「……!呆然としてる場合!?奴を殺せ!」
我に返ったベロニカが早口で指示を出すと、アオザ(女)とリトム(男)とかいった奴らが前に出て、その体と存在感を大きくさせていく。「限定進化」だな。
アオザの頭からは黒い角が二本生えて鬼っぽくなり、リトムは四足体勢の獣へと変貌する。能力値も桁が一つ増えた。だけど、それだけだ。
「やっぱりな……。テメーら二人とも、半年前に戦ったウィンダム程度あるいはそれ以下だ」
「なるほど、ウィンダムを殺したのもお前だったのか!」
「あんな変態と比べるな…!」
変態って…。同じ魔人族たちからも嫌われてんじゃねーかあいつ。どうでもいいけど。
「“序列”持ちの私たち二人に勝てるわけがない、滅びろ……!!」
アオザが巨大な太刀を錬成して剣術の構えをとり、リトムが前脚に赤黒いオーラを纏って鋭い爪をぎらつかせる。二人とも刃物系統の武器で戦うところ近接戦型か。
「「シャアァ!!」」
一瞬で左右へ跳んで、そこからまた一瞬で俺のところまで距離を詰めてくる。
「俺も、近接戦は大好きだぜ―――」
脳のリミッターの解除率は今のを維持したままでいく。そして迫りくる二人を一瞬で―――
ズババン!
「は?」
「あ?」
横一文字にぶった切ってみせた!さっきの雑魚どもと同じく、二人とも何が起きたのかまだ分かっていない様子のまま力無く地面に墜ちた。
「が、あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!?」
「そ、んな……!?なぜ、私、たちが………っ」
二人とも口と切断面から血の塊を吐き出して激痛に悶えている。
「今何をしたのかって?何も難しいことはしてねーよ。
ただの“手刀斬り”だ」
冷めた目を向けながら二人の頭に照準を当てて、両手から莫大な白い魔力を発生させる。
「テメーら中途半端な奴らなんかただの前座だ。そして相手にもならねぇ。じゃあな」
「待―――」
「やめ―――」
その言葉を最後に右手左手それぞれから光属性の「極大魔力光線」をぶっ放った。二人ともまだ何か言おうとしていたが無視。光線を放ち続ける、さっきよりも執拗に放ち続ける。手加減は一切しない。こいつらの肉片が一つも残らなくなるまで続ける。変に復活されたら面倒だからな。
「つーかこいつら本当に“序列”級?まだウィンダムの方が厄介だったぜ。ネルギガルドよりもずっと弱いし。同じ“序列”級とはいっても実力差がだいぶあるみたいだな」
ようやく二人を塵一つ残すことなく消し去ったところでそう呟きながらベロニカを睨もうとしたが、そこに彼女の姿は既にいなかった。まあ少し前から彼女がここから逃げ出す気配に気づいてはいたけど。
「逃げた………わけじゃねーな、気配はまだこのエリアに留まっている。態勢を立て直すべく一旦退いたって感じか」
戦力は俺の方が上だけど油断はできない。さっき殺した二人よりもずっと強いし、固有技能からして何か思いもよらない罠か何かを仕掛けてくるのは間違いないだろう。
「何を企んでいるのか。とりあえずラスボスとの前哨戦として付き合ってやるか」
そう判断して魔人族の本拠地をテキトーに進んでいくと―――
「おっ………景色が?」
さっきまで映っていた建物や何かの施設が突然消えて、俺はいつの間にかモノクロの世界へと迷い込んでいた―――
*
「はぁ、はぁ………。今さらながらに気付くなんて、あんな桁外れな戦気を持っているなんて…!アオザとリトムまで一瞬で……………ザイート様が目をつけて警戒までしておられたあの少年、カイダコウガ……私一人では手に負えない」
人族から外れて屍族からも外れているイレギュラー…本人は自分をゾンビだと紹介していた。戦力差を把握した瞬間、ベロニカは自身が放つ以上の威力をもつやもしれない「魔力光線」を皇雅がアオザとリトムに放っている隙を見ると、一時撤退を余儀なくされた。そして彼女自身の部屋へ向かっている。
(あの部屋には私自身の能力を高める装置や薬がある。私に有利なところへ行かないと……!)
