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第56話 麗子様は挑戦状を叩きつける。

「うん、確かに良く合うね」

「だろ?」


 早見が微笑み、滝川は満足そうにニヤッと笑う。この二人は相変わらず仲睦まじく乳繰りあってやがる。


 こっちは間接キスへの葛藤で苦しんでいるってのに!


「だけど、和也は節制していたんじゃなかったの?」

「ああ、そうなんだがパティスリーポミエのガレット・デ・ロワはなかなか手に入らんし、ポムデュデジールとの相性が良くってな」

「我慢できなかった?」


 くすくす早見に笑われて、ははっと滝川が苦笑いしながら頬をぽりぽり掻く。なんかまるで青春ドラマの一場面のよう。


 私だけ置いてけぼりにして、二人の間に妖しい空気を漂わせよってからに。いいぞ、もっとやれ!


「和也は自分にも他人にも厳しいのに、スイーツのこととなると節操なさすぎだよ」

「面目次第もない」


 ふふふ、あははと眼前で繰り広げられる美少年の耽美なやり取り。邪魔をしないよう私は気配を消しながらガン見する。うっほー、ぜってぇ私の目は血走っとるがな。


「ふふ、ぶくぶく太っても知らないよ」

「食べた分は運動するさ」

「まあ、僕は和也が太っていても良いんだけどね」

「抜かせ、そうそう無様な姿は晒さん」

「それは残念だなぁ」


 えっ、なになに?

『僕の和也がぶくぶく太っちゃうよー』

『安心しろ。ちゃんとお前のために鍛えているさ』

『ふふ、でも僕はだらしない肉体からだの和也でも良いよ♡』

『お前に無様な肉体は晒せん。俺の見事に鍛え抜かれたシックスパックを見せてやる』

『残念だなぁ。和也のだらしない肉体も見てみたかったのにぃ』

 だって!?


 むっひょー!!


 やべぇ、鼻血でそう。


 た、耐えるのよ麗子。これしきの脳内ィクションでそんな無様を晒すのは腐女子の名折れですわ。


『そんなこと言うなよ。お前に最高の肉体を見せてやろうと努力しているのに』

『和也、僕のために大好きなスイーツまで我慢して……あっ♡』


 やべぇよやべぇよ、妄想が膨らみますわ、脳内腐ィクションが暴走超特急で暴走トラックに激突ですわ!


 くっ、我の忍耐もここが限界か。これ以上は耐えられそうにない。でも、もそっと過激に攻めてみようかしら?


「残念だったな瑞樹、俺は体育祭に備えて二ヶ月前から調整しているんだ」

「和也が崩れればうちのクラスが楽勝だと思ったのになぁ」


 なぁんだ滝川のヤツ、体育祭のために鍛えてたんかい。せっかくの脳内腐ィクションが萎えちまったぜ。


「専属トレーナーもつけてトレーニングしているんだ。ガレット一つで崩れるような柔な鍛え方はしていない」

「そこまでする?」


 お前、小学校の体育祭でどこまで真剣なんやねん。さすがの早見も苦笑いしとるぞ。


「今年こそ体育祭でお前と清涼院を打倒するため――って、ああ!!!」

「騒がしいですわよ、いったい何ですの?」

「そうだ清涼院、きさま体育祭に出ないそうだな!」


 ちっ、思い出しやがったか。このまま忘れてくれると期待してたのに。


「俺はこの日のために鍛えてきたんだ」

「それは滝川様の勝手ではありませんか」

「このまま勝ち逃げする気か!」

「私は今年から裏方の仕事を優先すると決めましたの」


 もう、大魔神だとかコロネだとか言われるのはイヤやねん。これ以上、私の女子力を奪うなや。


「そんなの許さんぞ」

「滝川様、菊花会クリザンテームの一員として果たすべき責務をお忘れではありませんの?」

「俺達は四年生だぞ。それは来年からでも……」

「それで先輩方に全て仕事を押し付け自分達はのうのうと楽しまれると?」

「うっ!」


 ちゃんと口実は考えていたのよ。正義は我にあり!


「私どもは上に立つ者として規範を示さねばならない立場。ましてや滝川様は跡取りではありませんか」

「むっ、それはそうだが……」

「清涼院さんはとてもしっかりしているよね」


 横から早見がにこにこ顔で割り込んできやがった。滝川と違ってこいつは一筋縄ではいかん。久々にドリルセンサーがバリサンだぜ。要注意や。


「そんな真面目で大人なところも素敵で好きだなぁ」

「……それはどうも」


 ちっ、お前なんかに好かれとうないわ!


「でも、清涼院家は雅人さんが跡取りだよね」


 キサマァァァ余計なこと言うなぁぁぁ!


