
「!」
悪魔を思わせる姿が元の人に近い姿へと退化したヴェルドにアレンたちは微かに驚く。
「ち……っ さっきの大技のせいで“限定進化”の限界を早めてしまったか。竜人族の最強格の戦士どもの相手に、思った以上に消耗させられたようだ」
明らかに疲弊した様子を見せてしまうヴェルドは忌々しげに舌打ちすると魔剣を消失させて空を飛ぶ。
「父上の命令を遂行出来ずに終わるのは非常に癪だが、弱ったこの状態で貴様ら全員と相手どるのもさすがに厳しい。ここは見逃してやろう、下等な魔族ども」
「逃げるの間違いじゃないの?」
ソーンの挑発にヴェルドは殺意を滲ませた眼光を向ける。ひと睨みされたソーンは顔を青ざめさせ、キシリトが彼女を庇うように前に出る。
「貴様ら鬼族も竜人族も、俺が滅ぼしてやる。せいぜい今のうちにその残り僅かとなった人生を楽しんでいろ…」
それだけ言い残すとヴェルドの姿は空に溶けるように消えていった。彼の戦気が完全に遠ざかって感知しなくなったのを確認したアレンたちは進化形態を解いて元の姿に戻って一息つく。
「あの魔人族がもし万全な状態だったら、私たち全員でかかって果たして勝てていたかどうか…」
「うん。あれが“序列”の、それもかなり上位の魔人族……。半年前のコウガと同じかそれ以上のレベルだったわね」
ルマンドの言葉にセンも同意する。皆がヴェルドの強さと脅威に焦る中、エルザレスが欠損した右腕を押さえながらどうにか立ち上がる。
「奴は“序列2位”と名乗っていた……。ザイートに次ぐ強さなのは間違いないだろうよ……」
あまりにも痛ましい姿をしたエルザレスを見たアレンたちは息を呑み、次いで彼の介抱にかかる。ギルスとガーデルはカブリアスを、キシリトとスーロンがドリュウをそれぞれ介抱する。
全身に斬り傷を負って出血がひどいカブリアスと尻尾を半分切断され腹に深い斬り傷を負ったドリュウも瀕死と言って良い状態だ。
アレンは改めて戦場となったこの地を見回す。尋常じゃない破壊痕があちこちに残っており、まるでいくつもの災害が起こったように見える。
(きっと、私たちが想像しているよりも凄い次元の戦いだったんだ)
アレンは冷や汗を僅かに滲ませる。次に生き残りがいないか捜そうとするがエルザレスに止められる。
「俺たち以外の戦士は……皆死んで消えてしまった。百を超える数の仲間たちが一瞬で全滅したんだ。ヴェルドの力はそれ程までに異次元の力を発揮してきた」
「“序列”の戦士も3人奴に殺された。俺も、最後は殺されかけもしたな。アレンたちが来てくれなければ俺の頭は消し飛んでいた」
エルザレスは深刻そうに告げ、カブリアスはアレンに感謝の言葉をかける。
「仲間が、死んだ……。百人以上も………」
その事実を知ったアレンたちは動揺する。
「…………彼らは皆、死をも覚悟してこの戦地へ赴いた。だが分かっていても、仲間たちの死は俺や生き残ったこいつらにとって痛くて苦しいことだ。刃物でぶっ刺されるよりもな」
エルザレスはそう言って手を胸に当てて黙とうを捧げる。カブリアスとドリュウも彼にならった。
「鬼族よ、俺たちを助けてくれたこと礼を言う。お前たちと同盟を組んで良かったと心から思っている」
エルザレスが差し出した左手をアレンはしっかり握りしめて友好の意を示す。
それからアレンたちはしばらくサラマンドラ王国に残って竜人戦士たちの治療の手伝いをする。治療院に行くとアレンたちに助けを要請した人物である情報屋コゴルもいて、アレンたちに何度も礼を言ってきた。
「カブリアス……!生き残ってくれて良かった!」
「ああ。九死に一生を得たのはこのことだな」
「エルザレス様、ドリュウ。欠損した箇所の治療はもう少し後になってしまう。エルザレス様のその腕は、欠損した部分が無くなった為戻すことはもう……」
リュドとカブリアスは再会を喜び合い、オッドはエルザレスの腕を見て悔しそうに告げるがエルザレスは気にするなと言った。
「アレンも魔人族を討伐したのだな」
「ん。ドリュウも一人殺せたんでしょ?凄く強くなったね」
「お前もな。次魔人族と戦うことがあれば、今度は共に戦おう」
ドリュウの治療をしているアレンは彼と共闘することを約束していた。
アレンたちが治療院に入ってから数十分後、コウガもサラマンドラ王国に訪れて、それからさらに一時間後にコウガと鬼族全員は里に帰っていった。
連合国軍にも魔人族軍にも大きな破壊や死の爪痕を残した形で、世界大戦の一日目が終わろうとしていた。