今のベロニカにとってこれは迎撃戦。しかも相手は真っ向で戦って勝てるレベルではない。ならば搦め手とも卑劣とも呼べる手段で皇雅を弱らせて隙を突く以外に勝機は無い。魔人族でありながら真っ向戦で敵わないことなど、「序列3位」である彼女にとって考えたくもないが受けれざるを得ない。
(けれどそういうやり方主体の戦い方なら、私以上に強い魔人族は存在しない。100年以上前の大戦もそう、私が得意とするそのやり方でいくつもの国・種族を滅ぼしてきたのだから。あのイレギュラーがそういう手合いに慣れているのかどうかは知らないけど、少なくとも私の有利は揺るがない)
そう確信したベロニカはようやく自身の部屋に辿り着く。すぐさま机のいちばん上の引き出しから薬瓶を取り出すとそれを開封して中から錠剤を5つ飲んだ。
魔石を細かく砕いてものに自作の強化ドーピング薬と混ぜ合わせて固めてつくりあげた、特製の強化アイテム――「魔石薬」
これによって「限定進化」の持続時間を延長させたり自身のオリジナル魔術を強めることができる。一度魔石の副作用に耐えきった魔人族にとって、二度目以降の魔石による強化は不可能だが、他の薬品か何かと混ぜて利用すれば再び魔石による強化が得られるのだ。しかも副作用の苦痛も効かない。ザイートとベロニカによる共同研究の末に辿り着いた産物だ。
(使うことはないと思っていたけれど、今の敵があんな規格外である以上躊躇うことはない―――)
“限定進化”
魔石薬を摂取したのち「限定進化」を発動して姿を変貌させる。
(本気になった私は、得意の幻術魔術や召喚魔術をさらなる次元へと発展させられる。術をかける対象の姿を目で捉えなくてもお構いなしに「幻術」に嵌めることだって可能。超強力になった「幻術」で奴の精神を徹底的に汚染して廃人にしてやる。
そして
皇雅がこの部屋に近づいてくる気配を感じながら、ベロニカは急いで机にある資料本を開いてあることを確認する。
「………あなたは半年前に随分と“彼ら”の恨み・憎しみを買っていたそうね?この召喚魔術を使うのにぴったりな相手だわ!」
勝利を確信したベロニカは、皇雅にとって最悪であろうオリジナルの召喚魔術を発動した―――
*
モノクロしかない背景の空間を延々と歩き続けて10分以上は経った頃。突然前方の真ん中に色が違う通路が出てきた。明らかに罠だろうが、同じ景色の中をずっと歩かされてうんざりしていたものだから、ここはあえて乗ってやろう。赤い道に従って歩き続けると闘技場の形をしたドームの中へ誘導される。
中は予想通り闘技場のそれと同じ空間だった。中の背景はさっきと同じモノクロ。真ん中あたりまで進むと入り口の扉が消滅して閉じ込められる形となった。直径200~300m程の円形グラウンド、それ以外は何も無い殺風景なモノクロ空間だ。
(なんだ?ここで本当に決闘でもするつもりか?)
困惑しかけていると地面があちこちから不自然に盛り上がって、何かが這い出てきた。それらが完全に出てきて土を払って立ち上がる姿を見た俺は、驚愕のあまりに思わず声を上げた。
「テメーら、は……!?」
地面から出てきた
何せそいつらは―――
「 久しぶりだなぁ? 甲斐田ぁ!! 」
半年前、ドラグニア王国でモンストールどもに殺されたはずの元クラスメイトどもだったのだから―――