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第58話 麗子様は吮疽之仁(せんそのじん)を示す。


 ——天高く、馬肥ゆる秋


 青く晴れ渡る秋の空は高く、食欲が増してお馬さん達もブクブク太っちゃうよ、という秋を表現した時候の挨拶にも使われる言葉だ。


 秋は素晴らしい!

 なんて良い季節!


 と日本人は秋を賛美するのに使っている。


 だが、実際には唐の詩人杜審言としんげんの漢詩の一部に由来しており、とても恐ろしい意味を持っているのだ。


 ——雲清くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ


 ほれ見てみぃ、空が澄み渡っちょるがぁ、不吉な前兆じゃ。馬も太ってよぉ走るけんのぉ、こりゃ匈奴きょうどモンが攻めてくるばい。よぉ気をつけんしゃい。


 とまあ、北の異民族が戦争仕掛けてくる季節になったから気をつけろって警告なわけ。


 つまり、秋とは戦に備える時期なのじゃ!


 合戦じゃ合戦じゃと我が大鳳学園でも男達が気炎を上げる体育祭。今は騎馬戦で滝川の独壇場となっていた。何じゃありゃ。バッタバッタと我が軍勢を討ち取っていきやがる。


 ヤツは騎馬民族か?


 もしや匈奴の王、冒頓単于ぼくとつぜんうの生まれ変わりやもしれん。我が陣営の女子が滝川がハチマキを奪うたびに黄色い声援を送りやがる。この裏切り者どもめ。


 おかげで男子の士気がガタ落ちじゃ。男の子だもん女の子に応援して欲しいよね。せめて私だけでも声援を送ってやろう。


粗忽そこつ〜、迂闊うかつ〜、負けたら折檻せっかんですわよぉ!」


 あっ、迂闊が落馬した。


 さて、体育祭のプログラムも順調に消化。私は裏で進行のお手伝いよ。道具の準備や選手の移動、アナウンスや落とし物係、その他にも傷病兵を救護する衛生兵などなど裏方は意外にも忙しい。


 むしろ、競技よりもこっちの方が戦場やもしれん。いくさにおいて後方支援が何より重要だと肌身に感じるわね。かの漢の高祖劉邦が勲功第一を蕭何しょうかにしたのも頷ける。


 滝川も将来はグループの総帥としてトップに立つんだから少しは私を見習えってのよ。別に勝負をしたら負けるとか、めんどくせーとか思ってないんだからね!


 ちっ、それにしても滝川のヤツ、去年よりパワーアップしすぎでしょ。出場した種目は全部一位。騎馬戦なんて上級生も混じっていたのに完勝しやがったし、これは今年出場しなくて正解だったわ。


 その滝川だが、体育祭で奇行が目撃された。


 なんでも「ソコツはどこだ〜、ウカツはどこだ〜」と呪文のように何やらぶつぶつ呟きウロウロとさまよっていたとか。何を探しているんだろうと、みな首を捻っていたらしい。


 その陰で粗忽君と迂闊君が半泣きでビクビクしながら逃げ回っていたと報告を受けた。まったく情け無い。


 さて、今年の大鳳学園体育祭は滝川無双であった。その獅子奮迅の戦いぶりはまさに鬼神のごとし。おかげで滝川が出るたびに敵味方関係なく女子が湧きに湧いた。近年稀に見る大盛況である。


 それに続き早見もかなり活躍していた。こちらも女子の声援が熱い。ただし、個人の勇を競う滝川とは対極的にクラス全体の練度を上げてチーム戦を挑んでいたけど。


 対して我がクラスの男子は悲しいかな、女子の声援を滝川早見に奪われてしまった。しかたがない、ここは私だけでも彼らを応援してやろう。


 ふっふっふ、応援は量より質よ。絶世の美少女たる私の声援で男子達よ奮い立つがよい。


「清涼院さん、お願いですから止めてください!」

「みんなが恐がってます!」


 なんだと!?


「あっ、いえ、みんな畏れ多くて恐縮してしまうんです」

「そうですそうです」

「清涼院さんは後ろでどっしり構えていてください」

「それだけで我らは安心して戦えます」


 むぅ、粗忽君と迂闊君がそこまで言うならしかたない。私は影ながらみんなを見守るとしましょう。


 ホッと息を吐く二人の背後から計策のごとく扇子で肩をピシャリと叩く。


「だけど、負けたらどうなるかわかっているわよね?」

「「ハヒィィィ〜!」」


 意味不明な返事と共に我が両翼は走り回って不甲斐ない男子達の尻を蹴飛ばした。


 ふむ、やればできるではないか……


 こうして体育祭は順調にプログラムを消化し、大した怪我人もなく無事に全ての競技を終えたのである。


 果たして結果やいかに?


 出る競技出る競技一位を取りまくった滝川率いる陣営が優勝したか?


 ノンノンノン。


 戦とは個人の勇にて決するものにあらず。


 では、クラスメートを鍛え戦力を底上げした早見陣営が優勝したか?


 答えはノンだ。


 確かに早見陣営は総合力で滝川陣営に勝っていた。しかし、ヤツらは日本で一番でも大鳳じゃ二番目よ。


 ならば一番は誰だって?


