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第57話 麗子様は秋に肥ゆる。

 体育祭の日はくも一つ無い快晴だった。


 青い空はどこまでも高く、吹き抜ける涼しい風がなんとも心地よい。まるで心が洗われるような清々しい季節である。


「天高く馬肥ゆる秋」


 先人はよく言ったものである。


「清涼院、肥えたのは馬じゃなくお前じゃないのか?」

「……滝川様、そのようなデリカシーに欠ける発言は美咲様に嫌われますわよ」


 秋の空は青く澄み渡り心も晴れやかなのに、お腹が空くのはなぜ?


 くそっ、ここのところ制服のウェストがキツい。食欲に任せてガレット・デ・ロワを貪ったツケはデカかった。


 いや、これも長き冬を乗り切るための生存本能に違いない。けっして食欲に屈したんじゃないんだからね。


「そんなこと美咲に言うわけないだろ」

「滝川様は女心がホント分かっておりませんわ」


 こいつマジでダメダメだな。


「滝川様がデリカシーに欠けていること事態が問題なのです。そんな滝川様を見て美咲様はどう思われるかお考えくださいまし」

「ここに美咲はいないぞ」

「悪事千里を走ると申しまして、見られておらずとも自然に伝わるものですわ」

「お前が黙っていればいいだろう」


 こいつマジで自分本位なやっちゃな。


「人の口に戸は立てられぬものですわ」

「それに日頃の行いは態度に現れるからね」


 ヒョイッと横から早見が登場して珍しく私の肩を持つ。


「美咲さんは聡い人だし和也の言動は察していると思うよ」

「むぅ、瑞樹がそう言うなら改めよう」


 早見の言う事なら素直に聞くんかいって思ってたら、滝川が「すまなかった」と私に謝罪してきたのでビックリ!


 えっ、こいつ謝れたの!?


「ふふ、清涼院さん驚いているね」

「だって、あの滝川様が私に謝罪したのですわよ?」


 そりゃ驚くでしょ。このコミュ症が私に謝るなんて。


「清涼院は俺をなんだと思っているんだ」

「えーと、傍若無人な俺様わがまま様?」

「お前な!」


 滝川は怒り狂うが、胸に手を当て今までの自分の振る舞いを懺悔して欲しい。


「あはは、和也だってちゃんと成長しているさ」

「ふんっ!」


 早見が屈託なく笑い滝川が面白くなさそうにそっぽをむく。こんな場面はまるで君ジャスのワンシーンを見ているようだ。だけど、ちょっと二人とも変わりすぎじゃない?


「早見様も前より雰囲気が柔らかくなりましたわね」

「そうかな?」


 お前が一番変わったわ。最初の頃は自分に関係ないと澄ましていただろうが。それなのに、急に滝川をたしなめるし、笑顔も黒さが抜けてお兄様みたいに余裕があるし。どうにも調子が狂うなぁ。


「僕が変わったとすると君のせいさ」

「——!?」


 ぐはっ!


 サラッとそんなセリフを吐くかフツー。さすが現代に蘇ったドン・ファンよね。


「友達なら悪いところとも向き合って指摘してあげないといけないって、清涼院さんが僕に教えてくれたんだよ」

「私はそんな事は申し上げておりませんが?」


 前に親友なら寄り添えって言った事かしら?


 それはさすがに曲解がすぎる。同じ立場なら私はバリバリ忖度そんたくするわよ。だけど早見は薄く笑って何も答えなかった。


「そんなことよりソコツとウカツはどいつらなんだ?」

「はぁ? 教えるわけないではありませんか」

「なんだと!?」


 滝川が目を剥いたが、私が仲間を売ると思ったか。


 えっ、最初に売ったのはお前じゃないかですって?

 ふっ、良い女は過去の事なんてすぐに忘れるのよ。


「粗忽君と迂闊君は我が陣営の秘密兵器。おいそれと敵に情報を渡す愚か者がどこにいますか」

「むっ、確かに」


 粗忽君と迂闊君に滝川へ挑戦状を叩きつけてあげたと報告したら、「「なんて事をしてくれたんですか」」と泣いて非難されてしまった。二人から絶対に正体は明かすなと釘を刺されたので教えてあーげない。


 でも、粗忽と迂闊って本名教えちゃったから、すぐにバレるんじゃないかしら?


「まあ良い、一番を取って全員倒せば済む話だ」

「ははは、和也らしい考え方だね」

「ふんっ、言っておくが瑞樹にも負けんからな」

「僕も簡単に勝ちを譲るつもりはないよ」

「早見様が勝負にこだわるなんて珍しいですわね」


 滝川と火花を散らす早見とは珍しい。こいつ体育祭は子供のお遊戯としか考えていないと思ってたんだが。実際、他のクラスメートを鍛えて自分は出場しない腹積りだったはず。


「僕にもね、良いところを見せたい人がいるんだ」

「あら、ご家族がいらっしゃるのですか?」


 ふひひひ、ァザーはお元気かしら?


「その相手が女の子とは思わないの?」

「えっ、早見様にですか!?」


 うーん、ヒロインちゃんの登場前に好きな子がいるなんて設定なかったはずやが?


「僕にそんな相手がいたらおかしい?」

「いえ、でも、早見様ならそんなに頑張らずとも女子の方から寄ってこられるでしょうに」


 なんせコヤツは未来のドン・ファンやからな。


「なかなか手強い相手なんだよ」

「まあ、『女の子の方がほっておいてくれないみたいですよ』の早見様になびかぬ女子がおられるのです?」

「お願いだから、それもう忘れて」


 よっぽど嫌な黒歴史らしいな。本気で早見が顔をしかめたぞ。まあ、私のメモリーはまだ七十年は健在じゃ。諦めよ早見。うけけけけ。


「まあ正直な話、そのような女生徒がいるなら見てみたいものですわ」


 しかし、顔良し、頭良し、人当たり良し、家は名家の金持ち、シスコン力は足りぬからお兄様には劣るけど、これ程の優良物件を袖にする女子がいるとは驚きだ。


 もしかしたら歳上だろうか。


「初等部の体育祭に舞香様や美咲様がお見えになられるのでしょうか?」


 あの二人のお姉様ならあり得るかも。早見が懸想しても本性知られてるから相手してもらえなさそう。ああ、だけど、美咲お姉様や舞香お姉様は元気にしておられるかしら。


「いや、来るとは聞いてないよ」

「そうなんですの」

「どうして急に美咲さんや舞香さんが出てくるの?」

「いえ、早見様の意中のお方ではないかと思いまして」

「違うからね!」


 うーん、違ったのか。


 私が首を捻ったら、早見がため息を漏らした。


「本当に手強い相手だよ」

「?」


 早見がジッと私を見つめて苦笑いを浮かべた。


「本当に手強いよね」


 いったい何でしょう?


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