「清涼院さんはもうちょっと肩肘張らずに楽しんでも良いんじゃないかな?」

「その通りだ清涼院、俺との勝負から逃げるな」


 早見の援護で勢いづいて滝川が逃げるな卑怯者コールを連発。お前は呼吸でも極めて鬼でも退治していろや。


「だいたい清涼院のいないクラスを負かしても意味がない」

「滝川様、それはずいぶん傲岸不遜が過ぎるのではありませんこと」

「なに?」


 私は扇子を広げて口元を隠し目だけでくすりと笑う。


「我が配下が申しておりました『万年負け犬の滝川早見ごとき恐るるに足りませんよ』『然り然り、あいつらごときに負ける気がしません』と」

「誰だそんなことを言ったのは!」

「我が両翼、粗忽そこつ君と迂闊うかつ君ですわ」


 もう面倒だからあの二人に丸投げしましょう。


「二人はこうも申しておりました『清涼院さんのお手をわずらわせるまでもありません』『そうです、僕らだけでけちょんけちょんにしてやりますよ』と」

「言ったな! その二人に体育祭では首を洗って待っていろと伝えておけ!」


 チョロいチョロい。滝川が単純で扱いやすいヤツで助かったわ。と安堵したら、横の眼鏡がキランと光った。


「大鳳で和也と僕にそんな挑戦的な男子生徒が本当にいるの?」


 早見はそう簡単には騙せんか。

 勘の良い腹黒眼鏡は嫌いだよ。


「僕はそんな名前の生徒を知らないんだけど?」

「まあ、早見様は名も知らないようなモブなど相手にできないと仰るのですね」

「いやそうじゃなくて、本当に実在する生徒なのかなと」

「粗忽君と迂闊君はおりますわ」


 なんです腹黒眼鏡、その疑いの目は?


「彼らは我が陣営の伏龍と鳳雛。飛躍の時を得れば広く天下のその名を轟かせますわ」

「面白い。清涼院がそこまで言う奴らなら相手にとって不足なし」


 にやりと笑った滝川がビシッと私を指差した。


「いいだろう、今年はその二人を相手にしてやる。そいつらを倒したら来年こそ必ずお前が出場しろよ!」

「おーっほっほっほ、粗忽と迂闊は我がクラスの関羽と張飛。侮ってもらっては困りますわ」


 片腹痛いしと麗子様ポーズで高笑い。こんだけ挑発すれば十分でしょう。滝川は粗忽と迂闊にロックオン。


 粗忽君と迂闊君、あなた達の名誉を守るため挑戦状を叩きつけてやりましたわ。お二人なら負けて私を体育祭に出場させるなど絶対いたしませんわよね?


 あゝ、目に浮かぶようですわ。こんなにも私に信頼されて、むせび泣いて喜ぶ二人の姿が。


 さて、うるさい滝川は追い払えた。それよりも私にはもっと難しい問題が残されている。それは早見が口をつけたティーカップだ。


 ちっ、早見のヤツ、にこにこ笑ってこっちを観察してやがる。私がこのティーカップで苦しんでいるのを見て楽しんでやがるな。


 うーん、だけどホントにどうしよう?


 カップを回して逆側から飲むか?——いや、それはあまりに不自然すぎる。

 ならばいっそ紅茶を破棄するか?——しかし、捨てれば滝川が騒ぎそうだ。


 なーんて悩んでいたら救世主が現れた。


「冷めてしまったようなので、お取り替えいたします」


 西田さんだ。


 彼女がティーカップごと新しいお茶に交換してくれたの。さすがよ私の西田さん。さゆりさんが推してくれた期待の大型新人だけあるわ。


 お茶を取り替える時に目の合った西田さんににっこり笑って『ありがとう』とアイコンタクトを送る。すると西田さんも、にっこり笑ってアイコンタクトを返してきた。『お任せください。ぜんぶ分かってます』と。


 ふふふ、なんて頼もしいのかしら、私の西田さん。この短い期間でここまで以心伝心できる仲になれるなんて、これは私のさゆりさんも超える逸材ね。


 ——コトッ


 ん? 西田さん?


 なんで紅茶と一緒に新しいガレットを置いたの?

 しかも、なんか最初のピースより大きいような?


 いや、確実にデカい。当社比1.5倍はあるぞ。『えっ、なんでなんで?』と西田さんに顔を向けたら良い笑顔でサムズアップを返してきた。


 ちっげぇよ、そうじゃねぇだろ。ぜっんぜん伝わってねぇじゃんかよぉ!


 滝川や早見に奪われても、さらに大きくなって私の元へ帰ってきたガレット・デ・ロワ。こいつを食べれば間違いなく七つの大罪の一つを犯すことになる。


 そして、犯した暴食つみには相応の贅肉ばつが返ってくるのだ。


 あゝ、なんたる悲劇!


 このガレット・デ・ロワ、食べるべきか、食べざるべきか、それが問題だ。


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