 チッチッチッチッ、そんなの我が清涼院陣営に決まってんでしょ。


「どうやら私の言いたかったことが理解できたようですわね」

「はっ!」


 粗忽君と迂闊君が私の前で片膝を突く。


「全戦全勝する必要はなく最終的に合計点で勝てば良いとの意味でございますね?」

「その通り。滝川、早見には我が陣営の最弱を当て、奴らの二番手に我が陣営の一番手、三番手に二番手を当てれば二勝一敗で勝てる算段ですわ」


 これぞ孫臏兵法。孫武の子孫である名軍師孫臏は、競馬好きの将軍に自分を売り込む際に使用した兵法よ。


「迂闊君も良い仕事をしましたわ」

「お褒めに預かり恐悦至極」


 粗忽君の隣で同様に膝を突く迂闊君にも褒詞を忘れてはいけない。


 迂闊君はなかなかの情報収集力の持ち主で、他のクラスの出場選手を洗い出してきてくれた。あの小柄な七三分けが敵の油断を誘うのか、彼を前にすると簡単に口を割ってくれるらしい。


 その情報を分析して粗忽君が我が兵隊どもクラスメートを各種目に的確に割り降ったってわけ。


「いつの時代も情報を制した者が勝利するのですわ」


 彼を知り己を知れば百戦危うからず。彼を知らずして己を知れば一勝一負。彼を知らず己を知らざれば戦う度に必ず危うし。


 これぞ孫子の兵法の極意。全十三篇からなる兵法書だが、終始一貫しているのは「相手をよく知り、逆に相手に悟られぬ事」なのだ。


「二人はよくやってくれました」


 私が褒めると粗忽君と迂闊君は嬉しそうに破顔した。きっと折檻を免れたと安堵したのだろう。でもね、私への暴言がこれでチャラになったと思うなよ。私のメモリーはちょっとやそっとでは壊れんぞ。


「ですが、それ以上に私は褒め称えたい人達がいます」


 優勝に沸き上がるクラスの隅で、喜びながらも輪に入れない男子達の方へと進む。


「今回の優勝の立役者はあなた達よ」


 粗忽君と迂闊君が「えっ!?」って顔をして驚く。他のクラスメートも同様。褒められた男子達でさえ目をぱちくりさせてびっくりしている。


 なんせ彼らは滝川早見に当てた捨て石君達なのだから。当然、彼らはまったく活躍していない。


「お為ごかしは止めてください」

「どうせ僕らはクラスの中でもビリッケツ」

「だから最初から勝てない滝川君と早見君に当てたんでしょ?」


 彼らは正しく自分達の立場を理解していたようね。


「それを分かっていて競技に出たあなた達を私は賞賛したいのです」

「で、ですが、僕らはほとんど点数に絡んでいません」


 えーと、この子の名前は岩垣君だったわね。確かみんなからは呼ばれているあだ名は……


「あなたガッツ君だったわね」

「いえ、みんなはガッキーって……いえ、ガッツでいいです」


 私が扇子を抜くと急にガッツ君が急にしおらしくなったけど、どうしたのかしら?


「あなた短距離走に出ていたわね」

「え、ご存知だったのですか?」

「もちろんよ。ぎりぎり四位入賞したのもね」


 ガッツ君以外の君達のこともちゃ〜んと記憶しているわよ。


「滝川様、早見様には誰が挑んでも負けは必定。中には最初からやる気のない生徒もおりました」


 あんな化け物に勝てるかと投げやりな生徒も結構いたのよね。


「だけどあなた達は負けると分かっていて立ち向かいましたわ。そんなあなた達を勇者と言わず何と呼びましょうや」


 ガッツ君達が急にぼろぼろと涙を流して咽び泣く。


「ガッツ君、四位入賞おめでとう、ナイスガッツでしたわ」


 いよいよガッツ君がわんわんと声を上げて泣き始めた。これより彼は岩ガッツと呼ばれるようになる。私のせいじゃないわよ?


「他の子達も入賞できずとも少しでも上を、僅かでも前にと素晴らしい健闘でした。そんな気持ちを持ったあなた達を私は誇りに思いますわ」


 私がパチパチと手を叩くと、周囲の生徒も続いて拍手し、それは彼らを讃える声となった。


 皆のわだかまりも解け優勝の喜びを分かち合いましたとさ。

 うんうん、なんて美しい光景でしょう。良きかな良きかな。


 しかし、これに納得しない者達がいた。


「清涼院さん、なぜ彼らを褒め称えるのです?」

「我らの活躍あっての優勝ではないのですか?」

「この粗忽者、迂闊者!」


 ペシッ! ペシッ!


 私は電光石火の速さで粗忽と迂闊の頭を扇子で叩く。そして、二人を隅へと引きずり込む。


体育祭いくさは来年も再来年もあるのをお忘れ?」

「それが何か?」


 意味が分からないとキョトンとする二人の鈍重さには呆れてしまう。


「その時、いったい誰を滝川様と早見様に当てるんですの?」

「それはまた彼らに……」

「あなた達が同じ立場だったら来年も協力しまして?」


 惨めな思いをした者が、また同じ役を進んでやってくれるわけがないやろがい。


「あなた方も人心掌握術を学びなさいませ」


 褒めたって懐は痛まないのだ。ならどんどん褒め称えて彼らには来年も気持ち良く負けもらいましょう。


 そううそぶくと、一瞬あんぐり口を開けた粗忽と迂闊が叫んだ。


「「黒い! 黒すぎます清涼院さん!」」


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