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第55話 麗子様はそれでもトキめかない?

「珍しいね、二人が一緒なんて」


 私が食欲つみ贅肉ばつの狭間で葛藤していたら、頭上から声がかかったので見上げると、そこには眼鏡をかけた美少年が微笑んでいた。なんて笑顔が腹黒いのかしら。


 ちっ、早見のヤローまで来やがったか。


「いったい何を騒いでいたんだい?」

「つまらないお話ですわ」


 マジつまんねーからこっち来んなや。って、あっ、こら、キサマなに私の隣に断りもなく座ってんねん。せめて滝川の横へ行けや。


「バレンタインで貰ったチョコの量を誇って、滝川様がモテ自慢をされていただけですわ」

「違うだろ!」


 あら、どこか違いましたかしら?

 的確な説明だと思いましたのに。


「ははは、まあ実際、和也のバレンタインは凄かったよね」


 三年生の二月十四日バレンタインデー。


 滝川の教室の前に同級生のみならず、下級生、上級生の女子までもが並び長蛇の列ができたそうな。その列は他クラスの前も突き抜けて階下まで伸びていたとか。


 これに滝川はブチ切れ。美咲様以外のチョコは受け取らんと全て追い返したらしい。この出来事は後に『滝川バレンタイン事件』として女子の間で語り継がれることとなり、今では滝川にスイーツはタブーなのだとか。


 夏のバザーで仕入れた滝川スイーツ大好きマル秘情報を楓ちゃんと椿ちゃんに嬉々として披露したら、逆にバレンタインの情報を教えられたのだ。


 言われてみれば、教室の前を横切って大勢の女子が並んでいた気がする。あの時はついに大鳳学園にも有名家系ラーメン店が進出してきたのかと喜び勇んで学園中を探し回ったなぁ。どこにもラーメン屋はなかったけど。クスン。


「だいたい、ショコラティエでもない素人の手作りショコラなど論外だ」


 安心しろ。ちゃんと楓ちゃんと楓ちゃんに「滝川様はスイーツにこだわりがあって手作りは食べない」と教えておいてやったぞ。今度のバレンタインは市販品を持った女子が長蛇の列を築くだろう。うけけけけっ。


「だけど清涼院さんの手作りは食べてたじゃない」

「清涼院のは、あれはもはやプロの領域だ」


 デコは全部、飯田さん任せだけどな。未だに時代が私のセンスにおいつかねぇ。チクショー!


「和也にそこまで言わせるなんて凄いね」

「ああ、清涼院家の食へのこだわりにはもはや執念を感じる」


 ふざけんな! てめぇのスイーツへのこだわりに比べたら可愛いもんだろうが。


「へぇ、さすが食の清涼院だね」

「なんですの、その不名誉な呼び方は!?」


 さっきも滝川が言ってたが、それってちまたに広まってんの?


「えっ、聞いたことない?」

「知の早見、勇の滝川、そして食の清涼院は有名な話だぞ」


 知勇仁は天下の達徳たっとく! そこは食じゃなくて仁やろがい!


 くっ、なんたる不名誉。これも全て我が家のゆるキャラ清涼院タヌパパンのせいに違いない。


 あのポンポコたぬき、ぶくぶくと太りおってからに。こうなったらバレンタインチョコだけでなく、餌付けを完全にストップしてしまわねば。お父様、ダイエットですわよ!


「でもどうして今の時期にバレンタインの話なんてしていたの?」

「いえ、バレンタインは話のついででして、滝川様が私の食べていたガレットを奪い取ったのが話の発端ですわ」

「奪った?」


 あれ?

 なんかキランッと早見の眼鏡の奥の瞳が妖しく光ったような?


「清涼院さんの食べかけを和也が食べたの?」


 なんだろう? どことなく早見に剣呑な雰囲気が漂ってるような?


「ええ、それでたいそうお気に召された滝川様がガレットをおかわりなさいまして」

「ああ、ポミエのガレットとポムデュデジールの組み合わせが抜群に相性が良かったんだ」


 おかげで私は二個目のガレットを前に、ハムレットさえ選択できぬ二者択一に葛藤するはめになったがな。


「へぇ、そんなに美味しいんだ」

「ええっ、そうです——わ!?」


 あっ、と思った時には私の前のお皿から食べかけのガレットが消えた。早見がヒョイっと奪ったのだ。


「ちょっ、何をなさいますの!?」

「ふふ、僕も一口もらうね」


 私の非難にも器用にウィンクして早見はパクリ。私の口をつけた部分をわざわざだ。


 絶句!


「なっ、なっ、なっ」


 しかも、ペロリと親指を舐める仕草が子供のくせにやたら色っぽい。


 ぐはっ、なんつー破壊力。


 だが、早見よ。しょせん二番煎じじゃ。さっきの滝川のおかげで我にはもう間接キスに耐性ができておるわ!


 ふっ、だいたい私はフォークを使って食べていたのだ。これは間接キスには当たらぬ。それに処理に困っていたガレットを食べてくれた。早見は私の罪と罰を背負ってくれたのだ。そう考えれば腹も立たん。


 これぞ大人の女ってヤツよ——などとヨユーぶっこいてたのがいけなかった。


「それで、この紅茶が合うんだったよね」

「あっ!?」


 なんと私の隙をついて早見がティーカップを奪ったのだ。私の飲みかけをだ。しかも、そのまま一口こくりと紅茶を飲む。わざわざ私が口をつけた部分からだ!


「なっ、なっ、なっ」


 なんばしよっとぉ!!!


 や、やられた。早見のヤツ、ペロリと舐め唾液で濡れた唇が小学生のくせに妖しい色気をムンムンさせやがる。


 しかも、まだ飲み残しのある状態でソーサーに戻しやがりましたよ。これを私に飲めと?


 そんなん飲んだら、それこそ完璧な間接キスじゃねぇか……えっ、私と早見が間・接・キ・ス、とな?


 やだやだやだやだ、想像しただけで顔がアチッアチッアチッ!


 パタパタとお兄様謹製の扇子であおいでも一向に熱くなった顔が冷えない。


 SAN値がぁ! 私のSAN値がぁぁぁ!!!


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