「やっぱり俺もガレットを貰おう」
よし、
「本当はいま甘いのを控えていたんだが……」
なぬっ!? スイーツにあれほど執念を燃やしている滝川がスイーツ断ちとな?
「あら、滝川様はダイエットでもされておられますの?」
「ダイエットと言うかウェイトコントロールだな」
どうやら滝川は日頃から体型維持を考えている意識高い系らしい。
確かにマンガじゃ理想の細マッチョやったからなぁ。脱いだら凄いねんコイツ。君ジャスのヒロインちゃんが滝川の着替えを覗いてしまって、逞しいシックスパックにドギマギするシーンがあったなぁ。
あっ、もしかしてヒーローの設定を守ろうとする矯正力が働いて、滝川はこんなおかしな性格になったのではあるまいか。
「滝川様は甘い物がお好きですのに、我慢しなければならないのはお可哀想ですわね」
「いや、もともと俺は一度に大量摂取しないようにしているから問題はない」
ウソつけ。てめぇバザーで私の手作りスイーツを大量にガツガツ食ってたじゃねぇか。
「だが、さすが食の清涼院の名は伊達じゃない」
なんだそれは。まるで我が家が食いしん坊一家みたいじゃないか。断固そんな不名誉な呼び名には反対するぞ。
「バザーの時もスイーツの完成度に我を忘れ、食べ過ぎてしまった」
「お褒めいただき恐縮ですわ」
ふんっ、お前の意思が薄弱なだけやろが。
「今回も一口だけのつもりでいたのに、思いの外ポミエのガレットとポムデュデジールの組み合わせが抜群で我慢できなかった」
「それは私ではなく西田さんのチョイスですわ」
「むっ、そうなのか?」
滝川がちらりと西田さんを見ると、彼女は曖昧に薄く笑った。
そして、何も答えずガレットを切り分け滝川に提供する。それは私が食べていた半分くらいのサイズ。滝川は意味を悟ってニヤッと笑った。
「ありがとう。西田は気が利いているな」
なるほど、さっきのと合わせてちょうどワンピース分に調節したのね。やるわね西田さん。さすがポストさゆりだわ。
ん? 待てよ。
私は目の前のお皿に視線を落とした。
そこにあるのは既に半分食べられたガレット。これはさっき西田さんが新たに切り分けてくれたものだ。だが、これとは別に私はガレットを半分食べている。その残りを滝川に強奪されたのだ。
つまり、フランス人が作った本場のバターたっぷり超スーパー高カロリーガレット・デ・ロワを私はワンピース食べているということだ。ここで残り半分を食べれば、そのカロリーはいかほどのものになるのだろう。
しかも、心なしか1個目より2個目のガレットの方が大きいように思える。いや、確実にデカいぞ。当社比1.25倍ありそうだ。西田さん、その気の利かせ方はいらんかったぞ。
「西田の機転には助かった。俺は出されたものは全部食べる主義なんだ」
「まあ、そうなんですの」
むぅ、出されたものを残すのは私の信条に反する。
「俺は食べ物を粗末に扱う奴が嫌いだ」
「そうですわね」
「生産者、流通関係、料理人、ここで給仕をしてくれた西田、食に携わる全ての者に対する冒涜だ」
「そうですわね」
やはり、お残しは許されまへんでぇ。
「だいいち、食材となった罪無き命に失礼だろ」
「そうですわね」
だが、このガレットに罪はなくとも、カロリーはあまりにも罪深い。
「しかし、食べ過ぎればオーバーカロリーなってしまう」
「そうですわね」
その
罪の重さは罰の重さ。人々の全ての罪を十字架とともに背負ったキリストでさえこの
「体型を維持するには日頃の節制が必要なんだ」
「そうですわね」
むむむっ、食べぬは冒涜、食べるは大罪。
「だから、バレンタインみたいな食べ物を押し付けるイベントには、本当に迷惑しているんだ」
「そうですわね」
「あんな大量に持ってこられても食べ切れるものじゃないし、かと言って貰えば食べないわけにもいかないしな」
「そうですわね」
「……」
くっ、私はいったいどうすればいいの?
「……おい」
「そうですわね」
「清涼院」
「そうですわね」
「お前、さっきからガレットばかり見つめてないか?」
「そうですわね」
「……昔、一卵双生児で活躍したマラソン選手は?」
「
「五代の後に建国され最後は元に滅ぼされた中国の王朝は?」
「
「清涼院!」
突然バンバンと滝川が机を叩いて怒りだした。
「お前、俺の話を聞いているのか!」
「きちんと聞いておりましたわよ?」
ちゃんと答えていたやろうが。切れ散らかしてんじゃねぇよ。まったく、こっちはハムレットでさえ悩む超難問に挑んでいる最中だってのに。
あゝ、このガレット、食べるべきか食べざるべきか。それが問題だ。