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♭の章:第11話 ダンスを終わらせないで

 ♭


「じゃあ、オープンするわよ」


 瞳ママに従ってぞろぞろとオネエ達が、店側に出て行った。ミーコさんたちのようにショーを担当していないオネエは、バイトのようなものらしく、彼(彼女)らは、お客さんにお酒を出したり食事を出したりするらしい。しばらくすると店内から、楽しそうな声が聞こえてきた。


 僕とミーコさんはショーの時間まで楽屋で待機する。クリリンもみんなのお色直しのため待機していた。ミーコさんも本来なら、店に出てお客の対応をするが怪我のため自粛した。待っている間、ミーコさんとピアノの弾き方の最終確認をした。


「グランドピアノは位置をずらして、お客さんからほとんど見えないように調整したから、怜くんは十分にピアノに集中してちょうだい」


「はい。ミーコさん大丈夫……?」

 ミーコさんの様子がおかしかった。目を伏せがちにさせ、苦しそうな息づかいだった。


「これぐらいどうってことないわ。お酒飲めばへーきよ。クリリンっ! 強いお酒ちょうだい」


クリリンは慌ててお酒を取りにいき、グラスに注いで持ってきた。クリリンに飲ませてもらうミーコさん。一口で全部飲み干し、壮大なげっぷをした。


「よし、これで大丈夫よ」


 そう言って笑うミーコさんは、どこか儚げだった。


 店内の様子が変わった。舞台袖から店内の様子を覗く。どぎつい光を放つミラーボールに、底抜けに陽気な音楽。瞳ママがショータイムを告げた。楽屋にナタリーと源五郎が舞台に立つために戻ってきた。


 瞳ママからの紹介を受け、ナタリーが舞台上に立つ。お客さんからのヤジにも似たイジリを受けている。ナタリーは次々にモノマネを繰り出し、会場を沸かせる。芸能人から動物のモノマネと多彩な引出しを持っていた。似ているモノマネはとことん似ているが、似ていない場合はただのふざけたオネエだった。似ていないほうが面白い。僕は観客と一緒に笑っていた。


 ナタリーが下手側から舞台を降りていく。続いて源五郎が上手側から舞台に立つ。観客から口笛が飛ぶ。舞台の縁に手を掛けているおっさんが、源五郎のパンツを覗こうと必死だった。


 照明と音楽がおとなしい雰囲気に変わり、源五郎のダンスが始まった。観客が息を吸うのを忘れているかのようだった。オネエだとわかっているのに、心臓が反応してしまう。体をくねらせる魅惑的なダンスに観客の男たちが魅了されていくのがわかった。彼はなぜ、源五郎なんていかつい名前にしたのだろうか。どうせなら、もっと女っぽい源氏名にすればいいのに。


「怜くんそろそろ下手側に廻って待機してて」


 ミーコさんからの指示に従って、カーテンの裏を通り舞台裏を進んでいく。

 途中鈍い大きな音がした。観客か店員の誰かが転んだのかもしれない。下手側には、グランドピアノが設置されていた。


 源五郎のダンスが終わりを迎えようとしている。上手側を見るとさっきの鈍い音の正体が判明した。


 ミーコさんが床に倒れていた。


 周りのスタッフたちに介抱されているが、大丈夫とでもいうかのように手を振っている。ミーコさんの意識はあるようだ。だが、ミーコさんの顔は、薄暗い照明の中でもげっそりして見えた。


 火傷は思ったより重症だったのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。数日間は両腕を動かすのが困難になったとしても、あそこまで顔色を悪くさせているのは何か原因がほかにもあるはずだ。


 もしかしたら――火傷の種類が違っていたとしても、火傷を負ってしまったことでミーコさんはお姉さんのことを思い出してしまったのではないだろうか。


 今まさに、源五郎のダンスは終わりを迎えようとしている。瞳ママを見た。瞳ママは店内の中心にいて、ミーコさんの様子は窺えない。スタッフの一人が瞳ママに近づき、耳打ちをした。瞳ママの目が一際開いた。


 僕と目が合った。


 拍手が巻き起こり、見ると源五郎が観客に礼をしている所だった。ミーコさんは床から起きていたが、壁に背をもたせかけていた。


 ピアノの前に座る。


 僕の右側にはカーテンがあり、グランドピアノの天板は開かれているため観客からはほとんど見えないだろう。


 源五郎がダンスのときに使っていた曲を弾いた。源五郎は僕をものすごい表情でにらんだ。自分のショーを邪魔されたと思ったのだろう。離れていても殴られるのではと思うほどの迫力があった。源五郎のニラミが恐いからといって負けてはいられない。僕は源五郎に後ろを見て、と目で合図を送る。源五郎は振り返り、再び僕を見た。


「本日は特別にピアノバージョンで源五郎のダンスを皆様にお楽しみいただきたいと思います」


 瞳ママがすかさずフォローを入れた。


 源五郎は僕に向かって力強くうなずき、踊り始めた。


 ぶっつけ本番で楽譜もなかったが、弾いたことがあった曲が幸いし、なんとか場を保った。しかし、ミーコさんは壁に背を預けたままだ。あと一分で曲が終わる。どうにかして間を持たせないと――。


 曲が終わりを迎える瞬間、ミーコさんの好きな曲「悲愴」に切り替えた。源五郎は曲に合わせさらにダンスを続けた。

 即席のはずなのに完成されたダンスがそこにあった。源五郎の体から音楽が溢れているように見える。


 ミーコさんが僕の方を見ていた。ミーコさんはゆっくりと立ち上がり、いつものガッツポーズを見せた。たくましい力こぶが心なしかしぼんでいる。

 源五郎にうなずき、もう大丈夫だというサインを送る。


 観客をたっぷり魅了させた源五郎のダンスが終わる瞬間、初めのときよりひときわ盛大な歓声が沸き起こった。


 僕は鳥肌が立った。今の歓声を生み出した数パーセントは僕の力だということに。


 挨拶を終えた源五郎が僕のいる下手側にきて、すれ違いざまに「やるじゃない」と言った。

 源五郎が手を挙げ、僕はその手に向かってハイタッチをした。

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